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61 王子にして勇者の噂

 事件が一様の収束を見せてからも、僕のイジられは止まることがなかった。


「エピクくーん、キャビア美味しかったー?」

「もう勘弁してください!」


 ここは街の冒険者ギルド。

 クエストが終わってまったりした空気となっている中で、A級冒険者のリザベータさんにウザがらみされた。


「もういいじゃないですか! 最終的に騙されることもなかったんですから! それに相手も正体は犯罪者で、むしろ僕にはお手柄だったんですよ!」

「えー? でも一時期ホントいそいそと帰っていったじゃない? そんなにタダで食べられるご馳走は美味しかった?」


 そりゃあタダ飯に勝るものはありませんからね!

 ホイホイ付いていって悪いかよ!?


「まあ食べ物につられて……ってところがエピクくんのまだ可愛いところよね。これが金とか色とかだとヤバさの段階が一足飛びなんだけど」

「エピクくんがそんなのにつられるようなら前マスター時代にもっと上手く立ち回っていますよ。彼が食べ物に弱いのはそれだけ苦労が多かったってことです」


 ギルド受付嬢……いや今はもう新任ギルドマスターになったヘリシナさんまで話に加わる。

 暇なの?

 ギルマスに就任したのに暇なのヘリシナさん?


「まあ、この手の失敗は若いうちは誰でもするもんだから、そこまで気にする必要はないわよ。むしろエピクくん自体には、最初にすり寄ってきたのが迷う余地もなくどうしようもないヤツでよかったんじゃない?」

「そうですね、世の中にはもっと巧妙に……いいものか悪いものかも判然としない形ですり寄ってくる人たちもいますから。むしろエピクくんは、こんなに早いうちに初心者向けと呼べるような輩に当たってラッキーと言えるのかもしれませんね」


 好き勝手に批評しやがって……。


 いいもんだ、たしかに今回のことはいい教訓になったよ! 向こうからすり寄ってくるヤツらは全員詐欺だ! これからはそう思うことにする!!


「とはいえA級S級ともなれば社交しないわけにはいかないし、人物の見分け方とかあしらい方とか重要よ? 今回のことがいい教訓になったと思って早めに勉強しておきなさい。何ならここにいい教師がいるしね」

「えッ? どこに?」

「ここに! A級の私なら経験豊富だって察しが付くでしょう!?」


 というかリザベータさんはいつまでここにいるの?


 元々前マスターの要請でふらりとやってきたA級冒険者だが、元々この街の所属でもないし、呼び主の前マスターもいなくなった今ここにいる理由皆無のはずなんだが。


 ただ今『すり寄ってくるヤツは皆詐欺』という心理状態になっている僕からしてみたら、非常に怪しいと言わざるを得ない。


「私まで怪しんでんじゃねーわよ。見分けて! 信用できる人間とそうでない人間を見分けて!」

「リザベータさんはたしかに胡散臭いですよねえ」

「おいコラ現マスターッ!?」


 ヘリシナさんも怪しいと思っているのか?

 うむ、僕の目に狂いはなかった!


「いや……まぁ、私が残っているのはエピクくんが面白そうだからって前から言ってるでしょう? それに今は中央に戻りたくないのよね。なんかゴタゴタしてて」

「ゴタゴタ?」

「王が死んだじゃない。そっちの話は王都から帰って来たばかりのエピクくんの方が詳しいんじゃない?」


 ああ、まぁ……。


 そう言えばそんな話を聞いたな?

 S級昇格の判断を貰うために上った王都で、僕はこの国の王様に会った。


 結論から言って、とても人の上に立つ人格とは言い難かった、問題のある王様だったが、その直後に『死んだ』と聞いて驚かされたものだ。


「聞くに異様な死に方だったんでしょう? ヒトに邪魔だと思われるにも一定の優秀さがいるから暗殺じゃないんだろうけど、それでも国主の急死は大混乱をもたらすのにふさわしい出来事だからね」

「あの王様のダメっぷり有名なんですか……!?」

「そりゃそうよ。今この国は宰相の有能さでもってるってもっぱらの評判よ?」


 宰相。

 僕が王様への謁見の際ワンセットで出会ったブランセイウス様のことか。

 たしかにあの人は一目会っただけで人格の優秀さが伝わってきた。


 普通のパターンだと宰相は無能か悪者になってしまうんだが、この国ではパターンに当てはまらないらしいな。


 それはさておき……。


「急な崩御で、ギルド理事会も相当混乱してると思うのよね。そんな最中に王都周りに戻ってみなさい。混乱収束のためにコキ使われるのが目に見えてるわよ。エピクくんもいいタイミングで戻ってこれたわ。もう少し帰るのが遅れてたら、ヘタすりゃ数ヶ月単位で足止めを食らっていたかもね」

