表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/121

14 A級冒険者の訪問【リザベータ視点】

 リザベータは冒険者である。

 階級はA。

 A級冒険者といえば押しも押されぬ一流の証であり、同業者だけでなく全人類から羨望の眼差しを受ける。


 その中でリザベータは『白豹』の異名を持つ猛者であった。

 女性冒険者ながら数々の修羅場を潜り抜け成功を収め、国王からの謁見を許されたこともある。


 ここ最近は北端の巨大ダンジョンに挑戦し、ある程度の成果を挙げたので一定期間の休暇を取ろうとしていたところだった。


 そこへ舞い込んできた依頼が、とある冒険者ギルドへの出向であった。


 エフィリトなる聞いたこともない街に小さなギルドがあるという。そこのギルドマスターが有力者と知り合いであり、そのコネから彼女を送り込む手筈を整えたようだ。


 常に実戦で生きてきたリザベータにとって、こうした折衝で物事を決められるのは不快にならざるをえない。


 どうせ重要ポストを任されて有頂天になった新任マスターが、箔付けしようとでも言うのだろう。

 つまりリザベータは能力云々ではなくA級冒険者としてのネームバリューのみで引っ張られようとしている。


 名を誉めそやされ、実を無視されるのは実践家リザベータの誇りを傷つけるものだが、頼み込んできたのがかつて世話になった恩人であったために断ることもできず、腰を上げた。


