102 壁の向こう
僕エピク。
ダンジョンを進行中。
次々とモンスターが襲い掛かってくる者の瞬時に『消滅』させて、事なきを得る。
たまに『消滅刃』で斬殺したあと素材を切り分け次元ポケットに保管、まあ、これはあくまでサンプルだな。
そんなこんなでサクサク進んでいったら、いつの間にやら行き止まりにぶち当たっていた。
「……おや? 行けるところがないぞ?」
「さっきの分かれ道も袋小路でしたしねー」
「もしやここが……最下層?」
短いな。
僕の地元の魔境……魔の森でももっと広かったように思えるが。
『小規模浅層であまり人気がない』と聞いていた前評判は事実だったか。
「ぐ……ゼェゼェ、待ってくれ……!!」
そこへ送れてヌメロさんも到着。
どうしたのかかなり息が荒い。
「本当に着いちまったのか……ダンジョン最下層……!? ここに来れればC級昇格は確実だってのに、しかもこんなに早いペースで……ゼェゼェ……!」
「なんでそんなに息切れしてるんです?」
もしかして僕らの見えないところでモンスターと戦ってた?
「ば、バカ言ってんじゃねえ……! 最下層まで一回の休みもなしに進み通しだぞ。息も切れるに決まってるじゃねえか! ……お前だって……!」
僕ですか。
今も健やかな自然呼吸でおりますが。
吸って、吐く。吸って、吐く。吸って吸って、吸う。
「なんで息切れしてねえんだよ? しかも汗一つ掻いてねえ……?」
「それ以前の問題ですよ」
スェルがタオルを差し出しながら言った。
ヌメロさんの顔中汗まみれだったからだ。
「エピクさんは、『消滅』スキルを使いながら襲ってくるモンスターをすべて倒したんです。アナタみたいに何もせずにテクテク歩いてたわけじゃありません」
「うぐ……ッ!?」
「わかりますか? アナタとエピクさんじゃ運動量がまるで違うってことです。順当に行けばエピクさんの方がくたびれて、アナタはまだまだ元気ビンビンでなきゃいけないんですよ。なのに実情はまったく逆……」
「…………」
一言も答えられなくなったヌメロさんにそれでも容赦なく追い打ち。
「何故そうなっているか、わかりますよね? 体力の差です。スタミナでもエピクさんは圧倒的に勝っている、アナタに。ということです」
そこまで噛んで含めるように告げなくても。
僕は……まあ、常日頃から『魔の森』を練り歩いていたし。
薬草求めて朝から晩まで右往左往していたら体力なんて勝手につくものだ。
それに森って案外、歩きにくい地形なんだよな。
ふさふさに積もった落ち葉の中に窪地があったりするから注意深く歩かなきゃならない。
神経使うと自然疲労も倍増するし、それに比較したらダンジョンて意外と歩きやすかったよ。
「『体力増強』とかいうスキルがご自慢らしいですが、そんなスキルを持っていながら何のブーストもかかっていないエピクさんに敗けるなんてどんな気分です? アナタの一番の得意分野なんでしょう? それなのに勝てない。それがS級とD級の差なんじゃないでしょうか?」
「その人、今E級だよ」
いかん、修正を求めて結局ただの追い打ちになってしまった。
細かいところに気を回してもロクなことにならないな……!
ついでに言うとスェルもまったく息を乱していない。
彼女とて僕と一緒に『魔の森』を徘徊することが多いからすっかり体力もついて、ダンジョンの行き帰りぐらい全然余裕となっておる。
……彼女、冒険者やらせたら一気にB級ぐらいまで行くんじゃなかろうか?
「散々バカにしていたエピクさんだけでなく、素人女の子の私にまで負けて恥ずかしくはないんですか?」
「ぐ……ッ! たしかに……!」
力なくガックリと崩れ込むヌメロさん。
可哀想に。
「オレは……、もっと強い冒険者になりたくて故郷を出たのに……! 新しい土地で大ジャンプ成長しようと思っていたのに……! なんでこんなことに……!? 今まで何をやってたんだオレは……!?」
自分の半生の意味を問いだしてしまった。
相手があんなになるまで徹底的にやり込めるなんてスェルどうしたんだ?
