22.前世の話をしてみたら
ディアマンテ王家の家紋を付けた豪華な馬車は、軽快な音をたてて街道を進む。
この街道はラファエル王太子が私財を使って舗装させた。ローリエ公国に住まう愛しい姫の元へ通うために。
その話を聞いたギベオン商会の若頭は、『託宣の聖女の幸せのためなら!』と自分も私財を寄付した。そして自分のしたことを大々的に喧伝した。
その話を聞いた裕福な商人や貴族も一口、自分も一口、と寄付をした。理由はさまざまだろう。純粋に王太子殿下のおんために、と思う者。恩を売りたい者。いずれ利益が出るだろうと画策する者。
とはいえ、思っていたよりも多くの寄付を集めたお陰で、街道の整備は予想外に早く終わった。
その、整備された街道を進む馬車の中。
ローズはある意味絶対絶命のピンチを味わっていた。
「ラフィ? いま、なんて言ったの?」
「僕のローズ。僕は真実を知りたいだけだ。きみ、本当は天使さまからの託宣なんて受けていない。そうだろう?」
真っ直ぐにローズを見つめる瞳には、とくに感情は浮かんでいなかった。
「どうして、そう、思ったの?」
「きみが教会に『託宣の聖女』と正式認定されたのが12歳のとき。きみは、そのまえから予言めいた発言をしていた。それはうちの記録水晶に残っている。6歳の頃だ。そのとききみは『いずれ殿下はそうおっしゃるから』とか、『それは物語があるから』と言っていた。天使だなんて、ひとことも言っていない。
それに、僕が疑問に思った最大の理由が、この間の『オノノコマチとフカクサノショウショウ』だ。そんな奴らはこの国の歴史に存在したことなどない。初耳だ。
あるなら我が国ではなく、他の国の話だ。周辺諸国の大体の歴史は把握しているが、そんな奴らの名を僕は寡聞にして知らない。
教えてくれローズ。6歳の幼女だったきみが。あちこち転々と隠れ住んでいたきみが。どこの遠い国の話を知り得たのかを」
馬車という密室の中にふたりきり。横並びになりながらもローズの両手を握り、じっと彼女を見つめるラファエルの真摯な瞳に、ローズは負けた。
(下手に言い逃れなんかして隠さないほうがいい気がする……)
遠い、ここからは次元の違う遠い国に生きていた前世の話と、今まで自分がどのように過ごしてきたのかを、少しずつ、ぽつりぽつりとローズは語った。
◇◇
語り終えたときは日も暮れて、馬車は途中の旅籠に着いた。
その場に待ち構えていたのは王子宮の女官長ケイトだった。ラファエルが待機させたらしい彼女は、ローズを最上級のもてなしで遇した。余計なことは話さなかったが、その瞳を潤ませる姿がローリエ公国の侍女エバを思い出して切なくなったローズである。
翌日。
ケイトに支度をして貰い、またラファエルと同じ馬車に同乗した。
「ローズ、昨日は話してくれてありがとう」
どうやらラファエルは、ローズが前世の記憶を有しているということを一晩かけて納得したらしい。
「その……わたしのこと、気持ち悪いって……思わない?」
この国の宗教観に生まれ変わりという概念はない。妙なことをいうとか、悪魔付きだとか言われてもおかしくはないのだが。
「とても壮大な話だったとは思う。だが、きみを気持ち悪いなどと思うはずもない」
ラファエルがケロリとした顔で言うから、ローズはホッと胸を撫で下ろした。
「ただ……」
「ただ?」
「その……ローズは、前世のローズは……結婚、してたのか?」
とても固い表情でラファエルが問い掛けるからなにごとかと思ったが、そんなことが気になるとは。
「いいえ」
「恋人は、いたのか?」
「そんなもの居なかったわ。昨日も言ったけど、前世の詳細な人生は覚えてないの。ただ、仕事が恋人……みたいな生活だったのは確かね」
「そうか! うん、そうか……よかった」
「よかった?」
今まで固い顔をしていたラファエルが、急に肩の力を抜き表情を和らげた。
「うん……過去のローズに誰か好きな人がいたら……って考えたら、なんか、もやもやして……始末することもできない次元の相手だからなぁ。よかった、そんな人間いなくて」
よく考えたら怖いことをさらっと言われてしまったような気がした。
(カメリアお義母さま。わたしが結婚する人は、わたしの前世に恋人がいたら、その人を始末したかったみたいよ)
たぶん、この男は世界を敵に回してもローズを守ると言いそうだ。
「あとは……そうだね。もう無茶はしないこと」
そう言って、彼はローズの額に優しく触れた。そこは、教会が『聖痕』だと認めた丸い傷痕がある場所。
「10歳の女の子が……周囲の大人を納得させるためとはいえ、自分の顔にナイフを向けるなんて……痛ましい……」
ラファエルは自分の方が痛そうな顔をしながら、ローズの前髪をよけてそこにそっと唇を落とした。
「辛かったね、ローズ。よく頑張った。頑張って民を守り抜いたきみを僕は誇りに思うよ」
(『報われた』って……こういう気持ちになるのね……)
目頭が熱くなった。
ローズの頬をそっと撫でる優しい手に、意図せず涙が零れる。
「うん、ローズ。泣いていいよ。ひとりでよく頑張ったね。だけど、怖かったよね。えらかったよ」
サウスポートの街を海賊の手から救い、沢山の人々に感謝され凄いと褒められた。
だが『辛かったね』とか、『泣いていい』なんて言われたのは初めてだった。
ラファエルの穏やかな声に促され、ゆっくりと彼の肩に顔を埋めた。声を上げずに泣くローズの背中を、ラファエルは優しく撫で続けたのだった。
◇◇
ローズとラファエルを乗せた馬車は、沿道や街で大歓声と共に迎え入れられた。そのままセントロメア王国の王都に入り、大聖堂に辿り着いた。
結婚式を挙げるという。
ローズはそこで意外な人物と再会した。
「ローズ、紹介するよ。君の専属の侍女になるアニタとエレナ。そして専属護衛になるファティマ・コランダム卿だ」
ラファエル自らが紹介したのは若い女性が三人。
ふたりは侍女の制服に身を包み、スカートを持ち上げローズに挨拶をした。
侍女のひとりアニタ・トリフェーンは、ローズの教育係として派遣されたトリフェーン侯爵夫人の娘だった。侯爵令嬢だが、三女なので働きに出たという。
もうひとりエレナ・マラカイトは、アウイナイト男爵の紹介で王宮に出仕している子爵令嬢だ。アウイナイト男爵とは、ローズのよく知る『ファティマ・アウイナイト』の実家なのだが。
「ローズマリー公女殿下! 殿下の専属護衛に任命されました、ファティマ・コランダムです。まだ見習い騎士の分際ではありますが、すぐに正騎士に認定されます! 以後、よろしくお願いします!」
長い金髪を一つにまとめ騎士団の制服を着こなし、敬礼と共に挨拶をした女性は、まちがいなくファティマその人だった。




