37 旅の途上
馬車に揺られて旅の空。
王都へはまだ着かない。
「先に聞いていたこととはいえ、王都は遠いなあ」
「エピクさん、リンゴ剥きましたけど食べますー?」
「食ーべーるー」
同行するスェルともすっかり旅慣れて、なんだか前より打ち解けたような気がする。
途中宿泊する時は一緒の部屋を取るんだよ。
節約にもなるしね。
「しかし、あと何日で王都に着くんだろうねー?」
「お父さんの話が本当なら、あと八日はかかるんじゃないですかねー?」
ウソォマジでー?
いい加減、馬車に揺られすぎて尻がカチコチになってるんですが。
長時間乗り物にただ乗っているだけというのも案外苦痛で、僕もスェルも表情が消えて受け答えもテキトーになっている主な原因もそれだった。
帰りも同じ距離だけ揺られていくと考えるだけで益々表情が消える。
「なあ、キミらも王都に行くの?」
「は?」
唐突に声をかけられて、乾きかけた心で反応が雑になった。
馬車内の向かいの席に、まだ表情の溌剌そうな男女一組の若者が座っている。
僕らが搭乗しているのは決まったルートを往復する乗合馬車で、複数の乗客が居合わせている。
僕らに話しかけてきた男女ペアは、今朝から乗り合わせていて、そのせいかまだ精神が疲弊してないようだ。
馬車での移動生活連続十二日目の僕たちとは違う。
「ああいや、急に話しかけられて警戒したかい? 見たところ目的が同じようなんでね?」
「アナタたちも王都に?」
「そうさ、世界最高と謳われる王都の冒険者ギルドに入るんだ。冒険者として一旗揚げるためにもね!!」
言われてみれば、彼らの身なりは見るからに冒険者のそれだ。
帯剣もしており多少の荒事になら即時対応できそうな気配はある。
あくまで気配だけだが。
「……地元のギルドには所属しないんですか?」
「ダメだよあんな田舎じゃ。ロクなモンスターも出てこないし、入ってくる依頼はチンケだしでのし上がる機会なんてまったくない。やっぱり夢を叶えるには都会でないと!!」
若い冒険者の、死にたいくらいに王都に憧れている感じが如実に出ていた。
そんな都会への幻想著しい若者に寄り添うような、やはり冒険者風の少女が言う。
「すみませんお騒がせしてしまって。彼、王都に行くと決まってからずっとこんな調子なんです」
「やる気なんですね」
「そうなんですよ。私は故郷の街でじっくりレベル上げしてもいいと思ってたんですが、彼は一日も早く上級冒険者になりたいそうで……。ウチのような田舎じゃ精々B級ぐらいが最高ランクなんです」
最高位がDだった僕のところのギルドより断然いいじゃないですか。
「Bなんて二流の最高点さ! やっぱりA級、冒険者の一流はA級からだよ! 王都のギルドに所属すれば、A級に推薦されるだけの大きなクエストだって受けられるはずだ! 実力もつくしな!」
「そう言って、王都の冒険者ギルドに所属するって聞かないんですよ彼。一応才能はあるって皆から言われて地元ギルドからは残留を望まれたんですがねえ……」
「地元には世話になったが、恩義に囚われてちゃ一流にはなれないからな! 将来S級にまでなってオレの名前を世界中に轟かせることで恩返しにするつもりさ!」
夢の大きい人だなあ……。
普段ならもうちょっとうまい返しができるはずなんだけど、馬車に揺られる尻が痛くて、そんな余裕が微塵もなかった。
同じ状況のスェルなどはこの期に及んで一言も発していない。
「というかキミらだって同じような目的で王都を目指してるんじゃないのか? その身なりや佇まい、明らかに冒険者だろう?」
「ええ、まあ……!?」
少なくと僕の方はね?
しかしスェルは違うし、職業自体冒険者などではない。
「たしかに僕は冒険者ですけれど、王都のギルドに移籍するつもりはないんですよ。王都へは……、そう野暮用を済ますためにね」
A級冒険者への昇格認可を取るという野暮用に。
「それは残念だなあ。せっかく同志に巡り合えたと思ったのに」
「同志ですか……!?」
「そうだよ! 王都で一旗揚げようとする新人同士、パーティを組むにはいい相性だと思うんだけどな。隣の彼女はサポート系職業だろう!?」
スェルのことか。
たしかの彼女は薬師なので、彼の推察はあながち大間違いでもない。割と言い当てているところが恐ろしい。
「うちのエリーは魔導士で、後衛からのロングレンジ攻撃を得意としている。俺とキミとで前衛を張って、後衛の女性二人で鉄壁のサポート! いいパーティだと思わないか!?」
「『思わないか』って言われても……!?」
なんで僕たちが一緒に冒険する流れになっているんですかね。
たしかにスェルは薬師だから、素材さえ確保できれば回復から強化、クエスト中の体調管理までこなしてくれるオールラウンダーだ。
それに遠距離攻撃ができる魔導士が加わり、二人の前衛で固めれば安定性も増してより堅実なパーティに……。
って何シミュレーションしているんだ僕は!?