いつもの彼女なら、ここまでメタメタにはやらないだろう?
「だって……、あの人酷いんですもん……」
ショックに蹲るヌメロさんには聞こえない小声で呟くスェル。
「エピクさんのこと無能だって決めつけて……。自分の方が優れて当然だって思ってる。S級冒険者になってなおですよ。あんなに思い上がった人だから徹底的に言ってあげないと気が済まないんです」
「ああ……!」
「以前は、エフィリトの冒険者ギルドの全員があんなのだったんですよね。そう思うと信じられません。自分たちに都合のいいことしか信じない人たちが一つのところにたくさん集まってたなんて……!!」
かつてのエフィリト冒険者ギルドの状況に、改めて憤慨の思いを表すスェル。
たしかにあの頃は異常だったんだろうなあ。
僕もまたその異常の一部だった。『お前は無能だ』という言葉を素直に信じて……今思うと何故あんなにも素直に信じたのかわからない。
疑うことなどしなかった。
あの時のあそこはすべてがおかしかったのだろう。
そしてそれは既に是正されている。
過去のことはキッチリ区切りをつけて明日へと向かっていくべきでは?
ということで……。
「スェルはここまででどう感じた?」
僕たちは、ダンジョン最下層にまで辿り着くまでのことを思い出す。
色んなモンスターを倒した、それに加えて左右の視界にも注意を払い、採取できる野草や拾える鉱石もチェックしてきた。
その結果……。
「毒に使われている原料は一つもありませんでしたね。どれも有り触れた、他のダンジョンでも拾えそうな一般素材です」
「そうだよなあ。モンスター素材もそうだった」
しかしその道の天才たる片りんを見せるスェルがしっかり調査して、ここのダンジョンの名前を弾き出したんだ。
彼女が間違っているとは思えない……いや、思わない。
僕はいつだってスェルを信じる!!
「するとどうなるかというと……!」
僕は目の前をじっと見つめる。
そこにあるのは壁。
ダンジョン最下層の行き止まりの壁だった。
本来ここから先へダンジョンは続かない。だって行き止まりだから。
しかし僕にはわかるんだ。
何故だろう『消滅』スキルと関係があるのかもしれない。
スキルの様々な応用を模索してきた僕は、空間を把握する……というかそんな能力が向上したようだった。
ハッキリと感じるんだ。
この壁の向こうに、大きな空間がある……。
……と。
普通に考えればこの先は厚い地層がギッチギチに詰まっているはず。
しかし僕の空間を感じ取る力が察するんだ。
この先の岩石を隔てた向こうに、えらく大きな空洞があると……。
ダンジョンよりも広大かもしれない。
そんな空間がこの先に、ある。
「エピクさんも感じるんですね?」
ということはスェル、キミも?
こうなってくるとヌメロさんが打ちひしがれて呆然としているのは都合がいいな。ヒソヒソ話していても気づかれない。
「私も、お母さんに習うようになってから薬草の息遣いとかがわかるようになって、すぐ見つけられるようになったんですけど……」
「それはそれで凄い」
「この壁の向こうに感じるんです……、物凄い数の薬草……いえ毒草?……の生命力が蠢いているって……!」
僕は空間の把握によって。
スェルは生命力の感知によって。
それぞれ方法は別だが同一の答えに至ったってことか。
むしろ別々の道から行って終点で一緒になったんなら、お互いの正しさを補完することにもなろう。
では、やはり……。
このダンジョンはここで終点と見せかけておいて、まだまだ続きがあるってことになる。
「ますます怪しさが増してきたな」
「怪しいですね」
とにかく僕とスェルの印象は一致した。
「どうします? このまま突き進んでみますか?」
「いや、一旦戻ろう」
今はヌメロさんが一緒にいるしな。
この壁の向こうに何があるのかわからない以上、何の準備もなしに突入するのは危うい。
「外に出て、何もなかったと思わせておいてから、夜にでも再侵入しよう」
「わかりました」
今日は一通り見終わったということにして、戻ることにした。
呆然と立ちすくむヌメロさんは呼んでも反応しないので仕方なく背負っていくことにした。
本当に何のために同行したんだろうこの人?




