67 戦士vs冒険者
女戦士イザルデ。
彼女の戦闘能力は言うまでもなく屈強で、具体的にはA級冒険者、あるいはS級にも匹敵するだろう。
猛スピードで駿馬を駆り、その突進力でもって巨大な鎌を振り下ろす。
その凄まじい攻勢に大抵の人は抗いもできないだろう。
まして馬上からの攻撃だけあって僕から見れば遥か頭上からくる。
それでは益々対処も難しい。多くの人間にとって上方こそどうしようもない視覚なんだから。
「S級冒険者よ!! その肩書きに相応し能力をお持ちなら、必ずやその悪魔の使徒を倒しなさい! アナタの働きを神は見守っておられます!」
「そうだぞS級冒険者! 頑張れ!」
ずっと後ろから聖女や勇者がやんやの喝さいを送ってくる。
煩い……!
僕は好きで死闘を繰り広げているわけじゃないんだよ。
そして勇者&聖女を取り巻く聖兵どもや、それに対峙するイザルデ側の騎兵たちも、行儀よく動かずに僕たちの戦いを見守っている。
それが一騎打ちの作法なのだろう。
この戦いで相手の首を取った方が、のちの集団戦の主導権をとって有利に運ぶことができる。
恐らく、あのイザルデさんとやらは相手側の中で最強の戦士なのだろう。戦闘能力だけでなく皆を引っ張るカリスマ性があるのも、ここまでの短いやりとりで充分窺える。
だからこそ油断して戦える相手ではないことがわかる。
「おのれちょこまかと! オレの攻撃がまったく当たらんだと!?」
そして一騎打ちは一方的な攻撃と回避の膠着状態。
僕が片っ端から相手の攻撃をかわしまくるのだ。そして僕から攻撃しないのであれば、状況はまったく動かず一定のまま。
冒険者ギルドに復帰してから僕自身、リザベータさんからの訓練を受けた。
彼女曰く、強力すぎるスキルに対比して、冒険者としての基本的な体術や戦闘技術はほぼ我流。
そのため手を加える部分が非常に多かったそうだ。
最強スキルに頼るばかりでは真の上級冒険者とは言えない。
徹底的にシゴかれて、A級冒険者リザベータさんが誇る基礎体術を叩きこまれた。
それゆえに今の僕が回避に徹すれば、それこそ袋叩きにでもされない限り永遠に無傷でいられる。
「ふざけるな貴様! 何故さっきからよけるばかりで反撃してこない!? 戦士の決闘を蔑ろにする気か!?」
「僕はどんな相手にも敬意を払うことにしています」
少なくとも向こうから敬意を払ってくれる相手に対しては。
「……ムムッ、よく見たら貴様、武器さえ持たず丸腰ではないか!? 何故戦いに武器を用いない?」
「今気づきました?」
「オレとしたことが丸腰の相手を一方的に攻め立てていたとは……! 失礼した。待っていてやるからお前の武器を出すがいい」
そう言ってイザルデさん、手綱を引いて騎乗している馬を四、五歩ほど後退させる。
正々堂々……、という彼女の決闘ポリシーの表れかもしれないが。
「大丈夫です。武器は元から持ってないんで、このまま続けてください」
「何だとッ!? 空手でノコノコ戦場にやってきたというのか? どういう意識なのだ? 戦士としての自覚がないのか!?」
「だから僕は戦士じゃなくて冒険者なんですが」
「先ほどから戯言を……!? 男は生まれついて皆戦士だ! 男であって戦士でない者などいない! たしかに数多くいる男の中には臆病惰弱で戦士に値しない者もいる! しかし貴様は、このイザルデに真正面から向かい合っても臆することのない勇気の持ち主だ! それが戦士でないなど戯言極まる!」
誉め言葉と受け取っていいのかどうか……!?
ここは国の外、場所が変われば文化も変わるし、彼女らの生きる土地では男性は皆戦士でないと生き残ることはできないし、冒険者というシステムもないんだろう。
会話だ。
会話なくして相互の理解は得られない。
「冒険者とは、僕の生まれた土地にある職業の一つです。『危険に立ち向かう者』という意味です」
「危険に、立ち向かう……!?」
「世の中、戦う以外にもたくさんの危険に溢れています。自然の危険だったり、モンスターだったり、人間より上の存在たちの怒りだったり……」
そういうものに立ち向かっていくことが冒険者の専業だ。
人同士の争いは別のところでやってほしい。って言いつつしっかり今争いに巻き込まれているんですけれど。
「ほう、異邦にはそのような者どもがいるのか。自然やモンスター、それに神……いずれも人より遥かに厄介なモノたちだ。そういうモノに立ち向かっていく冒険者とやらは戦士に比類する強者たちと見た……!」
「だから独自の戦い方も発展してるんですよ。丸腰だからって気遣いする必要はありません」
そう言うと、馬上のイザルデさんの表情が変わった。
大型肉食獣を思わせる獰猛な表情に。
「いいだろう、これより貴様を一流の戦士に対する作法で討ち取る……! 冒険者とやらの実力、余すことなく暴き立ててやろうではないか!」
イザルデさん、馬上のまま明らかに戦いのかまえを変えた。
手綱からけっして放そうとしなかった左手で、大鎌の柄を握った。
右手左手での両手持ち。
騎馬の操作を捨てて、武具の操作に全力を注ぐというかまえ……?
