06 薬師協会と直接契約
引き続き薬師協会の応接室で。
頭を下げる薬師協会長さんの後頭部を、僕は呆然と見つめるしかない。
ヒトに頭を下げられたのなんて初めてだからどうしていいかわからなかった。
まだ冒険者ギルドにいた頃は皆から『クズ』とか『底辺』としか言われず、クエストをこなしたところで『そんな簡単なクエストしかできない役立たず』としか言われなかったのに。
僕のやって来たことは世の中のために役立つことだったのか。
そう思うとなんだか泣きそうになった。
「お父さん! エピクさんにお礼を言うのはそれだけじゃないのよ!」
「何!?」
「見て見て! これ全部エピクさんがとってきてくれた薬草なのよ!!」
そういってスェル、採取袋をデンと出す。
さらには袋の口を開き、中身の薬草をダバァとテーブルの上にぶちまけた。
「こ、これは……!?」
「そうよ薬草よ! これがあれば薬を作れるわ!」
あれすべて、僕が今日あてどもなく摘み集めた薬草だった。
スェルに言われて追い求めた紫霧草もある。
あれだけの量があれば充分な薬が作れるのではないだろうか、素人判断だけど。
「これだけの薬草を……、種類も豊富だ!? これすべてキミが集めてくれたというのかね!?」
「他にすることがなかったので……」
惰性と習慣と現実逃避のためだなんて、とても言えないな。
それがこうして薬師さんの手に渡り、有効活用されるならとてもいいことなのだろう。
「冒険者ギルドをクビになった僕には、摘んでも使い道がなかったものです。薬師さんが薬にしてくれるんならこれ以上の使い道はありません」
「ほらね! エピクさんはとってもいい人なのよお父さん!!」
いや、そんなゴリ押しされても。
薬師協会長さんは、困惑しながらも薬草を熱い視線で見詰める。
「保存状態……採取処理も理想的で完璧だ……! 毎日冒険者ギルドから届けられていた依頼品そのもの……! やはりキミが採取してくれていたというのは本当なんだな……!?」
「いえいえ」
「薬草に上薬草、毒消し麻痺取り熱下し、リリララ草にニガヨモギ、魔女の足跡、……紫霧草まであるじゃないか。完璧だ! わかったエピクくん、この薬草すべて買い取らせてもらおう!!」
え!?
いやいや買い取りなんておこがましい。
「大したことじゃないんだからタダで差し上げますよ?」
「そういうわけにはいかん。我々薬師協会は、これまで毎日冒険者ギルドを通して同じ働きに報酬を支払ってきたんだ。これを無料で受け取ってしまったら仁義を欠く」
なんと律義な。
「キミの働きには形あるもので報いなければいけない。冒険者ギルドへの支払いと同じ金額でもって、これらの薬草を買い取ろう」
そう言って薬師協会長、みずからのポケットの内をガサゴソさせて……。
キラリ、と。
黄金色に輝く何物かをテーブルの上に置いた。
これは……何?
「金貨四枚、これらの薬草の適正価格だ。遠慮なく収めてくれたまえ」
「きんかッッ!?」
「えッ?」
心底ビックリ仰天するのへ、薬師協会長さんも驚く。
「金貨!? 金貨金貨金貨ですってッ!?」
「いやその……、どうしたんだいそんなに取り乱して?」
そりゃ取り乱すわい!
貧乏人の大金への耐性のなさを舐めんなよ!
「貰えませんこんな大金! たかが薬草採取の報酬に金貨なんて多すぎですって!」
「何を言っている? 我々は毎回、薬草を送り届けてもらった時にはこれだけ払っているのだが?」
「えッ!?」
「え?」
なんだか話が噛み合わない。
実際のところ僕たちはこれまでもクエストを受注し、採取してきた薬草を納めて報酬を受け取るというやりとりをしてきた。
冒険者ギルドを通して。
こうして直接顔を合わせるのが今日初めて、というのも奇妙な感じがするが。
「あー、いいかな? たかが薬草採取とは言うが、これは重要な仕事なんだ。これらを材料にして作られる薬は、多くの人々の健康な生活を支えている。だから適当お座なりにしないためにも、しっかりした報酬の支払いが必要なんだ」
「は、はい……!?」
「それにね、薬草と一口に言っても種類は豊富、金銭価値も大きな差がある。例えば普通の薬草はその辺の道端にも生えていて、本当に二束三文にしかならない。しかしモノによっては希少だったり、魔の森のような危険地帯にしか生えていなかったりして、そうしたものを得るには金がかかる。わかるだろう?」
うーん。
言われてみれば、たしかにそう?
