07 応用
捨てるGODあれば拾うGODあり。
偶然出会った薬師の少女の縁から、薬師協会と直接契約できた僕。
やることは冒険者ギルド時代と大して変わらず、薬草を摘んで届ける。
それをギルドの仲介なしに直接行おうというのだ。
「ちはー、今日分の薬草を納入しに来ましたー」
「もうですか!? 早いですねエピクさん!?」
薬草組合本部で待ち受けていたスェルに、採取品を手渡す。
ちなみに無断で魔の森に入った彼女は、お父さんからガチ怒られて当分外出禁止とのこと。
街の外どころか家からも出られないとは。
「確認します! 今回も種類が豊富で質もいいです! 本当にエピクさんは最高の冒険者ですね!」
「いやいや……!?」
だからもう冒険者はクビになってるんですって。
そんな僕に仕事をくれて、明日への糧を提供してくれる薬師協会の人たちはなんていい人たちなんだろう。
「本当に僕のようなF級冒険者に……こんなによくしてくれて……!?」
「わわわッ!? 泣かないでくださいエピクさぁん……!?」
違うよ、これは心の汗だよ……!
人の善意が乾いた心に染みすぎるんだよ……!
「エピクくんがF級だと、何度か言っていたが……!?」
「あッ、お父さん?」
これは薬師協会長さん。
今日もお疲れ様です。
「それが私には到底信じられないんだが。キミが納入してくれる薬草の中には紫霧草もあるよね?」
「はい」
今日も摘んできました。
「アレって、この地域では魔の森の奥部にしか生えていないものだ」
「何度も言われていることですよね」
「魔の森は、魔の山の外縁部に当たる危険地帯。歩き回るだけでも相当なことだ。まして魔の山との境界スレスレ奥地にまで分け入るには少なくともB級の実力は必要なはずなんだが……」
薬師協会長さんの疑わしげな視線が向ける。
悪いことをしているわけではないのに、心苦しい。
「エピクくん、本当にキミF級なのかい? 本当はB級か、A級ってことは?」
「そんなまさか恐れ多い!!」
こんな僕がB級以上なんて全世界の冒険者たちに失礼極まりますよ!
所詮僕は薬草採取しかできない能無し。
運よく薬師協会に拾われて幸運だったんです。
薬草摘みこそ我が天職!
「そうよエピクさんは凄いのよ!! お父さん!!」
「ちょっとスェル!?」
興奮気味に何をカミングアウトするのかな?
「エピクさんは強力なスキルで、モンスターも何もかもシュッと消しちゃうの! だから魔の森だって自由に歩き回れるのよ! 凄いでしょうッ!」
「消せる? 何でも?」
わぁああああああッッ!?
言わないで僕の役立たずスキルのことを!?
恥ずかしいんです、自分の持っている唯一のスキルが強力過ぎて何の役にも立たないってことが。
だから冒険者ギルドでも秘密にして『スキルのない無能』といわれるのも耐えてきた。このスキルが知れ渡るくらいならその方がマシだと思ったので。
しかしスェルが言い触らすのに止める暇もない。
「上級モンスターも関係なく消せる? それが本当なら物凄いスキルじゃないか?」
「違うんです……。何もかも跡形もなく消してしまうから討伐証明も素材回収もできないんです……! こんなの役に立つはずがないんです……!」
僕が涙ながらに訴えると、薬師協会長さんは何やら眉をしかめ……。
「出会った時から気になっていたが、エピクくんは自己肯定感が足りなすぎやしないかね……!?」
「こんなに凄いのにねー」
薬師協会長さんは、一旦押し黙って考えをまとめるかの様子で……。
「……いいかねエピクくん。薬草の中には元々毒として扱われていたものがある」
「はい?」
「摂取すると体調を壊し、時によっては死に至るかもしれない毒草だ。そういうものは役に立たないものとして無視されてきたが、ある時研究の末に活用法が発見されたりする。麻酔薬だったり殺虫剤だったり」
……はあ?
いきなり無関係なことを話されたように見えるが……?
「要するにすべてのものには応用が利くということだ。一見何の役にも立たないものでも、研究次第で有効な利用法が発見されるかもしれない。歴史を変えるような」
「……」
「キミのスキルもそうではないのかね? 諦めて見切りをつけるのもいいが、その前にもう少しだけ試行錯誤して見るのもいいのではないか? 所持スキルの価値は自分自身の価値でもある。そう簡単に見限っていいものだと思えんがね?」
……色々遠回しな話ではあったが、要するに僕のことを慰めてくれているのか。
優しい。
スキルの応用。
消し去ることしかできない僕のスキルに、有効な活用法などあるのだろうか?
