05 進撃のF級冒険者(元)
僕らは進む、森の中を。
途中、当然のように現れるモンスターを片っ端から『消滅』スキルで消滅させる。
あとには残骸どころか塵一つ残らない。
「ふわわわ……ッ!?」
それを驚愕の表情で見る少女。
「凄いです……ッ!? 凶悪なモンスターが出てくる瞬間次々消えて……ッ!? これで一番下のF級なんですか? ギルドの冒険者って皆これより強いってことなんですかぁ!?」
「さあ、どうだろう……?」
僕の場合、たまたま授かった『消滅』スキルがあまりに特殊だから何とも言い難い。
「僕のスキルは、どんなモノでも片っ端から『消滅』させてしまう。硬さ大きさ、そして速さも関係ない。このスキルを脅かしたモンスターは今のところ遭ったことがないんだ」
「凄いじゃないですか! そんなスキルがあればA級にだってなれるんじゃないですか!?」
「世の中そんなに甘くないんだなあ……」
会話をしながら、またしても飛びかかってきたモンスターを瞬滅させる。
「冒険者が成果を上げるには、モンスターを討伐したっていう“証明”がいるんだ。大抵の場合、倒したモンスターの死骸か、せめて一部でも持ち帰らないといけない」
そしてこのスキルに、そんなことは不可能だ。
一部だろうと残さず消し去ってしまうんだから。
「だから何百体消し去ったとしても、そのことを証明することは僕にはできないんだ。本当に融通の利かない、役立たずのダメスキルなんだよ……!」
「そ、そんなことないですよ!?」
すかさずフォローに入ってくれる。
優しいなあ。
「危険な森の奥に入れるのは、エピクさんのお陰です! エピクさんのスキルがあるからここまで来れたんじゃないですか! そして必要な薬草を採れる! 全部エピクさんのお陰です!」
「ああ、ありがとう……ええと……?」
「スェルです! 私の名前はスェル! 覚えてくださいね!!」
「はいッ!?」
薬師の少女改めスェルは中々押しが強い。
「もしかしてエピクさん、A級冒険者より強いんじゃないですか? 魔の森って本来、A級パーティでもないと奥まで入れないって聞いたことがあります」
「はっはっは、まさかぁ……」
僕ごときがA級とはおこがましい。
いくら『消滅』スキルがあるからって僕ごときがこんなにサクサク進める魔の森はそこまで難易度の高い危険地帯ではないのだろう。
世界は広い、ここの他にもずっと困難なダンジョンとかがたくさんあるはずだ。
とか言ってるとまたモンスターが現れた。
アレはマジョロウグモ。
この森でもっとも危険で強いモンスターだ。
しかも群れで来おる。
「ひぃッ!? 大きなクモ……!?」
「気を付けてね。致死性の毒を持っているし、そこかしこに見えない糸を張って動きを封じてくるんだ」
多分今頃、僕らの背後にも糸が幾重に張られていることだろう。
退路を封じるために。
「『消滅』」
目の前に現れたマジョロウグモは五匹。
本当ならここで生死を懸けた激闘が始まるんだろうが、僕の場合腕を左から右へ振り払うだけですべてが跡形もなく消え去った。
払う露も残らない。
「ええー……?」
「さあ急ごう。早いとこ薬草を摘んで帰らないと……」
目標とする貴重な薬草は、ほどなくして自生地に到達して必要数摘むことができた。
僕としては日課のフィールドワークだ。
復路も無事に済み、スェルを街まで送り届けて任務完了。それではお元気で、と去ろうとしたところ……。
「お礼がしたいので! 是非お礼がしたいので!!」
と引っ張られてしまった。
どうやら家まで連れていくつもりらしい。
マジですか。
◆
抗うこともできずスェルちゃんに引っ張られるまま街を行くと……。
仕舞いには見上げるほど大きな建物の前に到達した。
「これがスェルさんのお家!?」
豪邸じゃないですか!?
もしかしてスェルちゃんお嬢様!?
「いえいえ、ここは薬師協会の本部です。いわば職場です」
ああ、なーんだ……!?
ビビッて損した……!?
「まあ、お父さんが薬師協会長なんでここで寝起きもしてるんですけど。お父さーん! ただいまー!」
「ちょっと待って!?」
誰が薬師協会長ですって!?
やっぱりスェルって超絶いいとこのお嬢様!?
