101 過去のウソと現在の真実
アルデン山渓にあるダンジョンは、小規模浅層型。
山渓という地形名だけあって山と谷が入り組んでおり、その谷の底奥深くに亀裂のように走ったダンジョンであるらしい。
洞窟のような景観で、内部に入るとひんやりとした風が頬を撫でた。
僕と、スェルと、ヌメロさんで一列になって進む。
ちなみにヌメロさんは最後尾にいた。
案内役なのに?
その位置順だけでも彼があてがわれた指示に対してどんな思いを抱いているかがわかる。
「エピクさんエピクさん! 洞窟にも薬草が生えていますよ!!」
「聞いた話では案外洞窟も薬草採取の良場らしいね。日が当たらないから苔系の植物が育つとか……」
「コケも種類によっては薬草なんですよねぇ~! 知ってました!?」
「知ってたから話振ったんだが?」
スェルと一緒のダンジョン探索はいつもワイワイ賑やかしい。
二人で魔の森を徘徊していた時のことを思い出す。
「おいおいおいおいおい!! ふざけるなよッッ!!」
そこへ和やかさの欠片もない怒声。
見ればヌメロさんが肩を怒らせ、しかも大きく息を乱している。
そんなにゼーハー言うほど進んだ覚えもないけどな。
「何なんだお前らそんなお気楽遠足気分でッ!? ここはダンジョンだぞ! 少しは気ぃ引き締めろや!!」
「充分警戒はしていますが?」
どんなに気さくに振舞っても、心のアンテナはビンビン周囲に張り巡らせている。
それはスェルも同様だった。
足音や匂い……危険が迫ればすぐ気づくような感覚は、魔の森を歩いていたら自然と身に着くものだ。
「認められねえよ……! こんな腑抜けたヤツがS級なんて……オレの信じるS級って言ったらもっとカッコよくて、強くて、誰もが憧れるような渋イケてる存在じゃねえのかよ……! お前なんかオレの憧れるS級じゃねえ!!」
いきなり全否定された。
まあ、彼がそう思っているのは薄々どころか確信的に察しがついていたが。
「なあ、いい加減ぶっちゃけろよ! お前がS級なんて詐欺だろ! なんか上手い手を使って皆を騙したんだろ!? お前のことを知らない他人なら騙せるだろうが、昔からお前のことを知っているオレには通じねえ! お前のウソは! 最弱でボンクラな真実のお前を見てきたんだからな!!」
めっちゃ自信満々に言う。
「こうなったらお前の化けの皮を剥がしてやる! ここで! このオレが! エフィリトでのボンクラ最弱だったお前にこのオレが負けるはずがねえ! 冒険者はオレの誇り、その誇りを汚したお前を絶対に許しはしねえ!!」
凄く一人で盛り上がっておる。
ダンジョン内ではギルドの目が届かないのをいいことに強硬手段に出たな。
随分乱暴な振る舞いではあるが、ずっと疑惑の視線をネチネチ向けられているよりはまだマシか。
「お前なんぞがオレに勝てるわけがないはずだ! オレには無敵の必殺スキル『体力増強(小)』がある!! 何の能力もないお前に敗けるはずがない!」
決闘やむなしか……。
このダンジョンを一通り調べたいというのに手間がかさむなあ、と考えた。
僕らの最終目的からすれば、いずれも本命でない案件なんだがなあ。
「死にたくなかったら今のうちに降参しやがれ! お前だってくだらねえウソが原因で人生終わりたくねえだろう!!」
「ウソといえば、ウソだが……!」
何がウソかって言うとね?
「エピクさーん」
「ん」
さすが僕とスェル。
最低限のワードで完璧な意思疎通ができる。
今のを余人が理解できるほどに噛み砕いたら……。
――『エピクさーん』(モンスターが来ますよー)
――『ん』(わかったー)
……てな感じ。
まだ目には見えないが耳を澄ますと、不気味な足音が確実にこっちを目指して近づいてくる。
「おらどうしたぁー!? 泣いて謝るなら今のうちだぞぉー!!」
ヌメロさんはまだ気づいていないようだ。
そしてモンスターを引き寄せているのは、彼のあの大声だろうな。
「ヌメロさんたちにウソをついていたことは認めますよ。どういうウソかはアナタの想像とは違いますけれど」
「あぁ?」
「僕のついていたウソとは……」
同時に、ダンジョン通路の角から飛び出すおぞましい姿。
「ぎひゃあああああッッ!? モンスタぁあああああッッ!?」
そこで初めてヌメロさんがビビり驚く。
「しかもあれはこのダンジョンで最強格のマッドレックス!? なんで初っ端からあんな絶望的なのが来るんだぁああああッッ!?」
アナタが大声出しまくって気づかれたんでは?
