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92 毒の行方

「では、具体的にこれからどうやって大聖教会を追い詰めていくかですが……」

「これまで王国が許してきた大聖教会への特権を剥奪していこう。広間で語った、ヤツらが王都の中で私兵を置く権限を始めとして、他にも多くの特権を私物化している。それらすべてを引っぺがしてやるさ」

「いきなり強引なことして反発出ません?」


 大聖教会の悪行はもはや論ずるまでもないが、それでも国内何十万人という信仰を束ねる立場の組織だ。

 そして信仰とは時に人を盲目にさせる。


 信者たちが煽られて全員敵に回ったら、さすがの王様だって弱るのではないか?


 王様の権威は、国に保障されているから国民の大半を敵に回せば足元がぐらつくのは当たり前……。


「たしかに。教会は今までそうして自分たちの権益を守ってきた。国にとっては国民こそがみずからの血肉。大聖教会はその国民たちを『信仰』という方法で縛ることができる。それを使って脅し掛けられたら王室とて好き勝手はできん」

「ですよねー」

「しかしだからと言って、ヤツらは好き勝手を続けすぎた。もう何十年と前からな。ヤツらの無道の振舞いは、けっして誰の目にも触れなかったというわけではない。ある者は偶然から……またある者は必然からヤツらの悪逆を目撃し、そして疑問を持った……」


 僕も、そうした一人だと言うべきだろう。

 僕のケースに関しては偶然だったのか必然だったのか……よくわからないが。


「そうした人々は数多くいて、今や一定数の層が大聖教会の行動……あるいは存在自体を疑問視している。私は宰相の立場からそうした人物をつぶさに見つけ出し、協力を取り持った。王の下に開かれる議会では既に半数以上が反教会派だ」


 すげえ。

 議会は僕の故郷エフィリト街にもあるからわかるが、そこで決められることはすべて多数決で決められていた。

 あのダメギルドマスター、ギズドーンの解任すら多数決に諮られたんだから。


 すべてが多数決で決められる議会で過半数を味方にできたってことは、無敵じゃないか!?


 国王様の下で開かれる議会といったら、それこそ国の運営に関わることを決める議会なのか。


 そんなところを掌握できているブランセイウス様は、やはり凄い人なのだろう。


「とは言っても、それをするのには時間がかかる。議会を開いて議員たちを招集し、議案を話し合って充分に論議を尽くしてから決を採る。それでやっと行動に移せる。段階を踏むならこれだけやらなければならない」

「聞くからに七面倒くさい……!?」

「その間にも教会は教会で動いてくるだろう。自分たちを守るために。私の排斥を目指してくるかもしれないな」


 たしかに。


「議会を経た大聖教会への権益剥奪はやるべきだ。正当な順番を踏んだものだし、何よりこちらのしていることが正義だと全国民に知らしめるには一番効果的な方法だ」


 どっちが正しく、どっちが悪いのかをキッチリ明示しておくのは、とても有効だ。

 特にこういう政治が絡む場では。

 有象無象の民たちがどちらの味方に回るかは、勝敗を分ける重要な要素になるし、誰だって好き好んで悪人にはつかない。


「しかしそれとは別に、速効性の策も用意しておかねばならない、……ということか。少なくとも議会が整うまで大聖教会の動きを封じておく策が……」

「それでしたら」


 僕はかねてから用意していたことを提案した。


 その間、同じ場にいるはずのティターニアさんは難しい話が苦手なのか黙ったまま足をプラプラさせている。


「退屈なのかいティア? つまらない話に付き合わせて済まないな」

「ううん、私の夫と息子が楽しそうに話しているの見られて嬉しいわ」


 隙あらばラブラブな空間を作り出そうとする。


「あのですねッ! 提案してもよろしいでしょうか!?」

「もちろん、キミから伝えてくれることは何であろうと一番最初に聞こう」


 何か僕の話を聞くのにやたら気合が入っておられる。


 まあ聞いてくれるのはいいことなので不満はないが……。

 とにかく話をしないことには進まない。話そう。


「僕たちには、大聖教会が次に何をしてくるかの予想ができます」

「ほう」

「ブランセイウス様は覚えておいででしょうか? 王様が急死なされた時のことを」

「無論だ、あれがすべてを急変させたのだからな」


 ブランセイウス様のお兄さんである先代の王様……。


 ……『先代』って表現でいいのか?

 ブランセイウス様が晴れて王様になれば先代呼びで充分だが、まだ正式に即位されたわけではないからな。

 微妙なところだ。


「アレは最初メドゥーサ様の祟りという噂が広まりましたが、真実はそうじゃない。メドゥーサ様本人がハッキリ否定してくださいました」

「それは私も聞いた。真犯人は大聖教会で間違いあるまい。魔女にして女神メドゥーサの庇護にあるキミが謁見したことを絶好のタイミングと捉えたのだろう。自分以外のモノに濡れ衣を着せる好機と……」


