35 上を目指して
そうして冒険者ギルドが再スタートを切って早や数日。
その日も僕は、いつも通りの薬草採取に勤しんできた。
クエスト達成。
「摘んできた薬草の査定をお願いします」
「はいはい~」
ギルドマスター代理ヘリシナさんの一存でD級まで上げてもらった僕。
しかしながら今もやってることは相変わらず薬草採取であった。
別にこだわりとかじゃないが、等級が上がっても初心を忘れないように……との思いで続行している。
そうでなくても紫霧草みたいに森の奥にあるものは現状取りに行けるのが僕ぐらいしかいないし。
あとガツィーブみたいなのを直に見てきた結果かな。驕り高ぶり自分を見失うのが非常に恐ろしく思える。だからこそ初心を忘れてはいけないと思うのだった。
「エピクくんは今日も仕事が早くて正確ですねえ。査定する方も気合いが入りますよ」
それは今受付しているヘリシナさんも一緒だが。
ギルドマスター代理という立場にありながら、一日の間に必ず時間を見つけてギルドの受付に立っている。
彼女も前任という最悪例を間近に見てきて思うところがあるのかもしれない。
「はい、いつもどおり摘み方から保存法まで完璧ですね。モノはいつも通り、エピクさんが直接薬師協会へ届けに行きます?」
「もちろん!」
ギルド復帰前後で違うところがあるとしたら、そこだった。
追放時散々お世話になった薬師協会さんと縁を途切れさせないためにも、クエストの終わりに毎日顔を出すようにしている僕です。
「それから、ついでに狩ってきたモンスターの素材なんですが……」
「わかっていますよ。そちらはギルドで解体して、獲得できた素材は優先的に薬師協会へ回しておきますね」
「よろしくお願いします」
ちょうどギルドの入り口前では、大量のモンスターが荷車に積まれてひしめき合っているところだ。
僕が獲りました!
『消滅』スキルの応用を覚えた成果だな。
獲ってきたモンスターはマジョロウグモを始め、森の奥にいる強豪ばかり。
ぬるま湯組の再教育のため、乱獲は控えるように言われているので奥めのモノどもを適度に狩るようにはしていた。
それでもギルド前には人だかりができて……!
「これ皆、A級相当の怪物モンスターばかりだぜ……!?」
「オレたちがコイツらと遭遇したら余裕で死ねる……!?」
「これを本当に、底辺F級のエピクが狩ってきたのかよ……!?」
集まってくるのは大抵ギルドに所属する冒険者たち。かつて僕のことを蔑んできた人たちだ。
「だから言ってるでしょう。エピクくんの実力はアンタらとは比べ物にならないのよ」
と口を出すのはA級冒険者のリザベータさん。
休暇中と言いつつも乞われてギルドの指導役に就いた、案外面倒見のいい人。
「相手の実力を読み切れないのもアンタらの未熟な証拠よ。死線の三つも四つもくぐれば手を出しちゃいけない相手ぐらいすぐさま見分けられるのに。アンタらが今日までピクニック同然の簡単クエストしかこなさなくて危機本能をまったく磨いてこなかったってのが、よくわかるわ」
「お、押忍……!?」
「エピクくんはもってるスキルが強力すぎて倒したモンスターの破片も残らなかった。だから討伐証明も素材持ち込みもできなかった。その意味をよく考えてみることね」
リザベータさんからバシバシ言われて、返事もできない冒険者たち。
一応これでも、やらかしすぎたガツィーブなどとは一定の距離を置いてギルド残留を許された人たちだ。
しかしそれでもぬるま湯に浸りきっていたのは間違いないわけで……。
「本当なら魔の森は、奥にさえ行かなければ一般冒険者でもちゃんとやれるレベル。しかしそれすらエピクくんが過剰に間引いて随分難易度の下がった状態にアンタらは慣らされていたの。せめて普通の状態の魔の森浅層で生き残れるようにならないと冒険者は名乗れないわよ」
「「「「はい、姐さん!!」」」」
姐さんって……!?
「オレたち嫌ってほどわかりました、自分がどんなに腑抜けていたかを……!?」
「適当に狩りに行って、モンスター倒して。それでも一応やれてるからいっぱしの冒険者のつもりだったのに……!?」
「あんなガツィーブみたいになるのは嫌だ! 今からでもちゃんとしねえと冒険者としてだけでなく人間としてダメになる!!」
「お願いです姐さん!! オレたちを一から鍛え直してください!」
冒険者たちが克己心に燃えている。
もっとも思い上がってどん底まで堕ちていったガツィーブのことを間近で見ているから、『明日は我が身』という実感が強いんだろうか。
しかし彼らがやる気をもって、現役A級であるリザベータさんの指導を受ければきっと熟練の冒険者として大成できることだろう。
この街のギルドも安泰だ。
「よーし、じゃあ早速訓練の一環で魔の森の奥に入るわよー!」
「「「「どえぇえええええッッ!?」」」」
「より上のレベルを知っておけば、下層浅層で後れを取ることなんてまずなくなるわよ。経験値もたくさん入るしねー」
そりゃあより厳しい環境に身を置けば成長の機会にはなるだろうが。
ハイリターンに見合ったハイリスクが伴わない?
