48 先代の因縁
「エピクさん、どうしたんです?」
僕の様子が変わったことに、もっとも早く気づいたのはスェルだった。
気づかわしげに僕の肩を触る。
さらには周囲の、アンパョーネン理事以外の多くの同じ立場の人々が僕のことを取り囲んでくる。
「おお、新たなる英雄の登場じゃ!」
「S級昇格おめでとう! 前任命から十八年ぶりの快挙じゃぞ!」
「冒険者の世界に新風が吹き込まれるの!!」
とお祭り騒ぎだった。
しかしそんな喧騒は僕の耳には入らず、一点に引き寄せられるのはある男の顔。
一人として見覚えのないはずのギルド理事たちであったが意外にも一人だけ、見知った顔があった。
その人の名はギズドロビィーと言った。
僕の生まれ育ったエフィリトの街でギルドマスターをしていた人だ。
ギルドマスターといえば、つい先日に散々問題を引き起こした挙句に逃走したギズドーンが記憶に新しい。
ギズドロビィーはその前にギルドマスターをしていた。
何かの理由でマスターを辞し、街を去っていったが……。
彼がここにいるということは、ギルド理事になるための栄転だったということか。
「……お久しぶりですねギズドロビィーさん」
「…………!?」
相手は、居心地悪げに目を逸らした。
ギルド理事のご多分に漏れず大分年配で、頭に白髪が混ざり始めている。
しかしその脂ぎった顔つきは昔と変わらなかった。
忘れようはずもない。
僕が冒険者ギルドに入った時の初めてのギルドマスターだったんだから。
冒険者としての登録申請をして、そこに彼が出てきた。
適性試験ということで彼に自分のスキルを披露した。
『消滅』スキルだ。
あの当時の僕は、自分の能力にそれなりの自信を持っていた。
何しろ何でもかんでも消せる能力なんだから、これさえあれば無敵で、きっと冒険者になってもやっていけると思った。
しかし現実は非常だった。
――『こんなクソみたいな能力何の役にも立たん』
――『お前は冒険者の仕事がわかっておるのか? モンスターの素材を持ち帰る、ただの討伐にしても証明のために体の一部が必要になるんじゃぞ?』
――『なのにすべて丸ごと消し去るなんて。何の意味もないゴミスキルではないか』
そう言われた瞬間、この能力は僕の中でゴミと化した。
強すぎるだけで冒険者の仕事に何の意味もなさないゴミスキル。
それでもう不合格かと思ったが、予想に反して僕は冒険者になれた。
ギルドマスターが僕のことを憐れんで手心を加えてくれたという。
それを聞いた時は『なんていい人なんだ』と感動したものだが、実際に冒険者の活動を始めてから耳元で囁かれる言葉があった。
――『お前のスキルはな、役立たずのクズじゃ』
――『お前の能力ではランクを上げるなんてとてもできん。ギルドだってすぐに追い出されてしまうぞ』
――『だからな、ワシの言うことをよくよく聞くんじゃぞ。そうすればギルドに在籍することは許してやるからな』
当時の僕は、その言葉を鵜呑みにした。
自分はどうしようもない無能で、優しいギルドマスターの慈悲があって冒険者でいられるのだと。
僕の能力ではモンスターを倒しても功績にはならないので、スキルを使わずともできる薬草採取をするように勧めてきたのも彼だ。
もっともその当時の僕は、消し去ることしか能のない自分でもできるクエストを勧めてくれる、優しくて気の回るギルドマスターだとしか思っていなかった。
時が過ぎ、彼がギルドマスターを辞すと聞いた時目の前が真っ暗になったものだ。
僕にこんなに親身になってくれる人がいなくなったら、これ以上冒険者ギルドにい続けられないと。
しかし去り際に『安心せい、後任のギルドマスターにはよく言っておく。お前がギルドに残れるようにな』と言われて益々感動したものだった。
しかし彼の宣言は守られることなく……。
後任のギルドマスターとなったギズドーンからギルドを追い出されたのは皆が知る通り。
それ以降スェルと出会い、薬師協会長さんと出会い、都市議会の人たちやメドゥーサ様、様々な人たちとの出会いを経て僕の視野が広がった。
その上で得た結論は……。
◆
「アンタは……僕を利用していましたね?」
ビクリッ、と相手の体が震えた。
今やギルド理事となり、ギルドマスター以上の権限を持っているはずのこの人がやけに小さく見える。
「アナタは僕のことを役立たずだと言った。僕のスキルも冒険者には向かないゴミスキルだと。当時の僕は完全に信じ切った、それなりに傷つきましたよ」
「何のことかな? というかどこかで会ったかな?」
この男……、ここに来て見苦しい言い逃れを……!?
