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突発的行動は旅の醍醐味

ヘイユー、お元気ですか?

どうにかして王位継承因習儀式に参加するべく、ごり押しで隣国に密入国することにした俺だよ。

なんか流れでシリアスを殺してしまった自覚はあるよ。でもいいじゃないの。これから鬱展開が待ち構えているのだとしたら、導入くらいはちょっと気楽な雰囲気で行ってもかまわないさ。後々との落差が映えるし。

マジでさあ。俺の住んでる国は治安が良いわけですよ。住民が善良で理性的なわけですよ。人に理不尽な行為を強いないし、性善説で社会が成り立つんですよ。

そんなこと言ってもどっかのド田舎の村には数年に一回川に人柱を捧げる風習とか、あってもおかしくはないじゃないですか。そのうち国内を視察してそういうのを発見できないかなあ、なんて淡い期待を俺は抱いていたわけだ。

そしたらこれだぜ。こんな棚ぼたで、わけわからん権力者のわけわからん闘争に関われるとはなあ。人間やっぱり諦めずに生きていれば良いことがある。人生に必要なのは粘り強く諦めず、夢を追いかける精神なのである。そんな思いを新たにしたよ。


というわけで未来へのワクワクで俺の頭はいっぱいなわけだが、一応恒例行事として密入出国同行までの流れはなぞっておこう。

まず、きっかけはカタリナさん自身に言ったとおり、彼女の言動に違和感を覚えたことだ。

なんかほんのりしっくりこねえな、くらいの違和感というのは案外大事にしたほうが良いもので、これが後々こうして重要イベントを押さえるためのきっかけになることもある。

とはいえいつも通り、俺がすることは多くない。ルカさんに協力するという名目でさりげなくギルベルトさんを派遣し、今後の予定と警備の情報をせしめ、ヴォルフには俺がこっそり出奔するための準備を整えてもらう。

領主館からカタリナさん家への直通ルートがあることは、別段秘密でもないようなので、すこし観察していれば分かったことだ。多分他に本命の隠し通路もあるのだろうけれど、今回はそこを使われる前に現場を押さえることを優先し、探しはしていない。


俺が逗留している部屋からカタリナさんの家へ行くルートを決め、領主館の裏手にある崖の警備の交代時間等とのタイミングを調整して実際に忍び込むのは、情報があってもそれほど楽なことじゃなかったな。

これを可能にしたのが、ヴォルフの魔法感知スキルだ。

この剣と魔法の世界の兵士というのは、例えば杖などのいかにも魔法に関わる品の他にも、魔法の力で光るそのへんに放り投げても火事の起きないランプや、多少の魔法攻撃になら耐えられる盾など、様々な魔法道具を持っている。この領地はそれなりに潤っているので、そこで雇われている兵士も、こうした良い品を持たされているのだ。

それらをヴォルフが察知できるからこそ、警備の計画と実際の兵士の行動に多少誤差があったとしても、事前に余裕を持って避けつつ抜け出すことが出来たということだ。


スニーキングミッションは、カタリナさんの家に到着してからも続く。現職のスパイの方々相手にかくれんぼで勝利し、ちょうど良いタイミングで現場に乱入する必要があったからな。

このへんは、ギルベルトさんを雇用してからの俺の頑張りが活きた点だ。

ギルベルトさんは説明するまでもなく、最高峰の魔獣ハンターと言える。戦いにはもちろん、索敵にも潜伏にも秀でている彼を雇ってから、俺は雇用者という立場を大いに利用して彼から様々なことを学んだ。

とは言っても、俺は体の出来上がっていない子供なので、剣などの武器の扱いなんかはさっぱりだ。元々あまり才能もない。

その代わり向上させたのは、例えば暗殺者に狙われたとき、いかに護衛にうまく庇って貰ってその場を逃げるかだとか、俺の我が儘で危険な現場に赴いたとき、いかに狙われないよう地味に目立たずこっそりするか、なんていう技術だ。

これらを上げたおかげで、俺は彼の魔獣討伐ミッションに着いていって物陰から見物することも可能になった。そしてそれにお付きとして当然巻き込まれているヴォルフも、この手の技術に長けていくわけである。

