75 勇者との対決(法廷で)
そうして僕、王都へとやってきた。
なんか最近滅茶苦茶アチコチ移動している。腰を落ち着ける暇がないよ。
これがS級冒険者の業なのかなと最近思い耽ってしまう。
この王都も、つい最近去ったと思ったのにまた来てしまったし。
まずは王都の冒険者ギルドを訪ね、併設されるギルド理事会にも挨拶へ向かう。
「このたびの仕儀は誠に申し訳ない……!」
会うなり頭を下げてくるのはアンパョーネン理事。
ギルド理事会の中でも一番仲のいい頼れるおじいさんだ。
「我々としても、業界の宝であるS級冒険者は全力で守り切りたい。しかし王家と大聖教会が一緒になって命じてくれば、逆らうことなどできないのだよ……!」
「皆さんの苦しい立場もわかるつもりです」
冒険者ギルドとて独立独歩の気風を立ててはいるものの、人の社会に属する組織体だ。
権力に対して完全自由でいられるわけじゃない。
むしろ散々勝手気ままにしてきた僕をよくここまで庇い立てしてくれたと感謝すべきなんだろう。
「勝手でいいのだよ。世界でもっとも自由である人間がS級冒険者であるべきだ。自由を旨とする冒険者で、最高峰の実力の持ち主なのだから」
自由は、実力によって保障される。
その考え方に寄り添って最強の冒険者であるS級は誰より自由であらねばならないというギルド側のポリシーなのだろう。
「それを……権力でもって飼い馴らそうとは舐め腐っておるわ……! 大聖教会の連中め……冒険者全体にケンカを売っているとわかっておるのか……!?」
そしてアンパョーネン理事自身も相当頭に来ているご様子だった。
彼もこの王都で相当な実力者であることは違いない。そんな彼をここまでイラつかせることのできる相手。
大聖教会。
「あの……、僕まだ大聖教会ってのがどういう組織かよく知らないんですが、聞かせてくれませんか?」
「ぬ、そうなのか? 大聖教会は……まあ端的に言えば生臭坊主の集団といったところだな」
言葉にまったくオブラートを包まない。
抑えきれない嫌悪感が感じられる。
「ヤツらが信仰する大聖新教は、国教にもなっておる。それゆえに貴族や大組織の幹部もおいそれ無下にはできんし、実際彼らと対立して立場を追われた実力者もいる、一人だけでなくな……」
アンパョーネン理事の表情がさらに険しくなる。
彼自身今は無事でも、彼に近しい人たちが被害に遭っていたりしたのかもしれない。
「教団のすることなど信徒を集め、神に祈りを捧げるだけでいいはずだ。それなのに連中は、信徒の多さを笠に着てご政道にまで口出しし、自分たちの利益を強化せんとしおる。その最たるものは勇者とかいうふざけたシステムじゃな」
「勇者と大聖教会は密接に関わってるんですか?」
「聖女が補佐についていることからも一目瞭然であろう?」
アンパョーネン理事の説明によると、勇者というシステムは大聖教会の主導でいつの間にかできあがっていたらしい。
設立の意図は、世界にはびこる邪悪を討伐すること。
この地上にはそこかしこに邪悪の意思が隠れ住んでいて、人間を滅ぼさんと陰謀を巡らせている。
平和を守るために先手必勝で討ち取るべし、そのために選び出された英雄が勇者なのだという。
「大聖教会は何十年かに一度勇者を擁立し、大軍を預けて出兵させるのじゃ。その結果滅ぼされた邪悪とやらの土地は併合され、王国の領土となる。支配地が増えることは王家の得にもなるから、その行為は推奨すらもされた」
「利害の一致ってことですね」
「そして当代勇者に選ばれたのはタングセンクス王子じゃ。キミも知る通りあの御方は王家の血を引く王位継承者でもある。ここ最近は勇者となることで王太子に箔をつけるなどというのが習慣化していてのう」
その習慣にあの王子も乗っかったと。
「キミへの糾弾は、あの御方の主動で行われている。いわば原告といったところだのう。今回の遠征が大失敗に終わった責任を、すべてキミに擦り付けることで経歴を守ろうとしているのだろう」
「あの……質問していいですか?」
「なんじゃな?」
「タングセンクス王子は有能な方なんですか?」
その質問が意外だったのか、アンパョーネン理事は虚を突かれたような表情になって返答が一瞬遅れる。
「……有能であることは間違いない、と思う。キミはあの父親の方を直に見ておるから信じられぬ気持ちもわかるがの」
王子の父=王様。
僕が王様へ謁見に入った時このアンパョーネン理事も同席していたんだから気持ちは汲んでくれるものと思う。
あの時の無茶苦茶なやりとりを思えば、あの親なら子も子という考えにもなるかと。
「しかしあの王子は、あの親から生まれたとは思えぬほどに天賦に恵まれた御方でのう。剣を振るっては精強、勉強もできるし軍も率いて名采配、勇者としてもこの上ない成果を上げておる。キミも目にしたのではないか、あの御方が差しておる聖剣……」
……ああ。
聖剣フィングラムとかいう。
「王子様が、何とかいう竜を退治して奪い取ったものだと聞きました」
「その通り! 北の山の頂に住まう大邪竜を、王子は討伐なさったのじゃ。天地を揺るがす死闘の果てに邪竜へとどめを刺し、隠された財宝から一振りの聖剣を見つけ出して戦利品とした。それが聖剣フィングラム!」
アンパョーネンさんの語り口調が少年のように弾んでいらっしゃる。
冒険者ギルド理事などを務めるだけあって、この手の冒険譚に心躍る若々しさを持ち合わせているんだろう。
「それだけ実績だらけの王子ゆえ、周囲からも『どんな名君になるか』と期待を一身に受けておる。あの御方さえおれば前代がどれだけ暗君であろうと国の将来は明るいと。だからこそ……」
理事の声がしりすぼみに。
わかっていますよ、だからこそ王都民からの人気も大きく、彼の失敗を彼の外側に追求したくなるんですよね?
