現地人とは触れ合っとけ
本日から一日おきに、きりの良いところまで投稿します。
普段の、導入→事件→解決→解説の流れとはちょっと変わります。
なんか締まらない旅に同行している俺だ。
乗り物酔いでアカンことになっていたクリスさんは、見かねたカタリナさんによく効く酔い止め薬を見繕ってもらい、宿で横になることになった。俺たちもその間に朝食をいただく。睡眠と食事は大事だからね。
そんな一幕を挟んで、現在一行はデカい馬車に乗り込み、女王選を行う会場へと向かっている。
まあまあスプリングの効いた座面はそれなりの乗り心地で、目的地までぶっ飛ばしていかない限りは、快適な旅になるだろう。
四人乗りの車内は、本来はカタリナさんとクリスさんの二人で広々と使う予定だったのだろうが、現在は彼女たちに追加して、俺とヴォルフも乗ったために定員ぴったりだ。
ヴォルフは後続の従者用の馬車でも良いと申し出てくれたのだけれど、なんせ彼は王子の側付きになるくらいなので、それなりのご家庭の出身だ。同乗されるとクリスさんの従者達が緊張を強いられるため、こっちに乗ることになった。
代わりというわけではないのだけれど、現在一番緊張を強いられているのは間違いなくクリスさんだろう。
緊張の元は言うまでも無いが俺である。
「間に合って何よりです! まさか、そのぉ……ライア殿下がご一緒にいらっしゃるとは、思いもしませんでしたが……」
こちらをチラチラ見ながらそう言うクリスさんの顔色は、乗り物酔い以外の理由で若干白い。原因ながらそらそうやろなとしか言いようがないが、これも俺の趣味のためなので諦めていただくしかないだろう。
「どうか僕のことはお気になさらず。勝手に押し掛けた身ですから、王族として扱ってくれ、などとは申しません。どうぞ気楽になさってください」
「ではお言葉に甘えて……。わあ、わたくし、王族の方とパーティー以外でお話しするなんて、初めてですの!」
許しが出た途端、クリスさんの馴れ馴れしさもとい親しみやすさが急上昇した。
どうやらそれなりに図太い性格のようだ。まあ貴族なんて神経質な奴から自滅してく職業だからな。
といっても、これは性格もあるだろうが、彼女の年齢から来るある種の無鉄砲さの現れなのかもしれない。
ルカさんやカタリナさんも当主としてはかなり若かったが、クリスさんはなんと今年で18歳。外見はルカさんに近い、やや濃いめの肌色と、明るい金髪というカラーリング。このあたりの古い貴族には多いらしいので、それなりの家格と思われる。おそらく伯父だの祖父だの、そのへんの年嵩の親族が後見に入っているのだろうが、それにしたってハチャメチャに若い。ちょっとばかりあらが見えるのもご愛敬だろう。女王選に送り出したご親族の方々は胃を痛めているかもしれないが。
そもそもよく考えたら、彼女と4つしか違わないのに、百戦錬磨の交渉人のごとくポーカーフェイスが染みついているカタリナさんのほうが異常なんじゃないだろうか。
ちらりと横を見れば、やはり本日も全く感情を伺わせない鉄壁の無表情で、カタリナさんが口を開いた。
「随分急いでいらしたのですね。お体の具合はいかがですか?」
「ああっ、もう、それはハイ、頂いたお薬が合ったようで、胸が軽くなってきたような心地ですわ!」
クリスさんはカタリナさんには、俺に対するそれとはまた若干ベクトルの違う緊張をしているようで、カチコチとした動きで頭を下げている。まあ今後自国の最高権力者になるかもしれないわけだしな。もし彼女が信心深いタイプなら、そういう意味でも緊張はするだろう。
とはいえ見るからに顔色も回復してきているから、薬が効いたのは本当のことのはずだ。
「それは良かった。何かあれば、気軽におっしゃってください」
「ハイ! 無事何事もなく合流できましたから、なにか問題が起きない限り、今度はごく普通の速度で会場に向かいますので……、多分、大丈夫ですわ!」
「随分急いでいらしてくださったのですね」
「ええ、もう……。じつは女王選の日取りが早まりまして、三日後になってしまったのです」
「三日後? それは随分急な……」
「はいぃ……。ですので、カタリナ様が間に合わなければ、今回わたくしの家が所属する派閥からは、推薦者なし、ということにする予定でしたの」
「そうだったのですか……」