とまあそんなこんなで、俺はこっそり隠れて現場を盗み見るのが得意なのだ。多分こっち方面は才能がある。最高だね。趣味に活かせる特技の取得に、どれほど俺が粉骨砕身頑張ったかは、きっと誰しもが察してくれるところだろう。

ちなみにギルベルトさんは領主館に置いてきた。今回の我が儘に付き合わせるには、俺に雇われているとは言え他国の男爵家の騎士でしかない彼は、ちょっと後ろ盾が少なくて危うい立場だからだ。

必要な情報を聞き出したあとは、薄ら笑いを浮かべつつルカさんや兵士の方々との親睦を深めてはいかがですかと勧めておいたので、多分こっちがなにかしらやろうとしているのには気付いていただろう。俺とヴォルフをちらちら見ながら部屋を出て行ってたし。

まあそれでも、こっちのやりたいようにやらせてくれるのがギルベルトさんの良いところだ。


そんなこんながあって、俺は無事こうして重要な任務を終えたのである。

いつもながら、周囲の優秀な人材に助けられてばかりだね。優しい世界のこういう点だけは、嫌みでなく素晴らしいと思っている。

いや本当、俺個人に出来ることなんて、内心ネチョネチョ笑いながら相手が罠にかかるのを待つことくらいなもんですからね……。仕込みは俺一人でできるもんじゃありませんからね……。俺個人の才能より、立場と権力と周囲の人間の頑張りこそが、目標の達成には重要ということである。

ちなみに替え玉を用意したり他の使用人達を計画に巻き込むことはしなかったので、明日の朝には、起こしに来た誰かが俺とヴォルフの不在に気付くだろう。そして実家に連絡がどえらい勢いで行くことだろう。

この件でめちゃくちゃ怒られることは火を見るより明らかだが、それでも俺はこうしたかったので仕方が無い。

だってこの国ではまずお目にかかれないイベントだぞ。逃がしてなるものか。

可愛く賢い第三王子様とて人間だ。旅行先で羽目を外しすぎてしまうことだってあるだろう。これも経験と思って、賢明な大人の皆さんには諦めて貰いたい。あとでいっぱい謝るから許してね。

ついでに、同行してくれているヴォルフにもあとで良い感じにフォローを入れておかなきゃな。彼は覚悟の決まったお子さんなので、俺のしたことをできうる限り応援してくれてはいるが、内心は心配でいっぱいだろうから。


その点カタリナさんからは、俺という人間への諦めに近い悟りのようなものを感じる。

彼女自身が目的のためなら手段を選ばないタイプだからだろう。同じ人種といえる俺に対して、説得の意味が無いとすっぱり割り切っているようだった。

今回のイベントの要である彼女が寛容なのはたいへんありがたい。ぜひその賢さとドライさにつけ込んで可能な限り現場を愉しませてもらおう。

今のところは体調不良を起こさせて女王選へ出席できなくする、というある意味優しい妨害が一回入っただけとも言えるが、現地に着いてからこれが沈静化するか激化するかも、いまいち読めない。俺としてはただただ面白いことになってくれますようにと祈るばかりだ。


カタリナさんの家から国境までの道のりは、そこそこにキツくはあったが、特筆すべき点はそれほどなかった。スパイの皆さんが予想以上にしっかりサポートしてくれたし、俺もヴォルフも王族とそのお付きとして、子供なりにとはいえ体は鍛えていたし、カタリナさんも薬草採取で野山に分け入ることもあるそうで、貴族女性にしては足腰はかなりしっかりしていたのが幸いした。

うちの国にも姿を消す謎技術持ちのニンジャの方々がいるように、スパイの皆さんもそれなりに特殊技能はあるようだった。今回俺が発見したのは、足音などの音を消す魔法と、おそらく身体能力強化だろう魔法だ。

俺たちはそれとヴォルフの回復魔法を駆使して、町中を抜けるまではひとさまの家の庭やら屋根の上を歩き回り、街を出てからは少し離れた場所に放した馬を回収し、そこから夜を徹しての強行軍で国境の砦付近までたどり着いた。