「特にこの紫霧草は、この辺りじゃ魔の森の最奥にしか自生していないために入手は最困難だよ。そこまで辿りつけるのは屈強の冒険者しかいないし、それらを雇い危険手当までつけると、どうしても相当な金額になる」
「う、うす……!?」
「金貨四枚のうちの半分以上は、紫霧草の報酬分だ。このお金は正当なものだ。受け取ってほしい」
「いや、ですが……、でも……!?」
「一体どうしたんだい? キミが薬草採取を担当していた冒険者なら、いつもこれぐらいの報酬は受け取っていたはずだろう? 仲介料やらでギルドが中抜きするとしても、そこまで差はないはずだ」
「そうなんですが……!?」
僕は、小声で囁くようにして告げた。
冒険者ギルドから支払われてきた、僕の薬草採取のクエスト報酬は……!?
「は!? なんだと!?」
今度は薬師協会長さんが目を丸くする番だった。
「そのような金額……はした金じゃないか!? この金貨四枚の十分の一……いや百分の一だぞ」
「さすがに百分の一よりはあるかと……!?」
「それでも! 差額はどこに行ったというのだ!? まさか冒険者ギルドが全部とっていったのか!? 上前を撥ねるにしても度が過ぎるだろう、なんと悪辣なヤツらなんだ!?」
恐らくそういうことなんだろう。
僕と薬師協会長さん、双方の言うことにウソがなければ、不誠実なことをしているのはその間に入った冒険者ギルドということになる。
僕がまだ冒険者ギルドにいた頃『薬草採取は一律報酬だ』と言われていつも一定の金額を渡された。
F級冒険者のクエストに相応しい微々たる報酬だった。
一瞬頭をよぎったのは、ギルド受付嬢のお姉さん。
彼女だけはいつも優しい言葉をかけてくれたものだが、彼女もまた報酬額の誤魔化しに加担していたのだろうか。
そうであってほしくないと僕の心のナイーブな部分が呟く。
言葉を失う僕だったが、依頼者側である薬師協会長さんも重く黙り込んでいる。
しかしやがて重い口を開き……。
「……エピクくん、キミに提案がある」
「はい?」
「冒険者ギルドのしたことは許されざることであり、信用にツバを吐く行為だ。この償いは必ずさせてやる。だがそのためには時間がかかる。今のところ我々は差し迫った今日明日のことを考えなければならない」
差し迫った……。
今日明日のこと?
「とりあえず我々は人心地ついた。キミのもたらしてくれた薬草のお陰で薬を作り、売ることができる。しかし明日以降はどうなる?」
そうか。
薬が必要となるのは今日だけじゃない。病や怪我に苦しむ人がいる限り毎日必要になるのだ。
だから薬師協会の人たちはこれからも、毎日薬を作り続けなければいけない。
これからも。
なのに冒険者ギルドはもう薬草採取クエストを受け付けないと言う。金輪際。
薬師協会にとって兵糧攻めともいうべき状況はいまだ続くということだった。
「キミとて、不当に解雇されてこれからの生活が成り立っていないんじゃないのかね? どこから生活費を稼ぐつもりかな?」
「まったく見通しが立ってないです……!?」
ここは強がらずに素直に言う。
そこで薬師協会長さん、意を得たりと目を輝かせて……!
「つまり我々の利害は一致しているということだ。エピクくん、どうだろう我々と契約しないかね?」
「契約?」
「薬師協会専属の薬草採取者として。報酬は充分な額を用意するつもりだ。もちろん冒険者ギルドのように卑劣な金額の誤魔化しはしない」
「卑劣って……!?」
薬師協会長さんの恨みが直球な表現に結びついている。
いやそれよりも。
「薬草採取者? 薬師協会と直接取引をするってことですか? 薬草を?」
「そうだ」
「許されるんですか? そういうのやっていいなら最初から冒険者ギルドいらないんじゃ? あの人たちから文句を言われたら……!?」
「言わせないさ。そもそもは誰もが危険を冒してダンジョンに入ったりモンスターを倒していた。それらを効率化させた末が冒険者ギルドだ。ヤツらが務めを果たさないのであれば、昔の方法に戻るしかない」
たしかにそうかもだけども。
「冒険者ギルドへの報復も同時に進めていくつもりだが、しかし我々は第一に、必要とする方々のために薬を作る職務をまっとうしなければいかん。そのためにキミの助けが必要なのだ。頼む、どうか協力してほしい」
と言ってまた頭を下げられた。
さらには隣に座っていたスェルも……。
「それがいいですよ! エピクさんここで一緒に働いてください! それが一番いいです!」
と無分別に乗り気だ。
僕は戸惑った。
万年底辺のF級冒険者だった僕が、こんなにヒトから求められていいものか?
ずっと『クズ』『底辺』『役立たず』と言われた僕が。
信じられない気持ちは当然あったが、それよりも僕にできることで助かる人がいるなら何もしないわけにもいかない。
僕自身、稼がないと生活できないわけだし……。
「わかりました、その話、受けます」
「おお!」
「F級冒険者だった無能な僕ですが、精一杯頑張りますのでどうかよろしくお願いいたします」
明日からしばらく一日に更新のペースで行きたいと思います。
『面白い!』『続きが楽しみ!』と感じられたらブックマーク、高評価よろしくお願いします。