113 最後の抵抗
「エキドナはただのモンスターではない。大聖神が与えたという奇跡の大魔獣だ。そのエキドナをたかが頭を吹き飛ばした程度で倒せると思っているならS級冒険者というのは随分見通しが甘いのだねえ」
「なにッ!?」
なんか皮肉を言われた。
何を言っているんだ? まさかエキドナが死んでいないとでも?
「僕はエキドナの頭部をたしかに『消滅』させた。頭を失って生存できる生き物がいるとでもいうのか?」
「この地上を生きる凡百の生命ならそうだろう。しかし神が遣わした魔獣であればあらゆる常識が適用されないのではないのかね? その証拠に……」
パチン。
指を鳴らす音。
ロドリンゲデスが鳴らしたのか僕できないんだよなアレ。
するとそれに呼応するかのように、この薬草園の虚空に何か……不可思議なものが浮かび上がった。
「なんだあれは……穴?」
そう思えるような円形の穴の向こうに外の風景が広がっている。
夜空……そうだここに突入したのは夜だったしな。
暗くて視界が悪いけれど、それでもわかる。あの地平の向こうに群がる明かりは……。
「あれは……まさか王都?」
何故かそう思えて疑わなかった。
あのように地面から放たれる無数の光の粒は、人の生活光としか思えないし、それがあのように密集するとしたら国内最大級の都市……王都しかない。
「何故、王都の景色が目の前に……?」
「先ほども説明しただろう? エキドナには周囲の状況を覗き見る機能がある。このようにして見るのだよ」
これがエキドナの周囲探索能力?
でもなんでそれに王都の風景が浮かぶんだ?
エキドナの力がどこまで及ぶのかわからないが、アルデン山渓から王都まではそれなりの距離がある。
鵜の目鷹の目でも見通せない距離だが、エキドナの目なら届くのか?
それ以前にエキドナはもう死んだはずでは?
死んでなお能力が及ぶのかエキドナとは?
「エキドナの能力はそこまで遠くには及ばんよ。精々彼女の目に届く範囲だ」
「じゃあ何故王都の風景が……!?」
「効果範囲外を目視するのに可能な方法はただ一つ。自分から接近する以外にない……だろう?」
なん、だと……!?
もしやエキドナが僕たちを腹に入れたまま移動して、王都へ向かっていると……!?
やっぱりエキドナは生きていたというのか?
頭部を消し去られてなお!?
「これが大聖神から与えられた大魔獣の力。この強大なる力でもって王都を破壊する」
「なにッ!?」
「キミたちに追いつめられ、仲間になることすら拒否されるのであれば致し方ない。私はこの才能を遺憾なく発揮するためにも自由を奪われるわけにはいかない。その理不尽な運命を拒否するためなら何でもしよう」
それが王都を破壊することだと?
僕らはエキドナの圧倒的な巨大さを実際に見て体験した。
だからこそわかる、あの大魔獣なら王都の建物を次々と踏み潰し、更地に戻してしまうことだって充分に可能だと。
「ぬかった……!」
僕らはエキドナの腹の中にいるはず。
それなのに震動の一つも感じなかったからてっきりエキドナも死んでピクリともしないと思っていたのに。
それが究極最強の大魔獣ってことか?
コイツの体内は空間的に隔絶されて振動も伝わってこない?
ああして長々と僕らに供述をしていたのは、味方に引き入れる説得のつもりだっただけじゃない。
エキドナが『消滅』された頭部を再生させて、王都へ向かい辿りつくまでの時間稼ぎでもあったんだ。
まんまとやられた。
ヤツの語る情報がこちらにも有益だからって、向こうのペースに乗ってしまうのは失敗だった。
「王都を破壊する。冒険者ギルドも薬師協会も、王家すらも粉々となって世界に塵と残らぬだろう。そうすればキミらも様々なしがらみから外れて、私の志に何の抵抗もなく同調してくれることだろう!」
「そんなこと教会も許すんですか!? 教会の本部だって王都にあるんですよ!?」
……あッ!?
そうだそうだ!
お前と大聖教会は協力関係なんだろう!
そもそもエキドナだって大聖教会から与えられたものなんだろうし、それが教会に損害をもたらしてもいいのか!?
「知ったことではないね」
いいようだ。
「ヤツらは前々から私のことを侮っていたからね。私は私のために崇高な研究をしているというのに『邪悪な犯罪者の分際で神に仕えられることを誇りに思え』などと言うんだ。この際どっちがどっちを利用しているのか、ハッキリさせておいてもいいだろう」
「こうなったら……!」
僕は地面を蹴って、ロドリンゲデス目掛けて襲い掛かる。
そして突きつけるように掌をかざして……。
「今すぐこの怪物を止めろ! お前ならできるんだろう!?」
「それをする意味は? こうしてキミたちに捕えられた以上、私はもうおしまいなんだろう? だったら苦し紛れに王都を丸ごと道連れにするぐらいしてもいいじゃないか?」
いいわけあるか!!
「お前は僕のスキルを知ってるんだろう!? 僕の意志で何でも『消滅』させることができる。お前の頭だって丸ごと一瞬で消せるんだ!」
「すればいいさ。しかし、そうなったあと誰がエキドナを止めるのかね? 私が死ねば自然に止まるだなどと楽観的な考えは捨てることだ。エキドナも生命、あらゆる世界の常識を超越しているが、それは事実だ。命令主を殺せばあとは自由となって、気の向くままの破壊を行うだけさ」
「破壊するの!?」
「魔獣だからね」
なんてこった。
それでは結局、根本的な解決にはならない。
この毒師のやっていることは支離滅裂だが、まあ自己肯定感が果てしなく高いということだけはたしかなんだろう。
僕やスェルは、王国あるいはギルド協会等の走狗。
だから母体組織を破壊してしまえばしがらみから解き放たれて喜んで協力してくれると本気で考えているんだ。
『んなわけあるかバカ』と言いたいところだが、自分の信じたことに少しも疑いをもたないから毒なんて作っちゃうほど行きすぎてしまえるんだろう。
とにかくコイツの首根っこを押さえたところで、事態はまったく進展しないことはわかった。
だったらどうする……!?
スクリーンに浮かぶ王都の街の火は、段々と近づいてくる。
人々の悲鳴も聞こえてくるかのようだ。いかに深夜といってもエキドナの足音は地響きとなって千里を駆け抜けるし、眠った人々も跳ね起きるだろう。
そして闇夜の中でもエキドナの巨体は迫りくる漆黒の山のように人目に映るだろう。
王都はきっと今、上へ下への大騒ぎのはずだ。
だが実際にはまだエキドナは王都に辿りついていない。
もうすぐ引き起こされるだろう大破壊は、まだ起きていない。
ここで僕がエキドナを食い止めさえすれば、永遠に起こらないままだ。
だからやるしかない。
どんなに大変なことであっても僕がここで手をこまねいて一生後悔するよりはマシだ。
では何をすればいい?
決まっている。
いつだって僕ができることは、昔からたった一つしかない。
今もそれをひたすら行うだけだ。
さあ行くぞ!
「『消滅』!!」