僕というイレギュラーな存在で動揺してしまい、いつも通りの注意力が発揮できなかっただけだよね?
「逃げろ! アイツを単騎で倒せる冒険者はウチのギルドにはいないんだぁああああッッ!!」
「待って」
「ぐへえッ!?」
泡を食って逃げ出そうとするヌメロさんの襟首を掴む。
どうせ逃げたって無理だろう。
マッドレックスとかいうモンスターはご当地モノなのだろうか? 僕からしたら初見だった。
タイプ的にはドラゴンに該当しそうだが、翼がなくやたら発達した後脚に対して前脚が小さい。
全身を覆うウロコは大きさが不規則で、爛れておどろおどろしい部分がある。恐らくそれが『マッド』という名の所以だろう。
あの手の走竜タイプは人間よりずっと足が速く、逃げるのは困難だ。
ここで背を向けたら却って無防備なところを噛み殺されるのみ。
で、そう……。
アレだ。
僕がついていたウソの話だが……。
「『消滅』」
バシュンという音と共に僕の目の前にあるものが全部消えた。
メインは無論マッドレックス。
四体ほどが一斉に襲い掛かってきたが、その全員が消滅空間に飲み込まれて跡形もない。
すべての騒乱がウソであるかのように静まった。
「うぇ……へ?」
何が起こったかわからず尻もちをついたままのヌメロさん。
「これが僕のついたウソです。僕は無能力じゃないんですよ。『消滅』というスキルを持っています」
かつて同ギルドに所属していた冒険者たちは皆、僕の持つスキルのことを知らなかった。
それは昔同じ場所にいたヌメロさんも同様だろう。
僕のこの秘密を知っていたはずがない。
「『僕には何のスキルもない』っていうウソです。僕のこの『消滅』スキルは何でも消し去れます。経験上今まで消せなかったものはありません。無敵のスキル……かもしれませんね」
「そ、そんな……!? そんなものを……!?」
ヌメロさんの声が震えている。
「エピクさーん」
「ん」
また最小限言語での意思疎通。
訳は前述参照。
「このスキルの欠点は、相手のすべてを消してしまうことです。跡形もなく消してしまったら討伐の証拠も残らない。素材も持ち帰ることは不可能です。だから僕は長らくこのスキルを、『役立たずスキル』として嫌っていた」
再びやってきたマッドレックスを、今度は『消滅刃』でこま切れにする。
『消滅空間』をひたすら薄くしてから敵対象に叩きつけると、まるで刃物でスッパリやったかのように両断される。
それが『消滅』スキルの応用技『消滅刃』。
切断面が、どんな鋭利な伝説剣で斬り裂くよりも綺麗でなめらか。
「ある時この『消滅』スキルを応用する可能性を指摘されて、色々試しているうちに色々できるようになったんですよ。そうしたら周囲から色々言われるようになって、その挙句にS級冒険者になりました」
「いろいろぉおおおお……!?」
複数の断片になって転がったモンスターを選別し、皮や爪や骨など素材になりそうなものを『消滅』メスで切り分ける。
有用素材は『消滅』スキルで開いた次元の穴に放り込み、残ったものはスキルで消滅させた。
「よし、こんな感じで、次いこうか」
「はいさー」
僕たちのダンジョン調査の目的からすると、これぐらいじゃ全然満足できないのでな。
何事もなく進んでいく。
呆然とするヌメロさんをそのまま置いて。
「はぐれるとモンスターに出くわした時守れませんよー」
「ひぇえええええええッッ!?」
呼びかけると慌てて追ってくるのだった。




