109 魔の聖域
「……なんだこれはッ!?」
謎の最深部。
アルデン山渓のダンジョンにしてその正体は超巨大モンスターの体内であった、その奥底に隠された領域とは。
「きゃあああああああーーーーーーーッッ!!」
スェルが絶叫を上げた。
ただしこの声、軽めに響いてない?
恐怖や衝撃の悲鳴とかではなく……。
「きゃあ! きゃあきゃあきゃあきゃあぁああああああーーーーッッ!!」
喜色がふんだんに交じった黄色い声。
一体どうしたんだスェル。
凄いですよここ! 薬草の宝庫ですよぉおおおおおおッッ!!
そうだった。
最奥部の壁を破って踏み込んだ先は森のような佇まいになっていて、木やら草やらが生い茂る庭園のようになっている。
こんなのがダンジョンの奥にあるなんて違和感しかないし、超巨大生物の腹の中となったらさらなる違和感だ。
どう考えたってこんな清涼な空気になる場所じゃないだろう!?
しかもこんな場所で、スェルがどうしてハイテンションなのかというと……。
「こっちには上薬草! あっちには満月草に三日月草。百毒落としの異名を持つフランゲ草まで……! ここに生えているのは薬草ばかりです! 生えている木も身とか葉っぱとかに薬効があるものですよぉおおおおッッ!」
ということだった。
僕も薬草採取専門の冒険者として、いくつか見知ったものを確認している。
「……スェル、薬草のオンパレードってことは、もしや……!?」
「はい、毒草も揃ってますね」
僕の予想は当たった。
さらに奥へと進んでいき、内部の様相を確認することで……。
「……ヒサリーヌさんの毒を解析して出てきた成分……。ほとんど確認できました。毒原料の出所はここですね。断定してOKだと思います」
「やはり……!」
僕らはついに探し求めていた場所に辿りつくことができたんだ。
ちょっと予想を遥かに超えた場所だったんだけど……!
「本当に不思議です……! これらの薬草毒草は、生息地も違えば育つ環境も違います。適正温度を少し外しただけでも枯れてしまうデリケートな種類もあるのに、どうやってここまで綺麗に育てているの……!?」
ということだ。
ここにある薬草や毒草は、自生しているのではなく何者かの手によって栽培されている。
そう考えるのが必然なんだろう。
それぐらい、この庭園に茂る草木の構成が不自然だってことだ。
「……そう、この箱庭を見て心躍らせ、そして同じぐらいに困惑する。薬師なら誰もがそうだ」
「!?」
声!?
一体誰の声だ!?
「この私もそうだったのだからね」
「アナタは……!?」
唐突に現れたのは、歳の頃は六十かと思われる男性だった。
そう白髪の頭と、皺の刻まれた相貌。充分に老人と言っていい風体だが何故か老人とは言い難いギラギラした目つきが印象的だった
着ている衣服はゆったりとしたローブで、その服装から薬師を連想させる。
「……アナタは、ロドリンゲデスさん!」
なんだって?
スェルが呼んだ名に僕も覚えがあった。
それは彼女の解析によって判明した、大聖教会に提供された毒の製作者の名前。
既に死亡しているとされた悪名高い毒使いのこと。
「ここへ発つ前に、薬師結社の方たちから似顔絵を見せてもらったから間違いありません!……さすがに絵よりは老けていますけど……!」
「死亡扱いの私の人相書きをいまだ処分せずに保管していたか。相変わらず執念深い連中よ……!」
そのリアクションその口ぶり。
やはり毒制作の犯罪者ロドリンゲデスさんでよろしいか?
「やっぱり生きてたってことか?」
「薬師結社は、誓い破りを絶対に許さん。追随者を出さぬためにも地の果てまで追い詰め、そして惨たらしい方法で殺す。幸い毒は、そういうのに向いた殺し方だからな……!」
なんか怖いことを仰る。
「そんなヤツらの追及を逃れる手段はただ一つ、死ぬことだけ。薬師結社とて死人を追いかけ続けるほど酔狂ではないからな。だから私は死ぬことにした。少なくとも公にはな」
「自分の死を偽装したってことか?」
理屈としてはわかるが本当に死んでしまったら、今ここで僕たちの前に立っているはずもないしな。
「そんなはずありません! すべての薬師は一人前のイニシエーションを受ける時に名簿に記名しないといけない! その名簿に使われている紙やインクは特殊な魔法をかけられて、記入主が生きている限り消えない造りになっているんです!」
「その特殊な紙とインクは……誰が作ったものか知っているかね?」
「え……?」
まさか……。
「生と死は、人がやすやすと踏み込んでいい領域ではない。それこそ神の御業の及ぶところ。……そうは思わないかね?」
「じゃあ、やっぱり……!?」
大聖教会か!?