彼女がズカズカ入っていくので僕も続くしかない。
すると程なく建物の奥から、三十代後半と思しき男性がヨタヨタ駆け出してきた。
体つきはスマートで、顔つきといい服装といい理知的な印象を漂わせる紳士だったが、この時ばかりは慌てふためいてあまり理知的ではなかった。
「スェル! スェルどこへ行っていたんだこのバカ娘は!? ああ本当に心配させて……!?」
「ただいまお父さん!」
この人がスェルのお父さん?
たしかにどことなく似通った雰囲気が?
「聞いてお父さん! 薬草が手に入ったわ! これで薬を作ることができるわ!!」
「まさかお前……、本当に魔の森に入ったのか!? 冗談であることを祈っていたのに、本当にお前は!?」
どうやら娘さんのせいで心労が重なっていた模様。
スェルが壊滅的に行動的なのは出会ってばかりの僕でもわかるので……気苦労が絶えないんだろうな。
「大丈夫よ! このエピクさんに送ってもらったから!」
「ふぬ?」
スェルが紹介する僕に、お父さんの視線が鋭く細まる。
娘さんが家まで連れてきた男。
そりゃ警戒するに決まっているか。
「うん……あー、娘をここまで送ってもらったことには礼を言う。しかし見ず知らずの人間をこの薬師協会の本部に入れるのはな」
「エピクさんは元冒険者なのよ! 魔の森で薬草摘みに協力してもらったの!」
「なにぃー!?」
詳しく告げられるなり、お父さんの眼の色が変わり途端に厳しいものとなった。
怒り、憎悪すら宿っている眼光。
「冒険者が!? お前らが、お前たちのせいで我々がどんなに大変な目に遭っているか!? そもそもお前らが突然クエスト拒否なんかしなければ娘も魔の森に入るような……!!」
「ひぃえぇーッッ!?」
なんかまくしたてられるように怒られた!?
なんなの薬師協会怖いッ!?
そんな猛獣のごとき父上をスェルがしがみついて止めんとする。
「違うの待ってお父さん! 元! エピクさんは『元』冒険者なの!!」
落ち着いて事情を話せるまで多少かかった。
◆
「ふーむ、なるほど……!?」
やっと落ち着いて、ここまでの経緯が伝わると僕らは部屋に通された。
応接室って言うのかな?
立派な椅子とテーブルに、持て成しに出された紅茶。
周囲を彩る調度品。こんな凄い部屋に通されたのなんて生まれて初めてだよ。緊張して震える。
「話はわかった。要するにキミも私も被害者だったということだな。あの冒険者ギルドの」
「はあ……!?」
「我々……薬師協会の事情はスェルから聞いているんだろう? 我々は常態的に冒険者ギルドへ薬草採取クエストを発注している。街の人々に提供するため常に薬を作り続けなければいかんからだ」
「はい」
「それが昨日から突然、薬草採取クエストをキャンセルされて、以後も受け付けないと言われる。とんでもないことだ。材料の供給が断たれたら薬は作れない。街中の健康を損なった人たちがより患うことになる」
薬のことをよく知らない僕でも、それが大変な事態であることはわかった。
下手をすれば、この街が滅びかねないほどの。
そんな事態に陥った理由が……。
「薬草採取のできるたった一人の冒険者を追放したからだと……!? そんなくだらない理由で、街全体の健康が損なわれるところだったのか……!? なんとくだらない、くだらない連中なのだ冒険者ギルドとは……!?」
スェルのお父さん……薬師協会長から濃厚な苛立ちが噴き上がった。
僕はその態度に飲まれ、同席するスェルもまた及び腰になっている。
「ヤツらは何か勘違いしているようだ。たとえ難度が低く、報酬が安かろうとも欠くことのできない重要な仕事というものはある。我々がヤツらに発注してきた仕事もそうだと思っていたが、ヤツらはそうは思っていなかったようだな。愚かなことだ、あまりにも……!」
「あ、あの……?」
「その重要な担い手のキミを解雇してしまったこともな。いや、それはキミの働きに散々世話になっていながら、キミの存在自体知らなかった私も同様か」
そう言って頭を下げてくる。
よりにもよってこの僕に。
「いえッ!? あのあの……ッ!?」
「名乗るのが遅れたが私はバーデング。エスフェル都市薬師協会長でありスェルの父だ。キミにはいくつも礼を言わねばならないことがある」
頭を下げたまま。
「今日まで我々に薬草を提供してくれて心から感謝する。またスェルのことも、ここまで無事送り届けてくれてありがとう。娘にもしものことがあれば、私は生きていけなくなるところだった……!」