17 魔の森について
僕はエピク、今日は休日。
しかしいつもと変わらず薬師協会本部に顔を出しています。
それというのも……!?
「なんでいるんです?」
「やっほー」
森で出会ったA級冒険者さんが居座っていたので。
美しい女性の、たしか名前はリザベータさんだっけ?
「薬草採取を専門にしているって聞いたから、その筋に聞けばまた会えるかと思って。ビンゴだったわねー、こんなに早く辿りつけるなんて」
彼女の横ではげんなりした顔の、スェルとそのお父さん(薬師協会長)が並んでいる。
僕も急な呼び出しを受けたので、かなり無茶なゴネられ方をしたんではないだろうか。
ダメだぞ、そんな冒険者のイメージが下がるような言動は。
「私がどうこうしなくても既にこの街で冒険者イメージは最悪じゃない。さすがの私もあそこまでダメなギルドは見たことがないわ」
「あ、もしかして見てきましたか?」
「いやー、もう腐臭が凄くて。すぐさま出てっちゃったわよ一日だって耐えられないわ」
そこまで?
一応僕あそこに三~四年はいたんですけれども?
「いいんですか冒険者がギルドにいなくて?」
「冒険者が必ずギルドに所属しないといけない法なんてないのよ? 冒険者登録さえすれば、極端な話あとはフリーで各地のギルドを転々としてもいいんだし」
そんなことできるの?
「もちろん一つのギルドに腰を据えて信用を得た方が安定した稼ぎになるんだけどね。でも実力さえあればそれを担保に依頼が舞い込んでくるからA級S級になるとほとんどがフリーよ。一つのギルドに縛られるとしがらみも多くなるしねえ」
「それが最上級冒険者の世界……」
万年F級で最低辺だった僕にはあずかり知れぬ世界だ……。
「何言ってるの? 今のエピクくんだって似たような状態じゃない」
「ええ? 僕?」
「ギルドを通さず依頼者から直接受注して。そういうことA級S級もやるわよ。それこそ実力本位だからこそできる荒業だけどね」
「でも僕は、既に冒険者をクビになって……!?」
「冒険者をクビになるなんてことは不可能よ。本来冒険者の登録抹消は、犯罪級のやらかしでもないと許可されない。実力不足で冒険者を辞めさせられたなんて話聞いたことがないわ」
聞いた途端に目から鱗がはじけ飛んだ。
だったら今の僕の立場は一体?
「ギルドにいた受付の女から聞いたけど、アナタの冒険者情報は今も変わらずギルドに残っているそうよ。クビ云々とかギルドから追い出したのはあくまであのアホマスターの独断専行。理事会にバレたら確実に問題になるヤツね」
「僕はまだ冒険者だったのか……!?」
そう思った瞬間、僕は得体のしれない安心感に包まれ泣きそうになった。
あそこでの思い出は嫌なものばかりだったけど、それでも冒険者であることは僕のたった一つの寄って立つところだったので。
「アンタが泣くほど冒険者でいることを喜んでくれて助かるわ。冒険者業界全体としては、あんな掃き溜めのクズどもよりアナタみたいな実力者一人失う方がよっぽど損失だから」
「都合がいいですよ!!」
途中、強引に話に割って入ったのはスェル。
「自分たちから一方的にエピクさんをクビにしておいてあとから持ち上げて、都合がよすぎです! そんなことしたってエピクさんは冒険者ギルドには戻りませんよ!」
「私はアイツらの回し者じゃないのよ、お嬢さん? そりゃつい昨日、あそこに顔を出して様子を窺ってみたけど最悪だったわね。あんな連中と同類扱いされるなんて冒険者全体の迷惑だわ」
では何しにここへ来たという?
「そりゃあアナタに興味があったからよ。ユニークスキル持ちの冒険者なんて他では持てはやされる存在よ」
「だからここまで押しかけてきたと?」
「本来ここのギルドで後輩指導でもするつもりだったけれど、あまりに酷くて匙投げたから暇になってね。気になるスーパールーキーを見守る時間に当ててもいいかな、と」
それで薬師協会に居座るこの人もなかなかの度胸だと思う。
これがA級の肝の太さかとも思うが。
「そんなんでここにいられても迷惑です! 営業妨害です! お父さん、さっさとこの人追い出しちゃおうよ!」
「無茶言うな、A級冒険者なんてなんとかできる相手じゃない」
「なんという厄神ぃいいいいッッ!?」
まあ迷惑であることは間違いないだろうが。
スェルがそこまでリザベータさんを毛嫌いするのはどうしてなんだろうか。
「元々休暇に当てるつもりの時間だったから暇になるのは別にいいんだけど。それにしても休暇を過ごすのには打ってつけの場所だと思ってね。興味深いことも多いし」
「エピクさんのことですかッ!?」
「それもあるけど、他にもあるわよ?」
他?
それって?