女王選に落ちる予定で乱入する候補者にごり押されて連れてくるはめになり、更にそれを上回るごり押しで隣の国の最高権力者のお子さんとそのお付きまで同行させることになったスパイの皆さんは、それでもまあプロではあったらしい。隣国までの道程で必要以上にこちらに関わることはなく、あくまで一線を引いた接し方に徹していため、あまり仲良くなれなかったのがちょっと心残りだな。


砦から離れた場所で俺たちは一旦解散し、先にスパイの皆さんが商人に変装して何食わぬ顔で国境を越えていく。

では肝心の俺たちはどうやって国境越えをするのか。

ここまで密入国密入国言っておいてなんだが、実際には正面から正々堂々入国する予定だ。

後々残る禍根やら責任問題やらのことを考えると、警備の穴を突いてマジの密入国をしちゃうのはまあまあまずいので、今回は俺が責任を取りやすい形にしようと思っている。

空はすっかり白んで、砦の中からも物音がする。本来であれば俺も起きて身嗜みを整え始めるころなので、そろそろ領主館で俺とヴォルフの不在がばれていてもおかしくないだろう。

そうなっていたら王都だけでなく国境にも連絡が回され、俺たちは見つけ次第保護されてしまう。

というわけで、バレる前に勢いで突破するのだ。

早速関所兼砦の中央にある門の前へ、ヴォルフとカタリナさんを従える感じで粛々と歩いていく。

現在の衣装は普段着に比べて比較的質素な歩きやすい服装、それからフード付きのマントとコートの間のような外套だ。後ろ二人も似たようなもんだな。貴族の旅装という感じだろうか。

そんな三人組が徒歩ですたすたやってくるわけなので、今日貴族が通るからね、なんて連絡は当然受けていない砦の兵士さん達は、ちょっとざわつきながら俺たちを遠慮がちに引き留めた。職務に忠実でえらいね。


「申し訳ありません、通行手形はお持ちでしょうか」


そう尋ねられるが、もちろん俺はそういうパスポート的なものは一切持っていない。だって今回は国内旅行の予定だったからね。カタリナさんはわからないけれど、ヴォルフも多分持っていないだろう。

というわけで、被っていたフードを脱いで、俺は白金の髪を人目にさらした。

砦の門番さん達は一瞬頭にクエスチョンマークを浮かべたあと、ぎょっとして詰め所内の上司に大声をかける。呼ばれた上司さんも同じようにぎょっとしてから、俺たちを大慌てで詰め所内へと案内した。

ご丁寧にお茶なんて淹れてもらう時間は無いため、さっさと本題を切り出してしまおう。


「突然の訪問、驚かせてしまったことだろう。しかし詳しい話はできないのだ。どうか黙って、我々を通してはくれないか」

「いえ、しかし……」


当然砦の偉い人はこちらを引き留めようとする。四十代半ばだろういかにも実直そうなおじさんが、冷や汗をかきつつド偉いお子様になんと声をかけるべきか迷う姿は、たいへん哀愁があり中間管理職の悲哀を感じるが、ここは心を鬼にせねばならない。


「言いたいことは分かる。供もろくに連れず、先触れもなくこうして他国へゆこうとするなど、正気のこととは思えまい」

「いえ、いえ、そのようなことは……。ただ、せ、せめて目的だけでも教えていただかなくては……」


決死の覚悟で謎のハプニングに対処しようとする可哀想な上司さんに、俺は困り顔で口を噤む。何秒か黙ったあと、いかにも意を決して、という様子で顔を上げ、上司さんへと言いつのった。


「言いたいことは分かります。しかし、大切な用事があるのです。我々が国境を越えたなら、あとは父上へこのことを報告してくれて構いません。責ははもちろん僕が受けます。どうか、この我が儘を聞いてはいただけませんか」


先ほどまでの王族然とした口調から、素のライア王子らしい……、と周囲から思われがちな柔らかな敬語に切り替え、切々と訴える。高貴な身の上の苦悩と人間味が醸し出され、良い感じにスパイスになるのか、真面目で想像力のある相手にほどこういう搦め手が効いたりするんだよなあ。