しかし、僕と彼女との間合いは大分離れている。あそこから馬も駆らずに移動せず、大鎌の刃が届く距離ではないぞ?
「何をボサッとしているのです! 注意なさい!」
背後からトゲ交じりの注意喚起が飛んでくる。
「秘宝アダマンサイズの神力を最大放出するつもりです! ボサッとしていたら跡形も残さず消え去りますよ! まったくもうドン臭い!」
その声は聖女様か。
助言してくれてるのか罵ってるのかわからない口調だ。
しかし目の前のイザルデさんがただならぬことをしようとしているのはわかる。
こっちだって危険に対する感覚は研ぎ澄まされているんだ。
なんだかよくわからなくても危険の察知は五段階振り分けの精度で判別可能。
ちなみに今のイザルデさんから感じられる危険度は最大値の五だ。
「受けてみろ冒険者! 必殺の『タナトス・アフロス』ッ!」
イザルデさんと僕との距離は、いまだにかなり離れている。
歩数にして五十歩分はあるだろうか。
そんな遠距離から弓矢でも使わないかぎりどんな攻撃だって届かないと思うじゃないか。
しかし届いた。
あの不可思議な大鎌から放たれる、眩い閃光によって!?
「はぁあーーッ!?」
出た!?
ビーム出たッ!?
何やら大層なものらしい気配がプンプン漂っていた大鎌だが、あんなギミック搭載とは。
放たれた閃光は、僕の頭上を駆け抜けていき、遥か大空に漂う雲を一つ吹き飛ばした。
「そこまでの距離に届く……!?」
閃光は遠く上空を駆け抜けていったから、僕自身に命中することはなかったけれど……。
……直撃したら一体どういうことになってたんだ!?
「もちろん今のはわざと外した。アダマンサイズの威力を知らぬままに吹き飛ばしては戦士の誇りにもとるのでな。今、貴様の後ろにいる連中は、この閃光を見せつけただけ恐れをなし、一目散に逃げて行ったぞ?」
そう語るイザルデさんの表情に侮蔑の色が浮かぶ。
彼女の視線は、僕のさらに後ろでブルブル震えている聖女や勇者……そして聖兵たちへと注がれる。
「臆病者に戦士を名乗る資格はない、臆病者を一方的に虐殺するのは戦士の誉れにはならない。今から尻尾を撒いて逃げるのなら、臆病者となる代わりに命は助かるぞ?」
警告のつもりなのだろう。
戦いを放棄する者に命までは取らないと。
「臆病者でなければ冒険者は務まらないよ。恐怖こそが危険を見極めるセンサーだ」
「臆病であることを誇るとは、冒険者とは不思議な生き物だな」
「僕の冒険者の勘が言ってるよ。ここは恐怖すべきところじゃない。命の危険など存在しないからだ」
その言葉を挑発と受け取ったのか、イザルデさんは額に青筋を浮かべ……。
「よく言った……! ならばその身で受けてみろ、我が秘宝アダマンサイズによる『タナトス・アフロス』ッ!!」
大鎌の刀身から輝き出す光。
振り下ろす動作と共に、解き放たれた閃光が僕に向かって駆け上る。
狙いは完璧、僕に向かっている。
今度は外す気がないらしい。
天空に浮かぶ雲すら吹き飛ばす閃光だ。
軽めに見積もっても個人レベルの防御でしのぎ切れる代物じゃあるまい。
かといって光の速さで飛んでくるものを反応してよけるのは不可能。
ここでもう僕の命運は決しただろう。
死という終幕で。普通なら。
しかし僕には、普通ならないものがある。
「『消滅』!」
前方に生み出した『消滅空間』。
壁のように張り巡らされたソレは、閃光の進行方向を遮る位置にあるために当然のようにぶつかり合う。
そして『消滅空間』に激突した閃光は、為す術もなく飲み込まれ、消えていくのだった。
あとに残るものは何もない。
ただ閃光の影響を何ら受けていない僕自身が立つのみ。
「バカなッ!? そんなバカな……ッ!?」
あるがままを見て、イザルデさんは驚愕に目を剥く。
絶対の自信のあった最強攻撃の無意味は、彼女に想像を絶する衝撃を与えたのだろう。
どんなものだろうと理屈も何もなく消し去ってしまう『消滅』スキル。
その絶対の方が一枚上手だったな。