話に乗せられている!?
「いいやですから、僕らは王都では冒険者活動しないでですね……!?」
「ダメだぜ冒険者がそんな守りに入っちゃ。冒険してこそ冒険者だろ、もっと夢を見ようぜ!」
「上手いことを言ったつもりかもですが……」
「それに、そんな弱腰じゃそっちの彼女に嫌われちまうんじゃないか?」
と言われた途端ズコバタッと大きな音が馬車内に響き渡った。
スェルが座席から転がり落ちた音だった。
「スェル!? そんな大きなリアクションして……!?
「そんな!? なななななな……!? 彼女なんて……!?」
酷く動揺している。
「あれ違うの? オレたちと似たような感じだからてっきり……!?」
「ダメよアレオ、何でも自分たちと同じように思っちゃ」
たしなめる同行の女魔導士さん。
一体何?
「すみません実は私、田舎を出る時に彼からプロポーズされて……!」
「プロポーズッッ!?」
吹くように反応するスェル。
「おうよ!『A級冒険者に上がったら結婚しよう!』『昇進次第すぐに挙式できるように、常に側にいてくれ』ってな!!」
「私を田舎から連れ出す方便としても殺し文句すぎて……!」
顔を真っ赤にしてうつむく向かい席の女魔導士さん。
そりゃそこまで力いっぱいに言われたらついていかざるをえないよな……!?
「これが行動力……!?」
その隣で何故かスェルが戦慄していた。
「だからキミも、もっと冒険も恋愛も情熱的にならないとダメだぜ。都会には誘惑が多いんだから、ボサッとしてるとその子も他の男に取られてしまうかもだぜ」
「ぴうッ!?」
何故かスェルが鳴いた。
あまりに過剰な反応だったので相手側もドン引きし……。
「あれ? もしかして本気にしちゃった? ゴメンね怖がらせて?」
「もうアレオってば押しが強すぎてデリカシーに欠けちゃうのよ」
隣の恋人さんもご立腹だ。
しかしまあ……若い男女で二人旅していたらやはり恋人同様に見られてしまうものなのだろうか?
少なくとも向かいのカップルのように濃密なほどのイチャイチャ感を出しているのは問題外に思えるが……。
そういえば宿に泊まる時も僕とスェル相部屋でって言ったら宿屋の主人から妙な目で見られたしなあ。
翌朝『ゆうべはお楽しみでしたね』って言われた真の意図が今さらながらに理解できて、顔から火が出そうになる。
そうか……、そういう風に見えていたのか……!?
「お、彼氏の方も意識してきたかい? だったら彼女にいいところを見せるためにも是非とも一緒に王都で困難クエストを……!」
「だから強火で押さないの」
畳みかける彼氏とたしなめる彼女。
この押しの強いカップルと同乗して馬車に揺られるのも案外疲れるな、今日の宿泊地に着くまでスタミナが持つだろうか……と考えていると救いの神というべきか、前の方から声がかけられた。
「お兄ちゃんら冒険者なのかい?」
それは馬車を操る御者さんからの声だった。
しまった煩く話しすぎて注意されるのかな!?
「ああそうだぜ! オッチャンもオレの語る夢を聞きたいか!?」
そして同乗者くんの強気がいまだに止まらない。
「そんなの聞かされたらとっくに夢を忘れた中年なんか解けて消えちまうよ。それより現実の話をしてえんだが。これから緊急クエスト受けてみねえか?」
「緊急クエスト!? 何それ、面白そう!?」
いきなり何を言い出すんだこの御者さんは?
話がよく見えてこないんだが。
「進行方向に不審な影がちらほらあってなあ。御者歴二十年のワシにはわかる。あれモンスターだ。馬でも食われたらワシは破産だしアンタらものっぱらで立ち往生だから、退治するか追っ払うかしちゃくれねえ?」
話が明瞭によく見えた。
さて、冒険者活動開始だ。




