とびだせ!!違法薬物!!
いやまあね、薄々思ってましたよ。
普段推しのためにケジメつけてる派閥が前回に限って黙ってた可能性より、普段やらない蛮行をした奴がしれっとした顔で女王選に参加し続けてるんじゃないかなって。
わざわざ被害者の身内を擁立したうえに、ちょっと距離おかれてそうなのが不審だなって。
それとなにより、話し方に俺と近いものを感じた。嘘は言っていないが、本当のことも言っていない奴のにおいがするんだよなあ。
と、俺の判断はあくまで俺の主観的印象がメインの材料になりがちだが、カタリナさんのほうはまた別の理由でベテランおじいちゃんを犯人と判断したのだろう。少なくとも毒を持ち込んだのは彼とみている。
前回の事件の犯人かまでは判明せずとも、例の丸薬が毒だとわかれば、神殿からそれなりの処罰があるだろう。
しかし、そもそも候補者と推薦者は、神殿の宿舎に入る際、ある程度身体検査を受けている。薬の持ち込みについても、当然誰かが目を通したはずだ。
アレが毒ならば、それが見落とされた、あるいは見逃された。前者ならまだマシだが、後者だとすれば神殿内に協力者がいるということだ。
ヘタに告発すると証拠を処分される可能性もある。
カタリナさんの言うとおりパクッちまうのが証拠の確保と使用の防止という観点から言えば理想的だが、机の上というしっかり目立つ場所へ置かれた物を持ち出しては、すぐに盗難を察知されてしまう。
なので薬瓶から少量をくすねて毒かどうかを確かめた後、言い逃れが出来ない場面、たとえば女王選中の、大神官や参加者がそろった場面で告発をするのが理想的ではあるだろう。毒を使う予定が前回と同じく女王選後なら、という前提ではあるが。
ひとまずカタリナさんをルビーさんとのお話に送り出し、俺とヴォルフ、クリスさんは女王選までの短時間でどうにかしてアドニアさんを部屋から誘い出し、空き巣をする計画を立てていたのだけれど、ここで予定外のことが起きた。
カタリナさんがルビーさんを連れて来たのだ。
先ほど会ったときより更に難しい顔をしたルビーさんの横で、カタリナさんが早速本題を始める。
「アドニア侯の部屋から毒物と思われる睡眠薬を盗み出す計画を、ルビーさんにも手伝っていただくことになりました」
「話が早い……」
思わず素で呟いてしまう俺。
いやありがたいけど、どうしてそういう流れになったん。俺たち三人からの困惑の視線に応えて、カタリナさんはちらりとルビーさんを見た。
ルビーさんはおずおずと、しかし強い意思を秘めた目で、俺たちを見回す。
「わたしから提案したんです。実は最初から、カタリナさんに、あの人はどうも怪しいから気をつけて、って言おうと思っていて。
その、なんていうかあの人、事件のことを話す時も、あまり気にしていないふうというか……、自分が推薦した候補者があんなことになって、普通もっと悲しがったり怒ったり、するじゃないですか?