「せっかくの休暇が台無しだわ……!」


 しかもこれから向かうギルドは小規模で、元々の在籍者にはA級どころかB級すらいないらしい。

 それでも回っていくのだから各地に星の数ほどある中小ギルドにすぎないのだろう。


 そんなところにA級が出向しても持て余すのみだろうが、元々休養に当てる期間でもあったので『バカンスの小旅行』という気分で行けばいいかと繰り出す。


 リザベータも引き受けたからには中途半端な仕事はしないつもりだった。


 こうした上級冒険者の出向は、新人たちへの指導教導による戦力の底上げが意義だとされている。

 冒険者とはいえ平和な田舎町のギルドでは大した騒動もなく、意識も弛緩しがちだというのは常なること。


 そこに活を入れ、現場を緊張させるのが第一線を知る上級冒険者の役目である。


 リザベータも到着し次第、在籍冒険者たちに鬼の訓練を課すつもりだった。

 ギルドマスターの箔付け願望の末に下の者たちは地獄を見ることになるだろうが、その結果クエスト中に死ぬこともなければ恨まれることもあるまい。


 目標ができればモチベーションも上がるということで、街に近づく頃にはリザベータもやる気に満ちてきた。

 その一端として……。


「ギルドに入る前に、狩り場の下見でもしておきましょう」


 という気になった。


 大抵各街のギルドにはそれぞれに即した活動フィールドがあり、冒険者はそこでモンスターを狩ったり、薬草や鉱物を採取したりする。

 狩り場の雰囲気を見れば、そこで活動する冒険者のレベルも窺い知れるというので指導の参考にしようと思った。


 上手くいけば冒険者の活動そのものも見学することができる。


 エフィリト街の冒険者が主に出入りしている狩猟場は魔の森と呼ばれているらしい。

 事前に調べてきたが、現れるモンスターはディスイグァナ、カンルーチョグ、ウルシシカなど標準的なものばかりのようだ。


 それらのモンスターに低級冒険者がどの程度立ち回れるか、それを確認できれば上々と思うリザベータであった。



 そして実際に魔の森へと到着し、周囲を見回す。


 森というだけあって数え切れぬほどの木立に囲まれ、枝葉に陽は遮られて鬱蒼と暗い。

 そして何より静かだった。


 リザベータの気配察知能力なら忍ばせた足音も労せず感じ取れるはずなのに。

 何も聞こえてこないということは、この周囲で人の一人もいないということなのだろう。


 気候時刻、この絶好の狩り日和に冒険者が一人も活動していないというのか。

 もう少し探し回れば誰か見つかるのだろうか。


「あの」

「ひゅわぁああああッッ!?」


 唐突に声を掛けられリザベータは驚きに飛びあがった。

 声がしたのは背後から。


 体に染みついた緊急動作で、独楽のように旋回しながら腰のサーベルを引き抜き戦闘態勢へ。


「ひえぇッ!? ちょっとちょっと待ってください!?」


 声をかけてきたのであろう相手は、向けられたサーベルの切っ先に恐れおののき、両手を上げて無抵抗を示す。

 よくよく確認すれば、まだ十代半ばというほどの少年ではないか。


 大人とも言い切れない幼い相手に抜刀する大仰さを恥じ、リザベータはすぐさまサーベルを鞘に戻した。


「失礼、このような危険地帯で突発的なことが起こり、つい反応してしまったのよ」

「はあ……?」

「アナタも気を付けることね。実戦を積んだ冒険者に背後から忍び寄るなんて、反射的に斬られても文句は言えないわよ」

「忍び寄る、ですか? そんなつもりはなかったんですが……」


 という少年の抗弁を聞き『そんなまさか』と思った。

 リザベータはこの時、気配察知を使い周囲を窺っていたのだ。そんな彼女の背後にまで近づくには、難関ダンジョンで磨き上げられた彼女の感覚を欺かなくてはならない。


 匂いも足音も消せるネコ科猛獣ならまだしも、人間程度ができるものだろうか。

 ましてこんな素人臭そうな少年が。


「……アナタ、冒険者?」

「はい?」

「この魔の森の中をうろつくのは冒険者以外にいないでしょう? 散歩コースにしてはスリリングすぎる場所よ」

「はあ……、たしかに僕は、冒険者……でした」

「でした?」


 より詳しく事情を聞くと、なんでもつい数日前まで冒険者であったところ、実績不振を理由にギルドから追放されたとのこと。

 元の階級はFで、薬草採取ばかり請け負っていたそうだ。


「それは理不尽な話ね。冒険者の進退を決める権利は本人にしかないわ。たとえギルドマスターであっても犯罪への罰以外でその権利を取り上げることはできない」

「そ、そんなに怒らなくても……!?」

「とはいえアナタが情けないことに変わりないけどね。F級に三年以上とどまり続けるなんて適性がないとしか言えないわ」


 厳しい物言いをズケズケと言うが、それが本人のためでもあるとリザベータは弁えている。

 これまでも若い冒険者たちが身の丈に合わぬクエストに挑戦し、儚くなるのを何度も見てきた。


 進退を決める権利が本人にしかないからこそ、その権利を行使した先に待っているかもしれないものは死だ。

 自信だけを燃料に押し進み、その果て帰れぬ人となっても自分以外の誰も責任を取ってくれない。


 その点鑑みれば、諦めのつかない不適格者に引導を渡すのも上役の務めか……とも思えるリザベータだった。


 そこまで考えが巡ってふと、ある矛盾に気づく。


「え? だったらどうしてアナタここにいるのよ? 冒険者をクビになったんでしょう? だったらここにいる資格もないんじゃない?」

「実はいい縁がありまして……!」


 冒険者をクビになった彼だが、その入れ替わりのように薬師協会の重役と出会い、雇われたのだという。

 薬剤を納入するのに信用がおけない冒険者に代わり、専任で直接薬師協会に薬草を届ける。


「へえ、変わったことをするのね」

「お陰で僕は路頭に迷わずに済みました。薬師協会の人には感謝しかありません!」


 言葉尻の強さに感謝の念が感じられたが、リザベータの頭は冷めていた。


 彼を雇ったという薬師協会の人間は、ことの重大さをわかっているのだろうか。


 この少年が実力不足からギルドをクビになったのは、そうしなければ今後命に係わると危惧したからかもしれない。

 そんな彼を再び危険地帯に突入させては、結局死の運命は変わらないではないか。


 中途半端な優しさはけっして本人のためにはならない。

 それは死線を潜り抜けた本物の冒険者にしかわからないことなのか、とリザベータは嘆息した。


「あの……、僕の身の上はこんなものですけど、アナタの方は……?」

「ん? ああ私ね、私の名はリザベータ。A級冒険者よ」


 そう言って証明となる襟章を見せる、『元』であっても冒険者ならこれで通じるはずだった。


「えぇーッ!? A級冒険者!? 凄い! 僕初めて会いました!!」

「そ、そう……!?」


 そこまで感激されると悪い気もしない。

 チヤホヤされれば人並みに浮かれもするリザベータだった。


「知らない人が森の中にいたんで、もしかしたら新しく入った冒険者が迷ってるのかなと思ったんですが、いらない心配でしたね! 失礼しました!」

「なッ!?」


 そしてすぐさま冷や水がかかる。

 このA級冒険者リザベータをよりにもよって新人扱いとは。


「この辺は危険なんですよ。A級さんでも注意した方がいいかもしれません」

「あら舐められたものね。冒険者の狩り場に指定されてる地域に冒険者が立ち入るのは危ないと?」


 むしろ危ないのは万年F級のお前だろうと言いかけた、その時だった。


「いや、魔の森は奥に進むと格段に危険なんですよ。そして今ここはかなりの奥、するとあのように」


 のっそり……、と二人にかかる巨影。

 少年と話し込んでいたとはいえ、その気配に気づくことができないとはA級冒険者として恥じ入る失敗だった。


 二人に接近する巨体は……。


「ガリゴリグリズリーッ!?」


 クマの様相を持ったあまりにも巨大なモンスターは、ギルドデータにおいてB級相当とされる難敵。

 たとえA級の彼女であっても油断していい相手ではない。


「どういうことよ!? この森の適性ランクはE級じゃなかったの!?」


 つまりE級冒険者ならば問題なく生還できる、という難易度であった。

 しかしそこにB級相当のモンスターが現れれば適性ランクなど無意味となる。


「くッ、ここは私が引き受けるから早く逃げなさい! モンスターめ! A級の私に出遭ったことを不運と思うがいいわ!!」

「『消滅弾』」

「あれぇーッ!?」


 リザベータが身構えるよりも前に、魔物クマは頭部を消し飛ばされて絶命した。

 F級冒険者……しかも『元』と名乗った少年が飛ばした何かしらによって。


 F級冒険者によって。

明日から一日一回更新となります。

よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] この時点で薬師ギルドに雇われて数日って時系列がいろいろおかしくないですかね。
[一言] A級冒険者の気配察知能力を欺くとかそういうのはブレるからいらないんじゃなかろうかと思った。そのうち万能能力者になりそう。
[一言] 作者さんの他作品でも使われてる『あれぇッ!?』のセリフがなんかほっこりする
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