さっきの発言の言い方を変えます。
きっとあのうちの何割かが冒険者として大成できるだろう。
「強者が生き残る自然淘汰の法則……!?」
「リザベータさんにお任せしていれば彼らは大丈夫ですね。ですが、彼らにばかり負担をかけるわけにもいきませんよエピクくん?」
何で僕のこと名指しなんですかヘリシナさん!?
まさか僕のこともガチ厳しい環境に放り込むつもり!?
「エピクくんはたとえ地獄に落としても平気な顔で這い上がってきますからねえ。実力に関してはもはやエピクくんはまったく問題ないと認識しています。他に問題があるとすれば、その実力に見合っていない肩書きでしょうね」
え?
しかし僕はついこの間大躍進してD級に登ったばかりですが?
「A級相当モンスターをこともなげに狩ってきて何を言うんですか? A級冒険者が頑張って倒せる程度の強さだからA級相当って言われるんですよ」
つまりソイツらを余裕で狩ってきている時点で……。
「エピクさんはA級になる資格が充分あるってことです。いいえ、A級相当モンスターを余裕で狩ってくるぐらいですからS級でもいいぐらいです。ですがS級に認定されるには理事会の許可をはじめ様々な条件をクリアしないといけない。つまりは非常に面倒くさいので……」
まずはA級冒険者に昇格しようと!?
「いやいやいやいやいやッ!? 無理無理無理無理無理無理ッ!? 僕なんかがA級冒険者なんて夢のまた夢ですよ!」
「そういう無闇に自分を卑下するところなかなか治りませんね。でも大丈夫、エピクさんなら必ず昇格できますよ」
とはいえ、今の段階ですぐに僕をA級にすることは不可能だという。
冒険者ギルドでは昇格に厳しい規定があって、各等級に挙がるにはどんな条件を満たし誰の認可がいるかなど細かく決まっているそうな。
僕の現等級Dまでなら所属ギルドマスターの一存で承認可能。
それより上に行くには他のギルドマスターや、ギルド理事会など複数からの承認が必要なんだとか。
「エピクくんにはここ数日A級B級のモンスターを納入しまくってもらってギルドにしっかり記録させてもらいましたからね。この成果で昇進はまず可能ですし、都市議会の方からも推薦してもらえることになりますので……」
「あ、じゃあ私からも推薦しとこうかー?」
とリザベータさんも話に乗ってきた。
これから指導する冒険者たちを充分に泣かせてから。
「身内だけの推薦だと『共謀しているかも?』って思われかねないから、私の証言が加わればかなり有利よ。ほら私一応部外者だし」
「よろしくお願いします。我がギルドとしても、エースのエピクくんを速やかに押し上げたいので」
ちょっと、ちょっと、ちょっと!?
待ってくださいよ、そんなに淀みなく既定路線に乗せられても。
「別にいいですよ僕は等級なんかに拘らないですし、D級に上げてもらっただけでも充分報われていると思っています!!」
「ダメですよエピクくん、アナタはもっと正当な評価を受けないと」
だから正当な評価を受けていると思うんですが?
「同じことを繰り返しますがA級相当モンスターを楽々狩ってこれる冒険者はA級でないといけません。エピクくんはA級になるべきなんです。それに満たなければBでもDでもFでも不適格という意味で同じです」
「僕は満足していますが……」
「前任ギルドマスターは……いいえこれまで当ギルドは、エピクくんを不当に扱ってきました。実力に見合わぬ最低等級で。これ以上ない貢献をしているのに皆でアナタを見下してきた。それを改善しない限りギルドが立ち直ることはありません」
だからそれを改善すると?
全力で完璧に、僕の待遇改善に取り組むと?
「エピクくんが少なくともA級に足る実力を持つ以上、実際にA級になれるよう支援しなければギルドの役割は果たせません。相応しい等級をつけないままD級としてエピクくんを働かせたら、結局依然としてアナタを利用しているだけになってしまいます」
「それにねエピクくん。強さには責任が伴うものなのよ」
リザベータさんまでもが畳みかけに来る。
「アナタが実際にA級で、ギルドの連中もしっかり認識していればアイツらも現状をしっかり認識できたろうし、あんなぬるま湯に浸りきった腑抜け冒険者にならずに済んだわ」
「それは……!?」
「もちろんアナタ一人のせいとは言わない。でも歪みというのは一人のうちに止まらずに広がっていくものよ。むしろギルド内だけで食い止められた今回を幸運と思って、同じ間違いを繰り返さないように心掛けるべきじゃない」
そ、そうだな……!?
薬師協会長さんからの指導でも、そんなことを言われた気がする。
僕自身いまだに自信が伴わないが皆が勧めてくれるなら勇気をもってチャレンジしようじゃないか。
僕は、A級冒険者になってみる!!
「よく言った! やっぱり男は思い切りがよくないと!」
「ではさっそく理事会に申請しておきます。前ギルマスの不祥事で借りが出来ていますから、向こうも無下にはできないでしょう」
決まればズンズン進んでいく。
この段取りのよさが、あっという間に引き返せないところまでぶっ飛ばされたようで怖い。
「それではエピクくん、旅の支度をしておいてくださいね」
「旅!?」
「A級の認可を受けるには理事会の直接審査を受けなければいけませんので。ギルド理事会舎のある王都までいかなければなりません」
急に僕、遠出をすることになった。