リリス姉さんが眠ったきりになってから何度かお見舞いには来てくれましたけれど……、そのときも、姉さんのことをじっと見ているだけで……、上手く言えないんですが、すごく、違和感があるんです。も、もちろん、自分の候補者だった人間に危害を加えるなんて、おかしな話なのはわかってるけど……」
スカートの膝のあたりをぎゅっと握りながらそう言うルビーさん。内容的には言いがかりの可能性も疑いたくなるが、この世界は神が居る世界で、その巫女候補として国中から厳選された人間二名が今のところあいつはほぼクロと言っているわけである。ついでに俺という異常者もその直感に同意しているわけである。
状況的にはルビーさんに即手伝っていただいていいところだが、俺としてはこの貴重な被害者の身内ともうちょっと打ち解けたい。話を引き延ばすために、今度はルビーさんのほうへ意味深に視線を向けておいた。
こういうことをすると、大抵の人間は勝手に意図を汲もうと動いてくれるので楽なのだ。
無言で見つめられた人間がやりがちな行動として、ルビーさんもやはり慌てて再び口を開いた。
「き、急にこんなことを言い出して、信用してもらえないかもしれない。けれど、わたしとリリス姉さんは同じ施設で育って……、本当の姉さんみたいに接してくれる、とても素敵な人だった。ずっとお世話はし続けているけど……魔法と薬で命をつなぎ止めて、今はすっかり痩せ細って、ずっと目を覚まさない……。
あ、あんなの、絶対に許せない。どうしても犯人を捜したいの。だから疑ってるアドニアさんに推薦されても、一緒に来たわ。あの人が実行犯じゃないかもしれないけれど、もしわたしが女王になったら、もっとなにかがわかるかもって……。そうすれば、こんなこと、もうなくせるかもって……。
お願い、力を貸して欲しいの……!」
必死に言いつのるルビーさんに、俺は胸がじんと痺れるような感動を覚えた。
前回の女王選の時期と彼女の年の頃を考えれば、ルビーさんがリリスさんと過ごせたのは、おそらくせいぜい五、六歳あたりまでってところじゃないだろうか。幼少期の優しい記憶と、その対象を、この年まで強く想い続けていられるというのは相当に愛が深い。
リリスさんの状態は、記録を読む限り植物状態の人間に近いはずである。
現代日本のような医療機器が無いこの世界では、そのぶんを魔法がそれなりにカバーしてくれてはいるが、それにしたって限界はある。
リリスさんの介護は、既に十五年ほど続けられているのだ。神殿からの援助が手厚いとはいえ、側で手を尽くしてきただろうルビーさんや施設の人たちの負担は相当なもののはずだ。
そしてそうまでしても、ルビーさんの話しぶりからも分かるとおり、おそらく容態はかなり悪い。自発呼吸はあり内臓も無事動いているらしいが、魔法で癒やしながら流動食を慎重に流し込んで最低限の栄養を摂らせる状態では、日に日に痩せていくのも当然といえる。今まで生きられたのは、周囲の人間と医療者の、不断の努力のおかげだろう。正直、いつ死んでもおかしくはない。
そして、すぐ側でリリスさんを見続けてきたルビーさんも、それは承知の上のはずだ。
それでも、たとえリリスさんを救えずとも、次の犠牲者が出る可能性を減らそうと足掻いている。
素晴らしい……。当然ぜひとも協力するに決まってるでしょがんばろうね……。
俺は心から溢れる称賛で目尻を潤ませ、ルビーさんにゆっくりと頷いた。
「もちろんです。貴方の尊い願いが叶うよう、協力させていただきます」
下心をもりもりに溢れさせる俺と違って純粋にルビーさんの話を聞いていた女性二人も、すぐに俺に続いてくれる。
「私も、改めてあなたへの協力を惜しまないと約束します。どうにか犯人を捕らえましょう」
「わっ、わたくしも、協力いたしますわ! この国の貴族としても、二度と同じ過ちが起こされないよう、できる限りの努力がしたいんですの! あと犯人がもしかしたら今回もいそうで怖すぎますわー!」
カタリナさんが義憤に駆られるのも無理はない。
俺から見れば今回の事件はぬるい因習の中できらりと光る愉快な娯楽だが、平和で善良な世界で育った彼女からすれば、生まれて初めて聞くような残酷な話だろう。
クリスさんとしても、馬車の中で非常に居心地悪そうに自国の風習について語っていた様子からするに、現状に忸怩たるものは元からあったのかもしれない。
熱心にルビーさんを励まし、勇気づける二人のおかげで、彼女の表情も幾分和らいでいる。
ついでに立場上今回も後ろで控えているだけのヴォルフが、目尻にハンカチを当てて我がことのようにルビーさんとリリスさんの境遇を悲しんでいた。本当に真っ当だねお前は。
年齢の近い若い女性と少年しかいない環境という点も、緊張を緩めるにはちょうど良かっただろう。リラックスは大事だからね。余裕が無いと頭も口も回らないからな。
