20 暴走する冒険者
出来ました、聖獣専用治療薬!
これであの変態馬もよくなると可及的速やかに戻ってきたところ、既に新たなトラブルが発生していた。
ペガサスを取り囲む一団があった。
むくつけき男ばかりが四、五人。抜き身の武器など突きつけているので明らかに穏やかな雰囲気じゃない。
「囲め囲め! 全方位から刺激して注意を散らせ!」
「相手は手負いだぞ! 体力はすぐに尽きる!」
「見たことないモンスターだぞ! きっと仕留めりゃ大金になるぜ!!」
身なりからして冒険者かと思ったが、考えてみれば考えるまでもない。
ここ魔の森に出入りする人は大抵が冒険者だ。そして冒険者の仕事はモンスターを狩ること。
つまり……。
討伐しようとしている!?
ペガサスを! 聖獣を!?
何しようとしてるんだあの人ら!?
いや僕もファーストコンタクトで同じことしようとしたけれど。しかし思っただけなのと実際に遂行しようとではギルティさにかなり差がある!?
「ねえスェル、あれ大丈夫なのかな!?」
「全然大丈夫じゃない方ですよ! 聖獣を討伐しようなんてなんて罰当たりな!?」
念のため確認してもギルティであることは揺るぎない。
「くそッ! やめろ!」
僕は包囲網に飛び込み、ペガサスを庇うように立ち塞がった。
『ぬッ、お前は……?』
「今すぐ武器を引いてください! このペガサスは聖獣です、モンスターじゃありません!!」
対峙する冒険者の集団へ呼びかける。
正面から睨み合ったら、どれも見覚えのある顔だとわかった。間違いない街のギルドの冒険者たちだ。
「ああ、なんだ?」
「追い出された底辺クズじゃねえか?」
「F級解雇野郎がこんなところで何してる……?」
向こうもまた気づいたようだ。
しかしまだ武器は下ろされず、臨戦体勢は途切れない。
「クズ野郎の分際でオレのクエストを邪魔しようとはいい度胸だな……!」
冒険者パーティの中から一際苛立ちの濃い声が上がる。
これも聞き覚えのあるものだった。
D級冒険者のガツィーブ!?
「ギルドを追い出されたテメエがなんで、ここに出てくるのか。どうでもいいぜ。超上級冒険者のオレにとっちゃクズのお前の存在自体どうでもいいんだ。だがな、オレの栄光への一本道を邪魔するってんならたとえクズでも叩き潰すぜ! 跡形も残さずになッッ!!」
喉が裂けそうな怒号に、そこはかとない忘我を感じさせる。
こんなに余裕のない人だったろうか。常に人を見下すような態度ではあったが、そういう振る舞いだからこそ強者の風格のようなものがあった。
それが今は一切なくなっている。
「どきません、ペガサスはモンスターじゃありません、聖獣です。コイツを狩ったところでギルドは素材買い取りしてくれませんよ」
「あぁ!? 何言ってやがる羽の生えた馬なんてモンスターそのものだろうがッ!!」
すぐ声を荒げる。
よく見れば目も血走っているし、やはり普通の状態じゃないな。
僕が去ってから冒険者ギルドで何があったって言うんだ?
『どくがいい少年。この程度の塵芥、聖獣の名に懸けて蹴散らしてくれよう』
「怪我馬は無理しないで!」
まだ出血止まってないんだし!
素直にスェルの作ったお薬飲んで回復して! いやアレ塗り薬!?
「アナタたちは聖獣を聞いたことがないんですか?」
そう問いかけただけで包囲するパーティのうち何人かに反応があった。
よかったさすがに知ってたか。
「聖獣は知性があって人間より高等で、信仰される存在だそうです。そんな聖獣をモンスター扱いして殺したらどうなるかわからないんですか? 報酬どころか逆に罪に問われますよ?」
まあ数時間前まで僕自身もわかっていなかったことの受け売りなんだけど。
しかし事実をありのままに説明しただけで効果はてきめんにもなる。
彼らの抜き放った剣の切っ先が、迷いにブレ始めた。
「おいこれ……ヤバいんじゃねえか……?」
「母ちゃんが言ってたよ……聖獣は神様の使いなんだって。殺したら罰が下るんだって……!?」
「天罰がないとしても教会が間違いなく騒ぐぞ! あのクソマスターは教会と揉めるぐらいならオレたちのことなんか簡単に切り捨てる!」
ギルドマスターへの信頼感がマイナスに振り切れている。
しかしここで皆が怖気づいてくれるなら無事切り抜けられて万々歳だけれども。
「何ビビッてんだテメエら……!?」
一人どうしようもないヤツがいた。
D級冒険者ガツィーブは、このパーティを率いているリーダーでもある。彼が翻意してくれないとこの集団全員翻りそうにないんだがなあ……!?
「聖獣? いいじゃねえか、要するに珍しいケモノってことだろ? だったらこのオレに狩られる資格は充分にあるってことだ! しかもその馬手負いじゃねえか、千載一遇のチャンスを逃すなんざ一流冒険者のすることじゃねえ!!」
何言ってんのこの人?
