08 初めての素材獲得
僕のスキルは、すべてを飲み込む『消滅空間』を作り出すことだ。
そのことに気づいてから、僕はしばらく色々試してみた。
「ふんにゃらふんにゃら……!」
僕はこれまで『消したい』と思った対象に向けてただ『消滅』スキルを発動させてきた。
対象はすべてモンスターだったが。
それで相手が例外なく消失したのは、無意識のうちに対象の全体をすっぽり覆う『消滅空間』を作り出していた、と思われる。
その時も巻き添えで回りの空気や、地面の一部を抉っていたかもしれないのだが今まで僕はそんなことに少しも気づかなかった。
気づこうとしなかったのだろう。
スェルやそのお父さんに励まされるまで、僕はずっと下を向いていたのだから、それで何も見えるはずがない。
『消滅空間』の概念に気づいてから、僕は何度も試しにソイツを発生させてみた。
ボシュッ!!
ボシュ。
ボッ、
ポス……。
全部空気が消滅された音だが、大きさは千差万別。発生させた『消滅空間』の大きさが違うことによる。
ある程度は自分の意思でコントロール可能なようだった。
それこそモンスターを丸呑みにできるほどの巨大空間もできれば、拳大の小さな『消滅空間』もできた。
「思ったより制御可能だな……!?」
試してみるほどに色々なことがわかってけっこう楽しかった。
自分のスキルを使うのに“楽しさ”を覚えるなど生まれて初めてのことだ。
何より、そうした制御の末にできることを想像すると心ウキウキ胸躍った。
だって。
今まで問答無用にモンスターのすべてを消すことしかできなかった『消滅』スキルだが。
『消滅空間』を絞ることで一部を残すことも可能になるから!
そうすれば討伐証明できるし、素材を得ることだってできる。
ずっと昔から乞い焦がれていたことが!
「まあ冒険者ギルドをクビになった今関係ないんだけどね……」
とほほー。
まあ、今は前向きに考えていくことにしよう。
一つ思いついた。
イメージする『消滅空間』の形を薄くしていくのだ。
薄く。
薄く……。
木の板よりも薄く。
葉っぱよりも薄く。
紙よりも薄く。
初冬の朝の水たまりに張った、透明な氷よりもなお薄く……!
「大分薄くなったな『消滅空間』?」
その辺から落ちている石を拾う。
極薄『消滅空間』に投げてみると、石はある瞬間、スパッと両断された。
すげぇ。
薄く薄く、極薄になった『消滅空間』に触れることで、その線の範囲だけが消滅した。
すると鋭い刃にされたかのように両断されてしまった。
「うーむ、恐るべき斬れ味……!?」
確認のため両断された石を拾い上げる。
断面が鏡のように真っ平らだった。
あらゆるすべてを消滅させる作用によって切断されたので、硬さで刃が止まるなんてこともない。
だから断面もこんなに綺麗なんだ。
まさに斬れぬものない神剣。
「恐るべき技を開発してしまった……!?」
大元になったスキルにちなんで『消滅刃』と名付けようか。
これくらいシンプルな方がいいよね。
「ん?」
ふと、視線に気づいた。
何者かがどこからか見ている。この気配の断ち方は人間ではないな。
振り向くとすぐそこに獣がいた。
四本脚で蹄を掻き、ぼんやりとした視線をしかし真っ直ぐに向けている。
「シカだ……!?」
しかし普通のシカではない。
あの斧のように厚く鋭い角はモンスターの証。
シカ型モンスターのウルシシカだ。
この森ではさほど珍しくないが、凶暴凶悪ということで要注意のモンスター。
あの豪快な角で突進してこられたら、生半可な防具じゃ諸共貫かれて体に穴が開く。
それでも僕は、襲ってくるようならすぐさま『消滅』させてきたんだが……。
今日は違うアプローチを試してみよう。
僕にはたった今編み出したばかりの新必殺技がある。
「ブル……!」
シカの姿でも本質はモンスターなので、人を見つけたら理由もなく殺しにくる。
頭を低くし、角の先端が獲物たる僕へ真っ直ぐ向かうように調整する。
あと数秒もしないうちに突進してくるな……。
来るといい、こっちも歓迎の準備はできている!