平和な光景を後方理解者面でうむうむと眺めているのも楽しいけれど、早速次の話に入らないとそろそろまずい。なんせ本当に時間がないため、できる限り巻きで進行する必要がある。
というわけで、カタリナチームwithルビーさんは、怪しいにおいがプンプンするアドニアさんの部屋に侵入し、例の薬が毒かどうか判別し、関係者が集まる女王選のタイミングで告発をする、というミッションに挑戦することになったわけである。
当然全員一緒に行動している暇はないため、役割分担をする。
まず、高位貴族で誰も気軽に声をかけられないアドニアさんを部屋から誘い出す役割は、建前上彼より優先される立場であるルビーさん。彼女にはアドニアさんを中庭の休憩スペースへ連れて行き、そこでしばらく雑談をして時間を潰してもらう。
アドニアさんの部屋に侵入し、薬を調べるのは当然カタリナさん。手元の作業に集中してもらうために、周囲を警戒し、誰か部屋へ来た際にいち早く報告する係は俺。
クリスさんは他二名の推薦者へお茶会をねじ込み、推薦者用の交流室へ纏めることで、宿泊スペースが集まる棟から人を遠ざけ警戒の手間を減らしてもらう。
ヴォルフはそれぞれの間を俺の遣いという形で動き回り、連絡係を担当してもらうことになった。
最初の関門であるお茶会およびアドニアさんの移動をそれぞれ見届け、カタリナさんと俺は早速アドニアさんの部屋へと向かう。ルビーさんに部屋の鍵をかけず出てもらったから、侵入は容易だ。
この部屋は中庭にいるアドニアさんとルビーさんが、窓からギリギリ見える位置にある。俺が時折そちらを確認しつつ、分厚い扉越しに廊下に物音がないか耳を澄ますなか、カタリナさんは一直線に机の上の薬瓶へと向かった。
これが毒だった場合、部屋から持ち出したところや自室で所持している状態を万一誰かに見つかると大変面倒なことになる、というデメリットを考慮し、検査はこの場で行うことになっている。
カタリナさんはビンに直接手を触れないようハンカチで包み、慎重に、かつ素早く一粒取り出した。それを手帳から切り取った紙で包み、上からペンの軸で押し潰す。
自分たちが使っている部屋から持ち込んだ水入りのコップに、粉状になった薬を溶かし入れて攪拌し、そこで作業は一旦終了だ。
あちこちをチラ見したり耳をそばだてたりしつつも、俺の視線はそちらへついつい引き寄せられてしまう。だって気になるじゃんね。
そんな様子に気付いたのか、カタリナさんは懐中時計で時間を計りつつ、ちらりと俺へ視線を向けた。
「この薬に違和感を覚えたのは、匂いがきっかけです」
「匂い? 毒は無味無臭と聞いていますが」
「ええ。前回、そして今回も持ち込まれたであろう、ナギスを使用した睡眠薬は無味無臭です。対して、ホルプが使用される一般的な睡眠薬は、独特の苦い匂いと味がします。この薬もホルプの匂いがしますが……それ以外の匂いが薄すぎる。
成形のための賦形剤……これはおそらく蜂蜜でしょう。その香りは多少しますが、普通ホルプの睡眠薬に使うような、他の生薬の香りが薄すぎるということは、香りのしないなにかを大量に混ぜている可能性がある」
「なるほど。それで無味無臭の薬を混入した可能性があると。……ということは、その苦みは取り除く方法があるということですね」
「お察しの通りです。こうして水に溶かしてしばらくすると……」
言いながら、カタリナさんはコップの表面に軽く指を当て、ひとしずくを舐めとった。
「……やはり全く味も匂いもありません。一般的なホルプ系睡眠薬の処方の他、この国で使われているアレンジや、貴族に好まれる生薬についても神殿の書庫で調べましたが……、それらと比べても、ナギスは非常に比重が軽いのです。
そしてこの……、独特の、麻痺に近いような即効性の眠気は…… 」
呟いた後、カタリナさんは手帳のページの間から薄い紙片のような物を取り出し、口に放り込んだ。めちゃくちゃ苦虫を噛んだ顔をしているので、気付け効果のあるなにかかもしれない。
「だ、大丈夫ですか……?」
「ええ、問題ありません。ほんの少量しか摂取していませんから。おそらくは前回も薬として持ち込み、こうして分離した後、上澄みだけを掬い取って飲み物に混入したのでしょう」
「なるほど……」
毒物の確認も搬入経路も盛った方法も速効で暴いてくれるカタリナさん。一家に一台カタリナさんがいれば迷宮入りの事件はないだろうな。
感心していると、ふと視界の隅でなにかが動いた。慌ててコソコソと窓から外の様子をうかがうと、中庭にいたアドニアさんが移動している。というか経路を見るに、正面出入り口ではなく、中庭と廊下を直接繋ぐ勝手口のような位置から、こちらの宿泊棟へ入るところのようだ。
正面出入り口からは曲がり角を挟むので猶予があるが、そっちを通られると宿泊棟の一直線の廊下に直接出るから、今から逃げても俺たちが部屋から出るところを目撃される可能性がある。
ちょっと目を離していた隙に、ルビーさんはどこへ行った? そしてヴォルフもどうした?