いいや、こんなに励ましてもらったんだ。
結果はどうあれ、自分の可能性にもう少し足掻いてみてもいいんじゃないか?
「そうですよ! ただでさえ無敵なエピクさんが、スキルの威力を調節できるようになったら万能です! あ、そうだ! 私も研究に協力しますよ!! 一人より二人で考えた方がいいアイデアが浮かびます!」
そう言ってスェルが立ち上がろうとするが。
「お前はまだ外出禁止が解けていないだろう?」
「あうー」
父親たる協会長さんに頭を掴まれ押し戻された。
「……エピクくん、キミは自信が足りないながら有能ないい人間だということは認める。私も三十代で協会長までのし上がった男、ヒトを見る目はあるつもりだ」
「は、はい?」
また唐突に話が変わった?
今度はどんな結論に着地するの?
「ただ、たしかな相手だとしても人間関係は慎重に進めていくべきだと思うのだよ。キミと、ウチのスェルが知り合ってまだ数日程度だろう? 段階を上げるにはあと数ヶ月……いや数年の準備期間が必要だと思うのだが、どうかな?」
「は、はい……!?」
結論に達したが、それでも協会長さんの意図は読めなかった。
ただそこはかとない恐怖を感じた。
◆
協会長さんやスェルからの勧めもあり、僕は自分のスキルと向き合ってみることにした。
人生で初めてのことかもしれない。
これまで自分のスキルからはできる限り目を逸らしてきたので。
しかし状況が変わって居場所が変わり、自分への評価が変わることで新たなことを試みる気力が湧いてきたように思う。
というわけで再び森にやってきて、『消滅』スキルの研究開始だ。
「誰かに見られたら恥ずかしいしな……!」
ということで人目につかない場所を選んだ。
まず、『消滅』スキルの何たるかを考えてみよう。
目標を消し去るスキル。
ぶっちゃけてしまえばそうだが、一体どのようにして消滅させるのか。
消滅させられたものは、完全にこの世界から消え去ってしまうのか? あるいは目に見えないほど細かく粉々になってしまうのか?
「さっぱりわからん……!」
自分のスキルなのにわからないことばかり。
仕方ないので実際にスキルを使って感覚をたしかめてみるか。
「『消滅』……!」
僕はスキルを使う時、空間をイメージする。
一定範囲に『力』を流し込み、その空間に標的を喰わせるようなイメージだ。
『力』を持った空間が、噛み砕きそこなったことは今までない。
ただの試用に何かを消し去るのはかわいそうなので虚空に向けて『消滅』を放った。
いつも通り『ボフッ』と空気が沈むような音がした。
恐らく空気が『消滅』され、一瞬真空となった空間に周囲の空気が流れ込む音だろう。
「……」
ふと、足元の光景に注意が向いた。
今までだったらそんなことはなかったのに。これも心境の変化によるものだろうか。
その異変に気づいたのは。
秘密のスキル研究を行っていたのは森の中だったので、足元にはぼうぼうに雑草が茂っている。
それこそ膝まで覆うような丈の長い雑草が、ある一定範囲だけ短くなっていた。
……いや、切られている。
背の高い雑草が、その中ほど辺りから。
よく確認したが断面はあまりにも綺麗で、普通の鎌やナイフではこうもシュパッと切れるものではない。
まるで伝説の名刀にでも切られたかのようだ。
そんな切られ雑草が一本ならず一定範囲に。
そこで僕の脳内に、ふと符合するものがあった。
「この雑草が切られている範囲は……!?」
僕が『消滅』スキルを使用した範囲じゃないのか?
この雑草たちは切られたんではなく……上半分を『消滅』させられた?
今まで僕は、自分の『消滅』スキルを任意対象をただ消し去るものだと思っていた。
しかしより正確には……。
任意の“対象範囲”を消滅させるスキル?
決められた空間内にあるものすべてを消滅させる。だからこそスキルが発動した時『ボフッ』という音が鳴る?
消滅させる対象モンスターだけでなく、その周囲の空気も消滅させているから?
さらに言い変えれば、僕のスキルは何でも消し去ってしまう『消滅空間』を作り出すスキル……!
……なのか?
「この半分だけになった雑草も、上の半分が『消滅空間』の中に入ってしまい……、喰われた?」
ゴメンね雑草さんたち。
しかし意外なとこで、自分のスキルのより深いところが見えてきた。
ほんの些細なアドバイスからこんなに重要な事実に辿りつけるなんて。
さあ、それがわかったところで……。
……どうするか!?