カタリナさんの内心は読めないが、クリスさんのほうは、特別何か思い入れがあるようにも思えない、おっとりした表情だ。
次期女王の選出に絡めるかどうかという重大な問題だというのに、彼女自身はそのへんへの興味が薄いのかもしれない。権力者だからといって権力への欲があるとも限らないからなあ。
ややぽやっとした印象ではあるものの、クリスさんはあまり裏表のあるタイプには見えない。これまで聞いている女王選の陰湿な印象とは距離があるタイプに見えるけれど、まだ会ったばかりで判断するのは早計かな。
クリスさんはちょっと斜め上へ視線を向け、少し考え込んでから再び口を開いた。
「ええと、ところでライア殿下がお泊まりになられるのは、女王選の会場ではなく、すぐ側の神殿になるかも知れないのですが、よろしいでしょうか……?」
「もちろんです。やはり女王選に部外者が同行するのは、問題があるのですね」
しかも他国の権力者だしなあ、と俺が勝手に納得していると、クリスさんはふるふると首を横に振った。
「本来はそれほど厳しくはなかった、と聞いておりますわ。女王候補のかたが体が不自由であったりご年配であれば介助者がついたり、まだお若い場合は保護者が同伴することもあるようです。それに、推薦者も従者などを連れてきますから。
ただ、今年は同行者も従者もかなり数を制限されておりまして、女王候補、推薦者、従者は一名のみ、という決まりなのです」
「そうだったのですね。しかし、どうして今回の女王選だけそのような……?」
ふんわりと漂ってきたきな臭さに、俺の心もふんわり浮き立つのを自覚した。いけねえいけねえ、ワクワク顔をしてしまわないよう、努めて生真面目な表情をキープしないとな。
俺の内心を知らず、クリスさんは頬に片手を添え、少し不安げな様子で瞳を泳がせる。
「ええー、その、ラ、ライア殿下とカタリナ様は、我が国の女王選について、どのようなお話を聞いていらっしゃいますか?」
若干顔を引きつらせ、こちらの様子をうかがいながら尋ねてくるクリスさんに、俺とカタリナさんは顔を見合わせる。
ひとまずここはカタリナさんから話してもらったほうが良いだろう。今から参加する儀式のよからぬ噂を聞いています、なんてことをよその王族である俺の口から言うのは忍びない。
カタリナさんもそのへんの機微は心得たもので、僅かに頷くとクリスさんへ向き直った。
「オッドアイなどの身体的特徴、人格者であること、などの精神的特徴にいくつか規定があることは伺っています。それから、招待状で伺った、事務的手続きや日程などについて。……あとは、派閥ごとに妨害行為がある、という噂を」
それを聞いたクリスさんは、きゅっと唇を噛んで頷いた。彼女からすれば、最後の部分は自国の汚点だろうからなあ。恥じる心があるだけきれいな貴族と言えるだろうけれど。
「そう……そうですね、概ねそのような……。今回女王選の会場へ入れる対象が絞られたのも、その妨害が原因なのです。
ええと、これは、決して自国の文化を庇おうという発想からの発言ではなく、これまでの記録から読み取った情報を元にした発言なのですが、女王選において行われる妨害というのは、そこまで深刻なものではないのです!
例えば、女王候補の乗った馬車の通り道に岩を落として塞いでしまうとか、数日体調を崩すような毒を仕込むだとか、あるいは招待状を誤って別の人間に配達させるだとか! そういうものでして!
で、ですので、実は前回の女王選で候補者が意識不明の重態になり、その後回復していないという事件が起きているのですけれどぉ、これは、本当に嘘偽りなく非常に珍しい例なのです! 故にこうして前例のない厳重な対策が取られたわけでありまして……!」
額に汗を浮かべてぎゅっとスカートを両手で握り言いつのるクリスさんの様子は、たいへんハチャメチャに必死さが伝わり、言っていることに嘘はなさそうだね、と思いたくなる可哀想っぷりだ。
カタリナさんも眉間に薄くしわを寄せ、真面目さと重さを二割増しした雰囲気で彼女の話に耳を傾けている。
小さく頷き、続きを促すカタリナさんの冷静かつ優しさが垣間見える様子は聞き手としてたいへん素晴らしいと存じますが、俺は心の中で色々と吐き出さなければこの衝撃を受け止め切れそうにない。
いややれよ!
普段からもうちょっと!
因習儀式らしい悪辣な嫌がらせを!!
