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30 神なるモノの振舞い

 僕エピクは、恐ろしいものを目前にしていた。


 生きているものを石に変える能力。

 そんな能力を持ったモンスターなど今までに出遭ったこともないし、聞いたこともない。


 石像にされたガツィーブは果たして元に戻るのか?

 よしんば戻ったとしても五感を封じられたまま長時間放置されたことで、擦り切れてしまった心は復活するのだろうか?


 これを行えるメドゥーサという怪物は、心底恐ろしいバケモノだと疑いようがなかった。


「私の石化能力が防がれたのは本当に久しぶりよ? そうね、ここ五世紀はなかったんじゃないかしらね」


 !?

 急に耳元で声がしたと思ったらすぐ背後にメドゥーサがいた!?

 背後から抱きすくめられている!?


 いつの間に!?

 ついさっきまで正面の玉座にいたのに!?


「アナタとは戦わない方がいいかもね。アナタの『消滅』の力をまともに浴びれば、いかにこの私といえども命はないわ」


 そう言う頃にはまた玉座へと戻っていたメドゥーサ。


 ヤバい。まったく動きに追いつけない。

 むしろ僕の方が、あのメドゥーサと本格的な戦闘になったらと想像しただけで脂汗が止まらない。


 僕の『消滅』スキルは、たしかに飲み込むものすべてを問答無用に消し去れる。

 だが逆に言えば『消滅空間』に触れさえしなければ無事なのだ。

 今のように僕の感覚に追いつかれることなく、視線を浴びさせるだけで石に変えられるメドゥーサに、僕の能力がどこまで通じるだろうか?


 勝てないかもしれない……!

 そんな感覚を持ったのは生まれて初めてだった……!


「安心なさい。私もアナタと戦うつもりはないわ」


 心を読まれた!?


「アナタのスキルは、この私を殺しうる数少ない可能性の一つ。人間たちに授けられたスキルは数千種類あるけれど、その中でユニークスキルという性能と希少性に遥か優れたものが、ほんの数十……」


 その中の一つが、僕の『消滅』スキル……!?

 似たようなことは以前聞いたことがあるけれど……?


「いいえ、アナタの力はそのユニークスキルよりさらに希少。たったの数種類しかない、その力によって神をも殺せる猛威。それはもはや『神威』と呼ばれるほどの力よ」


 メドゥーサは、玉座のひじ掛けにもたれかかりながら言う。


「私だってそう安易に戦いたくないのよ。こんな間抜けを巡ってアナタのような怪物を敵に回すなんて愚かすぎるわ」

「怪物って……!?」


 怪物に怪物と言われた。


「それに……、アナタはスェルでしょう? バーデングの娘の?」

「は、はひッ!?」


 急に名指しされてスェルは挙動不審。


「そ、そうです! 薬師協会長バーデングの娘のスェルです!!」

「薬師協会長?」


 何故かそこに注意が向かうメドゥーサさん。


「どういうこと? バーデングは冒険者ギルドマスターじゃないの?」

「は?」


 何故そう思う?


「いいえ、今の冒険者ギルドマスターは街の外から出向してきた人です。今は行方不明中らしいですが」

「それでバーデングは薬師の長に? そうなの、うふふふふ……!」


 何か愉快だったのか、メドゥーサ様は俄かに笑う。


「そりゃ笑うわよ。かつて私の前に現れた時バーデングは冒険者だったんですもの」

「そうなの!?」


 唐突に告げられた事実に衝撃を受ける。

 それ本当? 僕たちの知る薬師協会長さんと同一人物なの?


「アイツの才覚なら冒険者どもの長になるなんて当たり前だと思っていたけど、まさか別の組織の長になっていたとはね。お陰で少し怒りも晴れたわ。バーデングのヤツ、自分の犯した間違いを部下に繰り返させるなんて、私のことを相当舐めていると思ったものだから……」


 そう言ってメドゥーサ様、その指に挟んだものをピッと示す。

 何を挟んでいるかと思いきや、その薄くてカサカサとした質感のものは……。蛇の抜け殻だった。


「その抜け殻は……!?」

「そこの愚か者が持っていたわ。こんなザコがここまで辿りつくには、これでもなければ到底不可能だしね」


 あの抜け殻はメデューサ様の体の一部。

 あれがあればメドゥーサ様の支配下にあるこの辺一帯のモンスターは襲ってこないと言うが……。


「言っておくけど返さないわよ。私の暗殺のために使ったんですもの。まさかアナタたちもそこまでムシのいいことは言わないわよね?」

「もちろんです! けっこうですお納めください!!」


 状況から判断するにあれはギルドマスターが持っていた抜け殻。

 街の実力者は、メドゥーサ様への謁見のために数人が所持していると聞いたが。しかしこれでガツィーブ暴走にギルドマスターの関与が完全確定した。


「私はこれでも命の危険にさらされたのよ? しからばとるべき反応は徹底した報復。二度と不埒な考えを持たぬよう関係者に至るまで殺し尽くさなきゃと思っていたけれど……!」


 怖いことを言う山の主様。

 しかし穏やかな視線で僕とスェルを眺め。


「そんなことをしたら遥かに恐ろしい『神威』の使い手を敵に回し、本当の意味で命の危険になって本末転倒よね。さらにアナタたちには可愛いペガサスを救ってくれた恩もある。さらには可愛い娘のお願いを無下にするわけにもいかないしねえ……」

