11 スェルのお仕事見学
これからの方針を決め終えて受付嬢ヘリシナさんは辞去していった。
ギルドへの出入りを禁止され、もはや二度と会えぬかと思っていたので、この予期せぬ再会は非常に嬉しいものだった。
「あれ? スェルさんなんでむくれてるの?」
「知りません!」
そのあとスェルが不機嫌なのが気がかりだったが。
「それよりもエピクさんが雪崩れ込ませたモンスターの処理を始めますよ! 薬剤利用部位しっかり教えていきますからね! 厳しくしますから覚悟してください!!」
「はいぃいい……!?」
何故かビシバシやられた。
しかし薬師協会本部の一室はもはやモンスターの死骸で溢れかえっており見ようによっては阿鼻叫喚。
こんな風にされてむしろ怒ることに無理はないと解釈すべきか……。
「とはいえモンスターって実はどの部位でも薬になりうるんですけどねー。ホラ普通の動物より遥かに生命力高いですし」
「はあ……」
「お肉ですら、栄養が高くて一種の薬とみなされてるんですよ。とはいえこんな量は捌ききれませんから本当に有益な分だけ確保して、あとは処理するしかなさそうですけどねー」
ホントはしゃぐに任せて申し訳ない。
でもここでモンスターの薬になる部分を覚えておけば、明日から森に入った時必要なものだけを選り分けて効率的に持ち帰られる。
スェルたちにさらなる迷惑をかけないためにも、しっかりスェルに学ばなければな。
「ここをキュって抓んでちぎり取ってー」
「スェルさん、スェルさん」
教えて教わってが興に乗っているところへ、なんかスェルにお呼びがかかった。
薬師協会の職員さんだろうか。
「対応お願いできませんか? ズドットさんから診察の指名が入っていまして……!」
「え? あの人三日前に来診したばかりじゃない?」
スェルは訝しみながらも立ち上がり……。
「とはいえ来ちゃったからには診ないといけないわよね私の担当なんだし。……エピクさん、すみませんが少しの間だけ待っててくださいね」
「かまわんですよ」
僕が教えてもらってるんだから都合は合わせないとな。
薬師協会では、ただ薬を売るだけでなく具合の悪さを訴える怪我人病人を診察し、症状に合った薬を処方するというサービスも行ってるんだそうな。
スェルもそういう仕事を担当しているんだろう。
……さて、彼女がそっちの業務に行ってしまったんなら僕も教わることができず手持ち無沙汰になってしまった。
暇だな……。
ちょっと暇潰しに、スェルの診察の様子でも伺ってみるか?
◆
診察室は探せばすぐに見つかった。
スェルが対応している患者さんは、年経てはいるものの体つきのガッシリしたおじいさんだった。
太くて短いミッチリした体つきだ。
その体格だけでもただ者でないことがわかる。
ただそのおじいさん、やはり薬師にかかるだけあって体が悪いのか、診察台にうつ伏せに寝て、苦しそうだった。
「腰が痛え、スェルちゃん腰が痛えよ。また痛み止め出してくんな……!」
「前に出した分はどうしたんですか?」
「とっくに使い切っちまったよ。だから新しい薬くれよ……!」
と聞きようによっては危ないことを訴えている。
あのおじいさん、悪いのは腰か。だからああしてうつ伏せに寝ているんだろうが。
年を取ると腰をやるってよく言うもんな。
しんどいんだろうな。
「そんなこと言っても、前に渡した薬はゆうに二週間分はあったはずなんですよ。それを何日で使い切っちゃうって効いてないってことなんじゃ?」
「それでも一時でも痛みが消えるのはスェルちゃんの薬だけなんだ。まあ細かいこと言わないで頼むよ薬を」
窺うにけっこう面倒な患者さんなのだろうか?
スェルほとほと困り顔になっているところへ、俺と目が合った。
「あらエピクさん、どうしたんです?」
「うひッ」
しまった、邪魔せず覗くだけのつもりだったのに見つかってしまった。
「奥で待っててくれたらよかったのに、私のことが気になっちゃったんですか? 寂しがり屋さんなんですねえ」
「なんだスェルちゃんの男か? ガキだとばかり思ってたがいっぱしに色気づきやがったか」
「ダメですよそんな言い方ぁ!」
「ぐぼぁ!?」
スェル、照れ隠しなのかどうか患者さんの腰をベシーンとブッ叩く。
患部にあまりにも乱暴な扱い。
「エピクさんは最近薬師協会と契約した新しい職員さんですよ」
まあ、そういう扱いになるのか?