案の定上司さんは眉間にぐっとしわを寄せ、血が滲みそうなほど拳を握りしめた。自身の責務と良心との葛藤の末、可哀想な彼はすっと片手を上げる。


「開門!」


その一言で、成り行きを見守っていた部下達は一目散に持ち場につき、砦の通行口を開いた。教育が行き届いていて素晴らしいですね。あとで多めにボーナス出るよう取り計らっておくから期待してくれ。

すっと片手を下ろした上司さんが、俺に心配の滲む瞳を向ける。俺はそれに、しっかりと頭を下げた。


「ありがとうございます!」

「……いえ、そのようなお言葉はもったいのうございます。きっと複雑な事情がおありなのでしょう。ご武運を、祈っております」

「はい。成すべきことを、成してきます!」


そんなこんなで、敬礼をする上司さんに礼を返し、俺たちはすたこらと国境越えをした。後ろを付いてくる二人は多分それなりに神妙な心地だろうが、俺はといえばやったぜイェイイェイという心境なのは言うまでもない。

こういう対応をしてもらうとまるで俺が特別な存在のようであるし、実際そうではあるんだが、王族だったら多分誰でもまあこうだ。仮に我らが大好きお兄ちゃん、ガチャならURで集合絵ならセンター間違いなしの王太子、最強最高第一王子リザレイア様だったなら、初手「開門せよ、このリザレイアが通る!」の一言で全員両脇に整列して見送ったに違いない。普段から俺より最強主人公をしているので。

さっさと砦から距離を離し、街道沿いの林に入ったところで、先に国境越えをしていたスパイご一行が打ち合わせ通り俺たちを拾ってくれる。そこからは馬で最寄りの街までひとっ走り。

スパイご一行には俺たちが同行すると分かった時点で、カタリナさんに招待状を出していた貴族へ、今から行きま~すという内容の手紙が届くよう手配を頼んでいた。

隣町へ到着すれば、あとは招待者からの迎えを待つだけ。スパイさんご一行とは、ここであっさりお別れとなる。

無事到着した待ち合わせ場所の宿で体を休めつつ、ここで長めに足止めをくらうとまずいなあ、なんて話していた俺たちだったが、迎えは予想以上に迅速に、次の日の朝にはやってきた。

一昨日の深夜に速達の伝書鳥を飛ばし、朝には手紙が届いていたとして、そこから夜通し馬車を飛ばしてきたとしか思えない速度だ。

宿の従業員から客が来たとの報を受け、解いたばかりの荷物を慌てて纏めた俺たちは、急いで会計を済ませ宿を出た。

出入り口付近には大きな馬車がとめられ、毛艶のよい馬が桶から水を飲んでいる。そしてそこから少し離れた場所で、どう見てもやんごとない上品なドレスの女性が、側付きだろうメイドに背中をさすられて嘔吐いていた。


「ヴッ、オア……オ……オゥ……」


もうほぼほぼオットセイと言って良い。

人語を失っている女性に声をかけて良いものか迷っている我々を見かねて、馬車の陰からそうっと老紳士が歩み寄り、俺たちに頭を下げる。


「ご足労いただき恐縮でございます。我が主人は些か乗り物に弱く、このようなお姿での対面誠に申し訳ございません。しかし、クリス様は大変誠実で、思いやりのあり、素晴らしい主人でして……」


冷や汗をかきながら俺たちと主人両方に礼を尽くそうと頑張る執事らしい老紳士の様子といい、残念なものを見る目ながらも暖かく主人を労るメイドさんといい、まあ、多分、きっと良い奴なんだろうな。うん。

そんなわけで。カタリナさんを招待した隣国の若き伯爵家当主、クリス・エルピナルと俺たちは、彼女の苦悶の声をBGMに、こうして出会ったのだった。

次回更新は五月後半の予定です。

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― 新着の感想 ―
1週間ほど前に一気に最初から読み直した途端に更新が来ててビックリ嬉しい 何度も見に来てしまうホラー実況板の秀逸さよ…… 本編の主人公のぶっ飛び具合と振り回される回りをまた見れるのが楽しみです
国境顔パス王子! あとで関所の人たちに迷惑料を支払うご予定はおありでしょうか。その前に大説教ですかね。でも日頃の行いがいいからあんまり厳罰にはならない予感……ぐぬぅ。 え、少年ふたりを引率してサバイ…
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