 それが大聖教会を動かすきっかけとなった。


 ヤツらとしては、それでメドゥーサ様に罪を着せ、あの御方のお膝元であるエフィリト街を攻めとる口実にもなると思ったんだろう。

 一石二鳥でお得! ……とでも思ったか。


「おバカねー。メドゥーサ様にケンカを売るなんて。自殺したいにしてももっと苦しまずに済む方法があるでしょうに……」


 妖精王であるティターニア様の言葉には重みがあった……。


「……兄上の死の真相を暴こうというのか? 犯人がわかっている以上は、それも有効な手段だ。大聖教会を追い詰めるには……」

「それもできればいいんですが……」


 恐らく、それも有効な手段にはならないだろう。

 犯人がわかりきっている以上、大聖教会の悪事を白日の下に晒せばヤツらのダメージになるのは疑いない。


 しかしそれを行うには、議会に掛けるのと同様にたくさんの手続きが必要になり時間がかかるのは間違いない。


 正義を示すのには、とにかく時間がかかるんだ。


 それだけでなく相手だってバカじゃない(悪知恵が働くという方向性で)のだから、自分たちの企みが露見する場合のことだって考えているだろう。


 証拠になるものはすべて消し去っているだろうし、万が一にも追及されたら言い逃れの理屈を山ほど用意しているはずだ。


 したがって陰謀を暴いて逆転裁判する方法は、あまり有効ではないと思う。


「ではどうすると……?」

「僕たちが重要視しているのはアイツらが、どうやって王様を殺したかということです」

「それは呪いによってではないのか? ヤツらの信仰する神が兄を呪い殺し、それを同じ神であるメドゥーサの仕業に見せかけたものかと……」


 そんな風に思ってたんですか?


 ヤツらの神の呪いか……。たしかに大聖教会の連中にも信じる神はいるんだろうが……。


「僕たちは違うと思っています。ヤツらが王様を殺した方法は……、毒です」

「毒?」


 そう思ったことにも理由がある。


 かつて僕は、国外の里に住む人々を攻め滅ぼさんとする大聖教会に渋々同行し、その戦いに巻き込まれたことがあった。


 デメテール地母神を崇め奉る民たちを屈服させるため、ヤツらがとった方法は……毒だ。


 正確には大聖教会の尖兵を率いる聖女ヒサリーヌによる犯行だが……。


「彼女は毒を流し込み、デメテールの民をジワジワと弱らせていきました。僕の仲間の薬師が何とかしてくれて事なきを得ましたが……」

「ああ、兄上との謁見の際に同行していた女の子だな? あの歳で一人前になった才能溢れる薬師だと聞いた」


 スェルのことを覚えているのか。

 ブランセイウス様にとっては一度会っただけの女性なはずなのに才覚まで気にしているなんて。

 こういうところが名君たるゆえんなんだろうな。


「……待て、そういえば彼女は君の妻だという話も聞いたが?」

「え? 坊やってもう結婚していたの!?」


 ティターニア様が物凄い勢いで食いついてきた。


「誰誰? ちゃんとママにも紹介してくれるんでしょうね!? 可愛い子なら嬉しいわッ! こんなにすぐにお嫁さんを見られるなんて、もしかしたら孫の顔もすぐ見れる!?」

「落ち着いてください」


 なんで女性ってこの手の話題に貪欲なのだろうか?


 よくある嫁姑問題で『こんな女、嫁とは認めませんよ!』などと言われたら厄介だがウチのスェルは仮にもメドゥーサ様の娘。

 神格としてはティターニア様より遥か格上のようなので許してくれるだろう。


 ともかく話を戻して……。


「ここまでの一連の話でわかることは、大聖教会は毒を使うということです。しかもかなり巧妙に……」

「そうだな。私も神威の類だとばかり考えて毒の可能性に気づかなかったのは迂闊だ。毒こそ暗殺でもっとも多用される手段なのにな……」

「問題は、一度毒を使った連中がまた同じことをしてくるってことです」


 一国の王を敬いもせず、ただ目障りという理由だけで毒殺した。


 それがついこの間起きた事件だ。


「邪魔な王様を毒殺して、ブランセイウス様を新しい王様に担いで自由に操ろうとした。その思惑が通らなかった以上ブランセイウス様もまた邪魔な王様です」

「同じ存在には、同じ対処法で臨むということか……!?」


 大聖女イリエリヒルト。

 彼女の去り際の表情を思い出す。


 彼女の視線は明らかに僕に向けられていた。

 蠱惑的なヘビのような視線。

 アレは明らかに獲物へと向けられた視線ではなかろうか?


「彼女は恐らく、僕のことを『次の傀儡』と認識したんじゃないでしょうか?」

「私の息子であることが堂々と明かされたからな。王の息子は即ち王子……即ち次の国王。そう理解したものも少なくないだろう」


 やっぱりー?


「……すまないな。今までずっと放ったらかしにしてきたくせに、急に義務を押し付けるような形になってしまって。私の存在がキミの負担にならないよう、最大限の配慮をするつもりだが……」

「大丈夫よ! 私たちの坊やは、そんな酷い子じゃないわ! パパのこともきっと愛してくれるわよ! ね!?」


 ティターニア様からそんな邪気なく問われると『そっすね……』としか言えなかった。

 少なくとも冒険者である僕が権力とはあまり水が合わず、そのことを推測した上で気を使ってくれるブランセイウス様はいい人なのだろう。

 いい父親なのか……は、これから問われることになるのだろうが。


 また話が脱線した。


「大聖教会……少なくともあの大聖女は、言いなりにならないブランセイウス様よりも若い僕のことを操りやすいと踏むでしょうね。そして同じことをする」


 傀儡を王位に就かせるために今、王位に入るものを殺す。

 毒を使って。

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― 新着の感想 ―
[気になる点]  勝手な言い草の連発がかなり不愉快…。  主人公って、便利な道具なのかな…?
[気になる点] 読み直してガツィーブ(覚えている?)が再登場かな。
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