「そこまで上等なヤツなら、今まで狩った冒険者は一人もいないんだろうぜ! じゃあオレが最初の一人目ってことだ! 聖獣を狩った男としてオレは冒険者の歴史に名を残すぜ!!」
残せれば悪名でもかまわないと?
ダメだこの人、思考が破綻している。
何が起こってこんなに前後の見えない人になってしまったんだ。
「テメエらも怖気づいてんじゃねえ! 誰のお陰でお前ら今までデカい顔ができたんだ!? このままオレが落ちぶれていけばお前らだって一緒に落ちてくんだって思い出せ!!」
だらりと下がった剣やこん棒が、再び獲物へ向けられる。
せっかく怯んだのにまた一触即発だ。
「オレは最強だ……! オレは伝説だ……! その他大勢じゃねえ、蝙蝠じゃねえ……!」
よく見たらガツィーブ、いつもこれ見よがしに着けていた派手な鎧はどうした?
地味で安っぽい量産品の革鎧に……剣まで以前と違う?
「さあクズ野郎、死にたくなかったらそこをどきな。オレは本来の自分を取り戻す手柄が必要なんだ。お前みたいなクズに付き合ってる暇なんてないんだよ……!!」
「だからアナタが手に掛けようとしてるのは手柄首じゃなくて犯罪の証なんですがね」
「オレはなあ! 選ばれた人間なんだ! 選ばれなきゃいけねえんだ! そのためにも大手柄を挙げてあのクソ女を見返さなきゃなんねえんだよ!!」
ダメだまったく会話が通じない。
「大体何なんだテメエこそ! テメエはギルドをクビになったんだろF級冒険者!? 役立たずの底辺がしゃしゃり出てんじゃねえよ! ここは冒険者の活動フィールド! 男の戦場だぜ!!」
「エピクさんは役立たずなんかじゃありません!!」
すかさず反論の声。
振り向けばスェルが、両手を固く握りしめていた。
「エピクさんは優秀で強くて、いつも皆を助けています! アナタなんかに悪く言う資格なんかありません!」
「ああ? なんだ女ごときが! 冒険者は男の世界だ口出しするんじゃねえ!!」
「その冒険者もしっかり務まっていない人に言ってるんです! クエストもこなさず罪もない聖獣を殺害しようとするアナタたちなんてただの強盗です!!」
「ぐわぁああああッッ!?」
包み隠さぬ率直な正論がガツィーブを貫く!
「それに比べればエピクさんは毎日薬草を摘んで、私たちに届けてくれます! それを材料に作った薬が色んな人の助けになってるんです! 人の役に立っている人を、何の役にも立っていない人がバカにしないでください!!」
正論でバッコバッコ殴るの素敵だけど怖い。
相手が逆ギレして手が付けられなくなるのを想像していってるのかな。
「このクソ娘……! 女は、女はどいつもこいつも……!!」
ほらキレた。
「女は男の奴隷なんだよ!! 口答えなんかしてんじゃねえ! 生意気に男の世界にしゃしゃり出てくるんじゃねえ!! 叩き潰してやる! お前もあの女も! 調教して屈服させてやるぅううううッッ!!」
剣を振り上げるガツィーブ。
本当に前後を失っていた。このままでは血を見ることになる。
……ので。
僕は割って入り『消滅』スキルを発動させた。ガツィーブが振り下ろす剣を『消滅空間』の中に飲み込むと、鍔から上が破片も残さず消滅した。
「はひッ!? はひぇええええええッッ!?」
持ち手だけとなった剣を涙ながらに凝視するガツィーブ。
「オレの剣が!? 貯金をはたいて買った替えの剣がぁあああああッッ!? どうして!? 武器がなきゃ冒険者やれねぇえええええッ!?」
「が、ガツィーブくん!?」
「お前らやっちまえ! こうなったらクズも女も獲物と一緒にボコしちまえ! 聖獣を殺した報酬で新しい武器を買うんだぁああああッッ!?」
丸腰のガツィーブは、仲間をけしかけ報復を成そうとしていた。
『それはもはや叶わん』
神聖さに満ちた、力強い声。
振り向けば翼ある駿馬が、純白の馬身を震わせ立ち上がっていた。
「あ、ペガサスさん」
『気高き乙女の慈悲によって我、快復せん。手間をかけさせたな、私さえ調子を取り戻せばこの程度のザコなど露にもならん』
血を流していた腹部は、傷がまるで幻であったのように綺麗に塞がっていた。
スェルはもう治療薬を使用してペガサスの怪我を治し終えていたのか。
だから手が空いてガツィーブのことを思い切り罵倒できたんだもんな。
『さて……、この聖獣を狩らんとする賊どもよ。その大胆さに免じて正面から挑戦を受けようではないか。この天駆ける駿馬ペガサスを倒してみよ』
「あわわわわわわ……!?」
『もっとも立ち向かった瞬間お前たちは知るだろうがな。聖なる野生に触れることは天地の怒りに晒されるに等しいと』
「「「「ひぃえああああああああッッ!?」」」」
一方的に蹂躙されていく冒険者たちを眺めて、僕は思った。
ここに来てまだ今日分の薬草摘み終わってないよ、と……!