「え?」

「あら、『許してください』とお願いしに来たんじゃないの?」

「そうです! その通りです!!」


 やらかす前にガツィーブを抑えられればベストだったんだが。

 到達してしまったからにはその不始末を平謝りして水に流してもらう以外にない。


「合わせ技一本といったところかしら? いいわ、この場はアナタたちに免じて街への報復は見合わせましょう」

「ありがとうございます! ありがとうございます!」

「舐められるなんて嫌だから、本当はなあなあになんかしたくないんだけどね。だからこそ……」


 メドゥーサ様がパチンと指を鳴らす。

 それで何が起こったかというと……。


「張本人にはしっかりとけじめをつけてもらうわ」

「げふッ!?」


 何事かと思ったら石像が消えて、生身の男がそこに倒れ伏していた。

 ガツィーブ、石化を解かれたのか?


「ひゅげ、ひゅげぇええええええッッ!?」

「お前の心の動きは手に取るようにわかるわ。今、心から願っていることを成し遂げに行きなさい」


 メドゥーサ様がさらに指をパチンすると、生身に戻ったガツィーブは一瞬のうちに影も形も残さず消え去った。


「まさか『消滅』!?」

「簡単にアナタと一緒にしないでほしいわね。今のは転移よ。私の魔力で彼の身柄ごと遠くへ飛ばしたの」

「遠くへ? どこに?」

「彼の願いが叶う場所よ」


 それってどこ?

 不安を解消するためにももっと詳しく聞きたかったが、あまりしつこくしてメドゥーサ様の機嫌を損ねるのも悪手なので斬り込めなかった。


 せめて僕らの迷惑にならぬことを祈るばかりだった。


「さて、これでもうアナタたちもここでの用事はなくなったことだろうけど……」

「ええ、はい……!?」


 なので速やかにお暇したいところですが。


「せっかくだからお土産代わりに話でも聞いていきなさい。そう、あれは十年以上前のこと……!」


 なんか語り出した!?


「私という存在柄、今日みたいな身の程知らずは定期的に現れるのよね。私を倒して名を上げようという無頼どもが。もう何百年と繰り返して、そのたび私は相応の報復を行ったわ。今回と違ってまったく酌量の余地がなければ、それこそ麓の街を滅ぼしたことすらあった」

「ひえぇえええ……!?」


 この人、本当に安易に触れてはならない神なんだな。

 害されれば必ず復讐する。当たり前のことをこの女神はけっして怠らない。


「そんな中で今回の一つ前、愚か者がやってきたのは約二十年前ってところかしら。その時も己を過信した若い冒険者だったわ。まあ、ソイツは私の加護も持たずに自力でここまで登ってきたから、まあ慢心する程度の力は持ち合わせていたけど」


 今回のガツィーブは慢心するに最低限の力すら持ち合わせてはいなかった。

 それに比べれば、まだマシということ?


「でもメドゥーサ様には到底敵わなかったんでしょう?」

「一瞬で石にしてあげたわ」


 やっぱり。

 彼女にとってはF級冒険者もS級冒険者もザコであることは等しく同じなんだろう。


「私は彼に提案してやったわ。彼の愚行の責任は、彼に関わるすべての者が負うべき。しかし彼自身が反省してすべての責を受けるなら許してあげるって」


 石化したまま、なんの刺激も変化もない状態で三ヶ月以上を耐え抜けば、街への報復は止めると、自分を滅ぼしにきた冒険者に約束した。


 そして彼は耐えきった。

 何もない闇の時間を三ヶ月も。ガツィーブは数時間も耐え切れなかった無明地獄を。


「正直驚いたわ。まさか本当に耐えきれると思っていなかったから。発狂するにしても一週間も持てば許してやろうと思っていたのよ。私はいたく感心して、彼の命を許しただけでなく褒美を与えることにしたのよ」

「褒美?」

「この私と交わる権利よ」


 いきなり何を言い出すのか、この女神は。

 咄嗟のことで隣にいるスェルの耳を塞ぎそうになった。僕の方が年下なのに。


「私だって数百数千年と在り続けていたら人肌が恋しくなることもあるのよ。結果私は身籠った。たとえ神の胎から生まれようと人の血が交じれば、それは人の子。人の社会で生きる方が幸せだろうと父親と一緒に山から下ろしたわ」


 ……あの。

 この話は、どこに着地しようとしているのでしょうか?


 その冒険者とはまさか……。


「ペガサスを治療する薬なんて下界の薬師には作成不可能よ。それをセンスだけで調合するなんて、アナタに流れる私の血がしっかり作動したみたいね。……『神威』の使い手に半神の乙女が寄り添う。運命の導きを感じるわね」


 スェルは、どうしていいかわからないという表情をしていた。

 衝撃は察するに余りある。


「お話はこれで終わり。さあお帰りなさい。街を滅亡の危機から救った英雄としてね」

次回から隔日更新ペースになります。

よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] スェルちゃん、まさかのむすめ?!?!
[良い点] ペガサスが従僕を務める相手がメデューサとは、なるほどです。 スェルには、伯母さんが2人居るのでしょうか。 [気になる点] 女神の婿にして貰える程の冒険者で、薬師のボスも務まるとは、スゲェで…
[一言] まさかのママン!
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