例えばすぐ隣で補佐しておきながら肝心なところで裏切り、勇者を陥れた不届きなS級冒険者とか。
恐らくは今頃、王都っ子の敵意は僕に向けて一点集中していることなんだろう。
「翌日にもキミは王城へ引き出され、査問を受けることとなる。まともな審議と思わんほうがいい。寄ってたかってキミに責任を押し付け、有罪にしてしまおうという吊し上げ会じゃ」
「無事に凌げる可能性は低いと……?」
「もちろん我々も全力を尽くすが……。あと望みがあるとすればブランセイウス卿かの……」
「ブランセイウス様? あの宰相の?」
「そうじゃ、エピクくんも会ったことがあったのう」
はい謁見の時に。
王様の酷さも相まって非常な人格者だったと記憶に残っています。
「公正な判断のできる人物であることはキミも知っての通りだが、それに加えてあの御方は大聖教会と折り合いが悪い。査問会ではキミの味方をしてくれる可能性が大じゃ」
ならば宰相ブランセイウス様の援護も期待させていただくとして……。
それでも自分の命運は他人任せにしない方がいいだろうよ。
自分の無罪は自分で勝ち取る。
そのためにも僕が気になるのは、僕自身が見た勇者の姿……。
正直僕はアイツが有能には見えない。
エレシスでの騒動では、悪事のおおよそは聖女主導で行われていたし、あの勇者兼王子はただ流されて状況を甘受しているようでしかなかった。
エレシス戦士団からの反撃を受けた時ですら、逃げ惑うばかりで応戦の素振りすら見せなかった。
『英邁』『精強』の評価からあまりにもかけ離れていない?
しかし王都では、近年まれに見る天才王子、最強勇者と持ち上げまくり。
この認識の齟齬は一体どこから出るのか?
それが、これからを乗り切る鍵になると思っている、この頃だった。
◆
翌日
始まりました査問会とやらが。
王城に召喚された僕は、いかにも厳かな広場に立たされて四方八方からの視線を集めている。
いかにも偉そうな役人風に人々が居並んでいるのはいい。
さらにその外を囲むのように、一般聴衆が詰めかけてるのはどういうこと?
ざっと見数百人はいる様子なんだが。
「どうやら晒し者にするつもりのようじゃのう」
僕の隣に立つアンパョーネン理事が言う。
「できるだけ多くの目撃者がいる中でキミを貶め、失敗の責がキミにあるとアピールしたいのじゃろう。キミへの責任の比重が大きくなればなるほど王子の失点が低くなるわけじゃからな」
そんな僕の隣に並んで。下手をすれば自分まで巻き添えを食らって今いる立場を追われかねないというのに。
僕のことを切り捨てて我が身の安泰だけを気にしたっていいだろうに。
アンパョーネン理事は豪胆さの上に義理堅さも備えた人だった。
それに引き換え王子兼勇者のタングセンクスくんは。
当の彼は、僕の真正面の席に座っており、しかも高い台の上で僕のことを見下ろすような視点になっている。
いかにも裁判長気取りだ。
遠征中は勇者としてもてはやされていたが、今日は王子様としての権限でもってふんぞり返るご様子。
「これよりS級冒険者エピクくんの査問会を始める。発言に気を付けたまえ。この査問が導き出した結論によってはキミのS級とかいう大層な称号を剥奪……、いやそれだけでなく冒険者としての資格自体取り消して牢に収監することもありえるんだよ?」
「王子! その発言は聞き捨てなりませんぞ! 冒険者の資格を剥奪する権利は、我らギルド理事会にのみある! いかに王族といえど越権行為は国の乱れの元となるッ!!」
「黙れ、それもこれもお前たちが子分をしっかり躾けておかないのが悪いんだろう。そのせいで今回の醜態だ」
王子様は……、エレシスでの遠征中よりも饒舌だった。
やはり勇者であるよりも王子としての立場の方が彼には馴染むらしい。
大聖教会など複雑な背景もあるが、少なくともこの法廷で直接ぶつかるのはこの王子様。
また僕のスキルでは活躍しにくそうな舞台での勝負が始まる。