ズドッと土を巻き上げて高速直進。
進行方向には僕。殺意が角先にたっぷりと乗っていた。
ここまでこっちを殺す気なら、逆に殺られたって文句は言わないよな。
鋭い角が僕に触れるか触れないか、ギリギリ刹那のタイミングで腕を振り下ろす。
正確には腕の延長線上のイメージで伸ばしている『消滅刃』を。
音も鳴らず、二本の棒状のものが空を舞った。
根元から切断されたウルシシカの角だ。
自慢のものを斬り落とされたシカは面食らって一目散に逃げて行ってしまった。
「やった……!?」
ウルシシカの角は、この魔の森に出没するモンスターたちの中でもっとも硬い部位。
防具は簡単に貫通するし、武器も折られるからウルシシカ討伐は角を避けて急所を狙うのが定石とされている。
そんな硬角を簡単に斬り落としてしまうなんて……!
やはり極薄にしても『消滅』の特性は変わらないようだ。
◆
「協会長さん! スェル!」
気づけば薬師協会本部に駆け込んでいた。
切断したウルシシカの角を持って。
「えッ!? どうしたんですエピクさん? そんな並々ならぬテンションで?」
「これ見て! 斬れた! 僕のスキルで斬れたんだ! 本当に凄いよ、ねえ!」
自分でも浮かれていることがわかった。
今までできなかったことができるようになって、その嬉しさが半端なものではない。
自分のスキル調整にチャレンジし、それに成功した。
それもスェルたち親子の応援のお陰だけど感謝の言葉を述べたいのに言葉がまとまらなかった。
「うん? エピクくんが来たのか?……ん? ふぉおおおおおおおおッッ!? ちょっと待って!?」
騒ぎを聞きつけ、今度は薬師協会長さんが出てきた。
そしたら僕以上に取り乱し始めた。何なの。
「それはウルシシカの角じゃないか!?」
「あ、ハイそうですが……?」
「ウルシシカなんて魔の森でもっとも厄介な魔物の一種じゃないか!? ヤツの鋭利な角はどんな防具でも防げない! そのくせ動きも速いから逃げられない! 毎年数十人の冒険者がウルシシカとの戦いで命を落とすというのに!?」
その、ウルシシカの角です。
「なんと綺麗な断面だ……!? ほ、他の部位はどうしたんだね? ウルシシカの角から下は?」
「角を斬り落とされたせいか、ビビって逃げていきました」
「生きてるってことか!? 獲物を生かしたまま角だけ斬り落としたってこと!? こんなにも綺麗に!?」
ますます混乱しておられる薬師協会長。
「協会長さんのアドバイスのお陰です。自分のスキルを研究し、新しい使い方を編み出したおかげで挙がった成果です」
「そのアドバイスをしたのはついさっきじゃないか……! こんなに即効なのは予想していないんだが……、まあいい……!?」
協会長さんが遥かに慌ててくれたお陰で僕も冷静さを取り戻せた。
周囲が慌てると却って落ち着くことってある。
「それではウルシシカの角も納品してくれるってことでいいのかね? こちらも実に助かることだが……」
「え? シカの角は薬草じゃないですが?」
「別に薬効があるのは草だけじゃないよ。木の実や根っこ、木皮にもあるし、獣の一部にもある。特にモンスターは普通の動物より生命力が強い分、効き目も抜群だ」
「じゃあ、このウルシシカの角も?」
「疲労回復、強壮の効能があるとされている。角を削って粉状にし他数種の薬草と一緒に煎じたものが栄養剤で、冒険者は世話になっているんじゃないかね」
ああ、あれってウルシシカの角が材料だったんだ?
「他にも甲羅や肝、甲虫を丸ごと乾かしたものなども薬剤として使われる。薬草よりずっと値は張るがね」
「薬って色んなものから作られるんですねえ」
「しかしエピクくんが薬草だけでなく、こういったモンスター素材も薬剤として納めてくれるなら非常に助かるがね。……ふむ?」
薬師協会長さんが突然黙り込み、ふむふむと唸り出す。
考え事か?
少しの間沈思黙考が続き。
「……うむ、この策は使える」
「策、ですか?」
「そうだ、どうやら思ったよりも早く冒険者ギルドのヤツらに一泡吹かせられそうだね。これもエピクくんのお陰だよ。本当になんでこんないい人材を手放したんだろうね。ヤツらの間抜けさには笑ってしまう」