所詮この世は優しい世界。ほんのり怪しい空気を纏っていたお隣の国も、蓋を開けてみれば優しい国だってことでしょうかね。クソが。俺だって最近は世情に詳しくなり、世の中にはもっとバリバリに治安が悪い地域もあるというネタが挙がってるんだぞ。なのになんですかこの自国および周辺国のフワフワな手加減具合は。現実の醜さを見せつけにこいよ。
まあ勝手な期待は裏切られたわけだが、それはそれとして前回かなり問題があったらしいというのは、救いでもある。あくまで俺だけにとって。
しかし、下げて上げられ、この後にさらなる下げがないなどと油断するわけにはいくまい。いやでももっと上げてくれる可能性もあるわけで? 俺としてはそれに期待するしかないぜ。
なんせあとで、うちの普段は親馬鹿だけどちゃんと為政者なパパに叱られる未来が確定してるんだからな。俺とてやらかしてシンプル説教をされるのは普通に嫌なのだ。だからその嫌さを帳消しにしてあまりある展開を期待してしまうのだ……。
さあ不満は脳内で吐き出した。もう十分なんで語ってくださって大丈夫ですよ。そんな思考を胸の内に封印し、俺はカタリナさんに便乗して、唇をきゅっと閉じて困り眉のあざとい心配顔を作っておいた。
そんな俺たちの真面目な傾聴姿勢に勇気づけられたのか、クリスさんは幾分ほっとした様子で深呼吸をする。
「ええー、そ、そういう事件がありまして。普段でしたら、悪事を働いた者は新たな女王に自分の罪を告白し、それ相応の罰を受けるのです。女王選は巫女王を選ぶ、あくまで神聖な儀式ですから……。
国王を決めるという側面も持つため、どうしても世俗の穢れに晒されはしますが、選ばれた女王からはその穢れが全て洗い流されなければいけない。我々は女王が決まるまでは己の立てた候補者を……その、応援することが許されていますけれども、新しい女王の前で、その我欲を隠しだてすることは許されません。
なのですが……、前回は女王選が終わった次の朝に、候補者であった女性の一人が、昏睡状態に陥ってしまったのです。
既に女王が選ばれたあとのことでしたから、これは妨害ではなく自然な、なにかの病ではないかという声もありました。しかし、なにか遅効性の毒を盛られ、それが女王選後に効いてしまった、という可能性も捨てきれません。そうなると、これを行ったものが名乗り出ないというのは、非常に重大な問題となります。
事態を重く見た女王選の管理者、つまり神殿の最高責任者は、このような事件が再び起きないようにと、妨害自体をしづらい状況を作ることになさったようです。女王選の開催日が早まったのも、もしよからぬ企てをする者が紛れていた場合、その予定を乱すためではないか、と聞いていますわ」
一連の報告をしてしまうと、クリスさんは胸のつかえが取れたのか、大きくため息をついた。が、直後に再び冷や汗を流して、カタリナさんの様子を引きつった笑顔で伺う。
「えー、そのようなわけでして、あのぉ~……、もし、もしですが、この話を聞いて、帰りたくなったりー、なーんて……」
「いえ、いったんやると決めたことです。最後まで参加させていただきます」
「あ……ッ、ありがとうございますぅ!!」
カタリナさんの頼もしい即答に、この場が馬車の中でなければ土下座する勢いだっただろうクリスさんの感謝の大声が炸裂する。同時に上半身が膝に付くレベルで頭も下げている。すごいな。このあたりの文化圏の若い貴族は感情表現がクソデカなのが一般的なんだろうか。
まあ妨害を受けて候補者が来れませんでした、ならまだしも、来た上で嫌なんで帰りました、ではまあまあなメンツの潰れっぷりだもんな。冷や汗くらいかくだろう。
カタリナさんに促されて頭を上げたクリスさんは、既に問題が解決したようなほくほく顔をしているものの、当然そんなことはない。俺は僅かに首を傾げ、いかにも困っています、という風情で僅かに眉間にしわを寄せた。
「しかし……そうなると、思っていた以上に警戒が必要ですね。前回の事件を踏まえて危険そうな行動は避け、同時にこれまでの女王選の情報も手に入れなければならない」
「そうなりますね。殿下は……、大人しくなさるおつもりはないのでしょう?」
カタリナさんの発言は問いかけではなく、確認だろう。そりゃこんな無茶して付いてきたんだから、目的地でじっとしているはずもない。俺の横でここまで俺と違って大人しく控えていたヴォルフも苦笑いしているし、カタリナさんの目にも若干の揶揄いの色が見えた。この人の表情がまあまあわかるようになってきたぞ。
「ええ。王族としては、隣国のこういった儀式に関わることは望ましくないのでしょうが……、これも乗りかかった船というものです。女王選の管理者との交渉は、こちらでつけるつもりでいます」
「頼もしいですね」
やっぱりカタリナさん、ちょっと面白がってるな。クリスさんはきょとんとした顔で、とりあえずの笑顔を口元に浮かべている。ヴォルフのほうは従者然としたすまし顔を取り戻しているものの、カタリナさんに微笑ましく見守られている俺に内心ニコニコなのはバレてるからな。
いつもの優しく可愛く善良なイメージに、人助けのためなら後先考えない無鉄砲さが追加され、本日の俺はひと味違うライア殿下と言って良いだろう。
慣れない土地での経験が少年を育てるのだと言うことで、ひとつ皆さんには、その調子で俺の活動を見逃していただきたいものだ。
これが大人ならぶん殴られていてもおかしくないところだよな。
子供の特権をフル活用できる機会はほんの数年。貴重なチャンスを可能な限り活かすべく、俺は一人心の内で気合いを入れ直した。