大聖教会が、記入者の生死を知らせるシステムの大元を担っている?
だったらもう大前提が崩れるようなものじゃないか!?
「キミたちの想像通り、神の忠実なしもべである大聖教会は、神の御業を真似して人の生死を操ることができるのだよ。書類の上ならね」
「なんて卑怯な……! ルールを定めた側がルールを破ったんじゃ何も信じられないじゃないですか!!」
しかし腑に落ちたこともある。
毒師ロドリンゲデスの死を偽装して匿ったのは大聖教会。彼らは共犯関係にある。
では大聖教会は何故、一介の犯罪者を助けたのか。
ヤツらは自分の得にならないことは絶対にしない。
あの毒使いを生かすことでヤツらに利益が生じるとしたら……。
「自分をかくまう見返りとしてアナタは、大聖教会に毒を提供しているんですか?」
「聞くまでもないだろう。世の中すべて等価交換、ギブ&テイクさ。この私の優等な頭脳を保存する対価として私の英知が生み出した作品を手にできる。こんな魅力的な話はあるまい」
その『作品』っていうのは……毒のことか?
……段々、目の前の相手の人となりがわかってきた。
ろくでもないってことが。
「とはいえ、実のところ私の方が貰ってばかりという状況なのだよ。だって考えてもご覧、我々薬師はどれだけ薬を作ろうと、それを求めてくれる顧客がいなくては商売は成り立たない。いかに私が天才的発想と技術を持ち合わせていても、それを披露する機会がなくては何の意味もないのだ」
対峙する毒師は、さながら自分こそが宣教師のような鷹揚さで語る。
「そう考えれば大聖教会の諸兄は、私に安全な隠れ家だけでなく私の才能を世に知らしめるチャンスをも与えてくれたことになる。本当に彼らには感謝しかないよ。与えてもらってばかりで申し訳ないぐらいさ」
「もっともらしいことを言っていますが、アナタの才能を披露するって誰かを毒で殺すってことでしょう? そんなことをする人を放っておくことはできません! ここで捕まえます!」
スェルが勇み出る。
たしかに今、僕たちの目の前にいるのは大聖教会の罪を象徴するような男。
悠長に問答などせず、さっさと捕まえて薬師結社に突き出してしまおう。
「まあ待ちたまえ。そんなに慌てる必要があるのかね? 私はもうとっくに負けを認めているのだが」
「え?」
「だってそうだろう。キミたちは私の隠れ家を突き止め、こうして目前まで追いつけてきたんだ。キミらがどんなに警戒しているか知らないが、所詮私は腕っぷしのか弱い薬師に過ぎない。冒険者などと正面から争って勝つ自信などないね」
……。
意外と殊勝なことを言いなさる?
「そちらのS級冒険者の実力は、既に充分把握している。そんな彼にここまで追い詰められて、逃げることなど不可能だとわかりきっている。なので私は早々に諦めているのさ。もう私の破滅は決定だとね」
「そ、そうすか……!?」
「だったらせめて最後の会話ぐらい楽しませてくれないかね? キミたちだって聞きたいことがたくさんあるのだろう? 何でも答えてあげようじゃないか。私も研究者の端くれ、解明した謎を後世に託さずあの世へ旅立つのは悔いが残るのだよ」
などと言っているが……。
大丈夫か? そんなこと言ってまだ悪巧みを残してるんじゃないか?
「エピクさん、認めたくないけど言う通りです。あの人には聞きたいことがたくさんあります。彼を拘束して首都まで連れていくにも時間がかかりますし、まずはここで知ってることを洗いざらい喋ってもらった方がいいと思います」
というスェルのアドバイス。
わかった、なんともまだ嫌な感じはするが、この毒師の知ってることをまずはゲロしてもらおうじゃないか。