「この街の外にある魔の森。冒険者の活動フィールドはたくさんあるけれど、中でも特に異色だと思うのよね」
「……どうしてそう思うのかな?」
相槌を打ったのは、それまでずっと沈黙して見守っていた薬師協会長さんだった。
「出没するモンスターのレベルがまちまちすぎるのよ。入り口付近には素人向けのE級相当、でも奥に行けば行くほど強さも上がって、最奥部にはA級相当のモンスターが出てくる。ここまで激しい変化は他の狩り場ではありえないのよ」
そういうものなの?
僕はここ以外の冒険者活動フィールドを巡ったことがないから実感がわかない。
「ダンジョンだって、あそこまで目まぐるしい変化はしないわよ。たとえるなら……そう平原を歩いていると思ったらいつの間にか冬の雪山に迷い込んでいたような感じ? 序盤で油断を誘ってくる分、ガチ高難度ダンジョンよりよっぽど悪意アリアリだわ」
たしかにそうだなあ。
危機察知能力の足りない人なら容易く序盤の進みやすさで気をよくし、サクサク進んでいって挙句強敵にぶつかって全滅となってしまうだろう。
僕は『消滅』スキルで気軽に往復できるために、そこまで意識できなかった。
「そのせいかギルドの適性審査もE級相当なんてふざけた評価になっているし、これ鵜呑みにしたら新人冒険者が年間百人は帰らぬ人となる魔所になっているわよ? それなのにあの掃き溜めギルドは目立った死者もいないようだし……」
「森の奥へは入らないよう徹底されているからな」
薬師協会長さんが答えて言う。
「よくよく調べてみると、魔の森のさらに奥には魔の山とかいう難所があるらしいじゃない。広く知られていないけど昔の文献を読み解くと、そこに徘徊するモンスターは世界最高……S級相当のモンスター出現例を見つけたわ。どうも魔の森奥をうろついているヤツらは、魔の山から漏れ降りて来てるものと推測されるんだけど……?」
「魔の山に立ち入ってはならない」
さらに薬師協会長さんが言う。
「それがこの街に古くから伝わる掟だ。絶対に破ってはいけない。魔の山の頂上には恐るべき怪物が住み着き、怒りに触れれば街そのものが滅ぼされるかもわからんのだ。だからこそ近づいてはいけないとされている」
「だからってそんな危険な場所を放置するなんてありえないんじゃない? 安全の観点から言ってもそうだし、もし魔の山の強豪モンスター生息区域が広がって、街にまで迫ってきたらどうするの?」
「その心配はない。魔の山のモンスターはナワバリを崩さない。自分たちのいるべき場所を守って、その外へは絶対に出てこない」
「どうしてそんな断言できるのよ……!?」
薬師協会長さんとリザベータさんの問答が、なんだか剣呑な空気を醸し出しつつある。
「リザベータさんといったね。謎があれば解き明かしたくなる、困難があるほど立ち向かいたくなる。そんな冒険者の心理は理解できるつもりだ。しかし世界には決して触れてはいけない聖域と言うべきものが存在することも知るべきだ」
薬師協会長さんの真剣な口調にリザベータさんすら気圧されるほどだ。
「その点エピクくんは非常に優秀な冒険者だ。彼は優れた能力で魔の森の最奥まで行っても、けっしてそのまま魔の山まで立ち入ろうとしない。この土地の取り決めをきっちり守ってくれる」
「わかったわかったわよ。これ以上魔の山については調べないし、実際立ち入ることもしない。それでいい?」
「それがただの口約束でなければね。……エピクくん、もし彼女が魔の山に立ち入ろうとしたら足でも腕でも消してかまわん。必ず止めてくれたまえ」
真顔で凄まじいことを指示してくる薬師協会長さん。
「魔の山への侵入を防ぐためなら殺人も許されるんだよ。この街ではね」
むしろ僕の方がビビッた。
僕も『魔の山に入ってはいけない』ということは冒険者になりたての頃に強く言われた。
それを守ったのはただ単に僕の気が小さいからであり、ここまで切迫したものだなんて想像もしていなかった。
「まあそれでも、この街にはエピクくんという興味津々の対象があるから、しばらくこの街には居座るけどね。いいバカンスの滞在地が見つかってよかったわ」
「よくないです! 冒険者ならとっとと冒険してまだ見ぬ世界へ旅立ってください! 新しい謎がアナタを待ってますよ!!」
「素敵な謎はここにあるのよ」
そこで何故か全力で拒否するスェル。
どうしてそんなにまで頑なになるのか?
「なんなら私も薬草採取に協力しましょうか? さすがにエピクくん一人だけじゃ足りないでしょうし」
「残念でしたー! 薬草はエピクさんがいつも充分とってきてくれるんで足りてますぅー!」
「そこも謎なのよね? 普通一都市が消費する薬草は新人冒険者が何十人とクエストこなして溜めてくるものなんだけど。それをエピクくん一人でこなしてるの? 怪物じゃない?」
ずっとそれだけしかしてないんで慣れてるってことですよ。