「えぇ……!?」


 王様の訃報を聞いたのは、僕たちがエフィリト街へ帰るために王都を発って数日後のことだった。

 実のところあの王様は呪いによって殺された。


 恐れ多くもあの王様はメドゥーサ様を害すると宣言し、実際に兵を動員しようとした。

 さすがに明確な殺意をもって、それを実行に移そうとまでしたら報復を受けるのは仕方のないことだ。


 僕たちが王都を離れてから呪いが始まったのも、僕やスェルに累を及ぼさないようにしたメドゥーサ様の心遣いなのかも。


「でもよく考えたら王様が亡くなるって一大事ですよね。この国どうなっていくんでしょう?」

「国家存続自体は大して問題じゃないわよ。なんやかんやいって無能王がいなくなったところで大した損失にはならないからね。王子があとを継げばすべてはつつがなく元通りよ」

「王子いたんですか?」


 子どもがいたんだ、あの王様。


「そりゃいるわよ。……でもまあ、その王子様って言うのがまた随分と曰くつきでねえ」

「えぇ……!?」


 父親の王様ですらあんなだったのに?

 ここの王家は呪われてるんですか?


「まあ特殊さのベクトルは父親とは正反対なのよ。……優秀すぎて?」

「ほう」


 優秀とな。

 思ってもみなかった単語に戸惑いが起こる。


「この国の第一王子……目下王位継承候補筆頭のタングセンクス殿下は眉目秀麗頭脳明晰。幼少の頃から様々な功績を打ち立てているわ」

「王子の噂なら私も耳にしたことがあります」


 おおう、ヘリシナさんまで乗ってきた?

 人気なのその王子様?


「国民からの人気も高く、即位すれば賢王となること確実とか。しかしタングセンクス様の勇名が轟くのは、ただ優秀な王子様であるからだけではない。さらなる名声の礎がある。それが……」

「「……勇者」」


 リザベータさんとヘリシナさんの声がハモッた。

 なんなん?


「タングセンクス王子は選ばれし勇者なのよ。魔を祓い悪を討ち、地上に平和をもたらすために戦う正義の戦士!」

「それは……冒険者とどう違うんです?」

「全然違うわよ! 勇者は、神から選ばれし最強の英雄! 人類と世界のために戦い、悪を倒すのよ! 冒険者なんてその日稼ぎの職業戦闘人でしょう!」


 A級冒険者がなんてことを言うんだ。

 A級S級になったら社交もしないといけないって、アナタ自身の口から出た言葉を思い出して。


「勇者は、一部の層には大変な人気を誇りますからね。熱狂するのも致し方ありません」

「ヘリシナさんまで!?」

「勇者様は人類のために戦い、常に世界中を駆け回って邪悪と対決している。そのため城に戻られることはあまりないとのことです」


 だから僕が登城した時は会わなかったってこと?


「しかしだからこそ上げた功績は数知れず! 僻地に潜む悪魔を倒したり、陰謀を巡らせる邪教徒を討伐したり!」

「一番有名なのは天空高い山の頂に住む邪竜と戦いですよね! 激闘の果てに勝利して、邪竜が隠し持っていた宝剣を戦利品に持ち帰ったとか!!」


 リザベータさんとヘリシナさんがきゃあきゃあとはしゃいでいる。

 そこはかとないミーハーの匂いがした。


「そんなタングセンクス王子様が次の王様で間違いないでしょう。あの御方が国を治めれば安泰は間違いありません」

「そうね、混乱も一時的なことよ。すぐに収まるわ」


 王子にして勇者……。


 どちらにしても選ばれし存在というわけだが、その選ばれし者の称号が一人に二つも重なっちゃったというわけか。

 贅沢な話よなぁ。

 普通どちらか一方でよかろうに。


 まあ、世の中には僕のような凡人の想像もつかないような恵まれた人間がいるんだなってことは理解した。


 僕に言えることは、そんな輝かしい存在はずっと遠くにいるもので、一般人の僕などとは終生関わり合うことなどない。

 それぞれの居場所を守って堅実に生きていこうと思うばかりだった。



 しかし。


 そんな僕ののん気な考えは、ほんの数日後に完膚なきまでに打ち砕かれる。


 勇者であり、王位継承最有力候補でもあるタングセンクス王子が、街へとやってきたのだ。

 僕たちの住むエフィリトの街へ。


 しかも大勢の兵士を引き連れて。


 彼が訪れた理由……遠征の目的は……。


 魔の山に住まう女神にして魔女、メドゥーサ様の討伐だった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ]_・)山に行っても、居ないんだけど………………
[一言] なんで?と思ったがまあ、王様呪い殺したんだからそうもなるか
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