「惚けないでください、アンタはギズドロビィーでしょう。かつてエフィリトの街でギルドマスターをしていた」
「たしかにギズドロビィー理事の経歴は覚えている」
アンパョーネン理事さんが割って入る。
しかし僕の糾弾の邪魔をするためではない。むしろアシストをしてくれるようだ。
「ギズドロビィー理事はたしかにエフィリト街ギルドに出向していた時期があったのう。そしてエピクくんもエフィリト街の出身、面識があっても不思議ではないのう」
「ジジイ、余計なことを……!?」
ギズドロビィーは小声ながらたしかに言った。
そして誤魔化しきれないと悟ったのか、今度は身の毛もよだつような猫なで声で……!
「え、エピクくん!! たしかにそうじゃキミはエピクくんだったな!! 懐かしいのう! 元気でいたか!?」
「ええ、一度は冒険者ギルドをクビになりましたが、何とか復帰してここまで来られましたよ」
「なんとキミをクビに!? 誰じゃそんな酷いことをしたのは!? キミのように優秀な冒険者を追い出すなどありえん! その者には徹底した指導が必要じゃな!?」
「そうですか? アナタはいつも僕のことを『無能』『役立たず』と言っていたじゃないですか?」
「グヒッ!?」
ギズドロビィーの顔中から大量の脂汗が噴き出す。
周囲のギルド理事たちも……。
「あのエピク殿を無能……?」
「なんと血迷ったことを? 本当なのか?」
「しかし本人が言っていることだぞ……?」
……と戸惑いが広がっている。
「ななななな!? 何を言っているのかな!? たしかにワシはかつてエフィリト街のギルドマスターとしてエピクくんが新人の頃から知っておったよ! まあ才気煥発の若者でなあ! いずれはS級にもなれると思っておったよ!!」
ギズドロビィーから『話を合わせろ! 合わせろ!』とアイサインが飛んでくる。
しかしそれに応じてやる理由が僕にはない。
かつての押し切られるまま従っていた僕ではないのだ。
「……ギズドロビィーさんは、僕が冒険者ギルドに初めて訪れた時のギルドマスターでした。彼は僕のスキルを見て『まったく役に立たない』と断言した。僕はその言葉を信じて自分がダメな役立たずだと、随分長く思っていました」
「おいコラァ!!」
ギズドロビィーが声を荒げる。
それもそうだろう、かつて自分が酷評した冒険者が、今や一躍最上等級へとのし上がっている。
そんな現実は、彼の見る目のなさを証明するもの。
ギルド理事としてハッキリとした痛手に違いない。
かつて彼が言ったことはデタラメだった。
真実とはまるで違う大ウソを信じ僕は、自分の能力、自分自身を『役立たず』として卑下しながら生きてきた。
僕の惨めな……無力感に苛まれた前半生はコイツによって始まった。
しかし僕は、前任ギルドマスター……かつての恩師のこの狼狽えぶりに、さらなる裏があるのでは? と思い始めた。
そう疑った根拠は……。
「アナタの後任だったギズドーンは最悪でした。そのことは聞いていましたか?」
「け、けしからん話じゃのう!? ギルドマスターの立場を利用し、好き放題のやりたい放題。ギルド理事会としては、そのような不正を厳重に取り締まり……!!」
「ヤツの行った不正の一つに、報酬の中抜きがありました。酷く悪質な……!」
具体的には僕が行っていた薬草採取。
薬草採取自体は簡単なF級クエストなれども、薬草と一言で括っても多くの種類があり、中には薬効著しくとも貴重であるため、とんでもない値がつくものもあった。
紫霧草などがそうだ。
僕は毎日、何の気なしに森の奥まで分け入って紫霧草を採取していたが、あれが金貨数枚分の価値があると知ったのはスェルたちと出会ってからだ。
それまでは薬草の詳しい価値など知らずに提出し、F級クエストの最低賃金しか受け取っていなかった。
そして依頼主である薬師協会さんからは最大限の報酬をせしめる。
その差額は、一体どこへ消えていたのか。
「全部ギズドーンの懐に入っていたそうです。アイツの失踪後、ギルドマスター代理になったヘリシナさんの調査で分かりました。しかしどうも腑に落ちない」
「な、何がじゃ、ギルド理事会で関係ない話は……!?」
「アイツの支配から解放されるほどに思うんです。ギズドーンはバカで、儲けの仕組みを考えられるような知恵があったとは思えない」
こう考えればどうだろうか?
あの不正はギズドーン自身が考え出したものではなく、それ以前からもう既にあって、ヤツはそれに乗っかっただけではないのか?
ギズドーン以前にもっと狡賢いヤツがいて、ソイツがぼろ儲けのための悪巧みを考え出した。
才能豊かではあるが幼く世間知らずな少年を騙し、自分のいいように操れるようにして最低賃金で働かせる。
それで得た利益を最高値で売りさばき、その差額をそっくりそのまま懐に入れる。
「僕は何も知らないガキだった。ギズドーンに追い出されてギルドの外の世界を知り、それでやっと自分が騙されていたという事実に気づいた」
僕は大バカだったんだろう。
狡賢いヤツらから見れば、利用しやすくて利用するだけ大きく得する美味しいバカだ。
騙されているのにそれに気づかないのん気さは責められるべきだろう。
しかしそれでも。
騙す方の罪が許されることにはならない。