「新しい雇い人ねえ、薬師協会も景気がいいこった。ウチとは大違いだな」
「あら、鍛冶師組合は景気が悪いんですか?」
「まあ、ワシの腰と同じぐらいのもんよ。冒険者ギルドがロクな素材を持ち込みやがらねえからなあ。長年培ったこの腕も振るう甲斐がねえよ」
診察がてらの他愛もない会話。
おじいさんの口調に苛立ちが含まれるのは、腰の痛みだけが原因ではない感じ。
「ズドットさんは鍛冶師組合の組合長さんなんですよ。こう見えて偉い人なんです」
「お陰で優遇措置がきいて、腕がいいと評判の薬師協会長ご令嬢に直接診察してもらえるんだがな。アタマなんざ七面倒くせえことばかりだから、こういう役得でもなきゃやってらんねえよ」
次々判明する衝撃の事実。
鍛冶師組合長さんも初めてお目にかかるがそれに加えてスェルが評判よさそうなのがやけに引っかかった。
もしかして彼女、優秀なの?
「ズドットさんが元気になってくれないと鍛冶師の皆さんもお困りますからねえ。でもこの腰痛なかなか治らない……」
「ワシの身体も『もういい』と言ってんのかもしれねえなあ。とにかくこの街じゃあもう鍛冶屋なんてやってらんねえよ。カスみたいな素材からはカスみたいな装備しか作れねえ」
愚痴っぽく言う鍛冶師ズドットさん、その口調からは投げやりな感じが漂う。
鍛冶屋というのは冒険者と密接な関わりのある職業だ。
彼らの打つ武器や防具は、主に冒険者が購入して使用する。そして武器防具になるモンスター素材は冒険者が討伐して持ち込んでくる。
鍛冶師と冒険者は完全なる共生関係にある。
「ここ最近、冒険者ギルドが持ち込んでくる素材は、ディスイグァナの皮ばっかりよ。E級相当の素材だぜ? あんなもん新入りが扱おうが熟練が扱おうが大した違いもねえよ」
「はいはい、声もうちょっと小さくしてねー」
「今の冒険者ギルドはカスばっかりしか登録してねえ。皆、魔の森の入り口までしか入らねえのさ。だからしょっぱい素材しか持ち帰らねえ。魔の森にゃあ奥まで行けば手応えのあるいい素材で溢れかえってやがるのによ!!」
「はいはい」
不満が爆発したのか、冒険者ギルドに対する愚痴が溢れ出てくる。
たしかにこの街の冒険者ギルドから狩り場指定されている魔の森は、奥に分け入るほど凶悪なモンスターに遭遇する仕組みになっているが……。
そう、僕以外の冒険者って森の浅いところまでしか入らずに、奥へは絶対行かないんだよね。
何故って? 危ないから。
冒険者をクビになった僕が、それでも魔の森に入り続けて他の冒険者と鉢合わせしない理由がそこにある。
「安全安全って……、冒険者が冒険しなくてどうするんだってなぁ。あんな連中に付き合って鎚振るうのもバカらしくなってきたから、いっそのこと引退しようかなんて考えてんのよ最近よ。ドロップアウトしたあとは湯治街にでも移り住んで、毎日湯でも浴びりゃあこの腰にもよかろうってなぁ」
「無理がたたってるのは間違いないですからねえ。痛みが長引きすぎて強い薬でも効きづらくなってますよ。こうなったからには……、あ、そうだ!」
スェル、なんか閃いたような表情になる。
反面危険な感じもするが。
「いい考えが浮かびました! エピクさん手伝ってくれませんか?」
「え? 僕?」
別にいいですよ?
どうせスェルの診察が終わるまでは暇でいるしかないんだし。
「ではあの部屋に移りましょう。ズドットさん、診察室を替えますけどいいですね?」
「ああ、この腰の痛みを何とかしてくれるんなら、どこだってかまわねえよ」
あの部屋?
もしかしてあっちの部屋か?
「あああぁ~、ディスイグァナ以外の素材も触らしてくれねえかな~。腰痛で体が動かなくなる前によ~」
愚痴の多い鍛冶師ズドットさんは、腰痛のために僕が支えて移動しなければいけなかった。
スェルの言うあの部屋って、アレのことだよな?
僕が無分別に持ち込んだ素材を置いてあるあの部屋……。
◆
「…………ッ!?」
案の定、ズドットさんが絶句していた。
そりゃあ驚くよね。死体とはいえこんなにたくさんのモンスターが詰め込まれた部屋にきたら。
「おい……ワシは年老いてついに目もおかしくなっちまったのか? 夢にまで見たお宝素材が溢れかえってるんだが?」
僕も思った方向とは違う驚き方をしているようだ。
「あれはグラップウルフ? 向こうはキリサキキリギリス? ハードクラブ? どれもC級相当以上のモンスターじゃねえか? コイツらの素材を使えばどんないい武具が作れるか……!?」
「お待たせしましたズドットさん、このモンスターの素材があればいい薬が作れますよ」
「んほぉおおおおおおッッ!? それはッッ!?」
スェルの引きずってきたモンスター(死骸)を見て、突如興奮する患者。
「マジョロウグモ!? A級相当のマジョロウグモおおおおッッ!? お宝素材いいいいいいッッ!?」