いろいろ気になるところはあるが、ひとまず報連相が優先だな。
「すみません、アドニアさんが移動しています。もう廊下へ入るはずです」
「では窓から外へ?」
確かにそれも可能だが、誰かに目撃されるのも困る。俺は首を横に振り、廊下ではなく隣室へと繋がる扉を指差した。
「そちらの使用人控え室から、廊下へ抜けてください。万一あちらにアドニア候が入った場合、僕が一旦廊下に出てから気を引きます。その間にこちらの部屋に戻り、頃合いを伺って脱出してください」
「しかしそれでは、あなたばかりが危険です」
「問題ありません。僕に危害を加えたとて、無駄に国家間の軋轢を生むだけでメリットが少ない。対して貴方は危険性を理解しながら、自ら同意して女王選に参加した身だ。狙われる確率で言えば、どちらが逃げるべきかは明白です」
「……どうか、お気を付けて」
カタリナさんはそれ以上時間を無駄にはしなかった。使用人室への扉は、主人側からも開けられるように出来ている。廊下への扉は内鍵だろうから、そちらも問題なく開けられるはずだ。
ほどなくして、ゆっくりと開いた扉から、白髪の紳士がやってきた。
自室に勝手に入っている俺を見ても、たいして驚いた素振りも見せない。自分の候補者を撒いて戻ってきたとしか思えない状況だ、まあ侵入者くらいは想定のうちだろう。
「やあ、ついさきほどぶりだね」
「はい。勝手にお邪魔してしまってすみません」
「ああ、いいとも。さてと」
会話もそこそこに、アドニアさんはつかつかと革靴の音をたて、使用人室へと一直線に向かった。開け放たれた扉の中、狭い部屋の中には家具がいくつかあるばかりで、カタリナさんの姿はない。うまく逃げ出してくれたようだ。
ところで。
俺の猫かぶりは当然優秀なカタリナさんにはバレている。もちろんヴォルフをはじめとした付き合いの長い家臣にも、名女優であるヴィオレッタさんにも、そして兄上や父上という天才にも。
彼女たちが俺の異常性を薄々察しつつも、内面の醜悪さにまでは気付かないのはなぜなのか。それは善良な人々の中に、ひょっとしてこの天使のように振る舞う子供は、実は他人の苦しみもがく姿を楽しい物語程度にしか思っていないクズなのでは? などと疑う発想自体が無いからだ。
翻って、目の前の男を見てみよう。
自国の巫女王を決める神聖な儀式に参加し、その候補者を自ら害しておきながら、十数年もの間何食わぬ顔で過ごし次の儀式にも参加するような人間だ。たいへん面の皮の分厚い悪人だと判断していいだろう。
そんな彼は部屋の中を十分確認すると、扉を閉じて俺に向き直った。
「どうやら私たちの他に、人はいないようだ。
さてと、話でもしようか? 聞かれちゃまずいようなやつを」
軽く肩をすくめてそう言うアドニアさんの目は、実に愉快そうに、緩やかな弧を描いている。
俺というクズが彼の胡散臭さを嗅ぎ分けたように、年季の入ったベテランの悪人である彼もまた、俺の中の醜悪さを見逃しはしなかったらしい。
どうしようもない人間二人きりの部屋で、俺はにっこりと心からの笑みを浮かべた。




