第六章 ヴァル皇国の冥界下り 1話
第5章も終わってすぐですが、6章です。理想は今月中に書き終えてしまいたいのですが、レオ帝国でのお話のこともあるので、なんとか頑張って書いていきたいと思います。
第5章まで読んでいただいた方には絶対に楽しめるものになるので、ぜひこれからも読み続けていただければなと思います。
感想などもお待ちしておりますので、よろしくお願い致します。
英雄ヘラクロス。レオルにて国を興したのち、辿りつくはヴァル皇国であった。
ヴァル皇国、十二の国で最も星と近い国であり、その国の者は神秘を操り、その国の下には死者の魂が眠る冥界が存在していた。
英雄へラクロスとその一行は、冥界を下り、死神と対峙し、死者との邂逅を果たすのだった。
<ヘラクロスの冒険 第六章 冒頭文より抜粋>
コブラたち一行がレオ帝国を出てから七日の月日が経った。
「ハヤテは良い王として責務を全うしているであろうか」
ヤマトは自身の刀と大きな剣の二本を手入れしながら空を眺める。
「お前毎日じゃねえか」
「いや、その……やはりな。弟が心配なんだよ」
「ハヤテなら大丈夫だって言っているだろ。俺が見込んだ男だ」
コブラはアステリオスからくすねた干し肉を噛みながらヤマトの剣の手入れを眺めている。ロロンとアステリオスは辺りから薬草を取りにいくと散策に出かけ、キヨは川辺で水浴びをしていた。コブラが柄にもなくヤマトの手入れをじっと眺めているのはそれが原因であった。
「別にいいのに、そこまで気を使わなくても」
キヨは川辺から顔を出して自分に背を向ける二人に声をかける。
「キヨ。貴方は仮にも王族の娘なのですからその辺りはしっかりと――」
「そうだぞ、キヨ。王の娘たるもの、無暗に肌を晒すべからずだぞ」
コブラがわざとらしく言うのでキヨは首を傾げながら川から起き上がり、布で身体を包み、近づく。
「コブラも最初の頃はあんまり気にしなかったくせに」
布に身を包みながらヤマトの隣に座りこんでコブラと二人で挟み込むようにヤマトの剣の手入れを眺めることにする。
「まぁ、確かにな。でもそうだな。ジェミ共和国の姫様やってるお前見てからか。気にするようになったのは」
「なにそれ?」
「そうか。あそこの国のお前はキヨのお兄ちゃんだったな」
ヤマトが剣の手入れを終えて鞘に収めた後、刀の手入れを始める。
「あぁ。そういうことか。母親の裸とか見たくねえもんな」
「お前母親の裸見たことあるのか?」
「あるわけねえだろ。母親知らねぇのに。オフィックスでガキ共が言っていたんだよ」
「なるほど。たとえ血がつながってなくても、私もスタージュン夫人の肌を見るのに抵抗がある」
コブラとヤマトが納得するように頷くと、キヨだけがまだ首を傾げる。
「とにかくキヨ。君は集落育ちで敵への警戒心には優れているが、自分の身内と思ったことや、安全だと感じたものに対して少し気が抜けているところがある。気を付けたほうが良いと俺は思うぞ」
「俺も思うぞ。キヨ」
キヨは突然何かを思いついたようににやつく。
「うん。じゃあ今度から気を付けるね。お兄ちゃん」
可愛らしい声で言うキヨにコブラは身震いした。
「やめろ気色悪い」
「お兄ちゃん髪の毛拭いてよー」
キヨはコブラに甘えるような声をあげて、にじり寄る。
キヨがこのような態度でコブラに接するとコブラはいつも困った様子を見せるので、キヨはこうしてコブラをからかうのが大好きであった。コブラは何度やられてもこのキヨに慣れることが出来ない。
ヤマトが去ってからの二人のやり取りなので、彼にはまだ新鮮であり、コブラがあたふたしている様子に思わず笑みがこぼれる。
「愛されているな。コブラお兄さん」
「お前までやめろ」
「何を言う。騎士団長をやっていた貴様と私はとても馬のあったコンビだったんだぞ?」
「気持ち悪い」
コブラは二人が自分をからかうのに耐えきれなくなり、そそくさと脱出し、川の方へ走っていった。
「どこいくの? おにいちゃん」
「うるせえ! 魚でも取るんだよ」
その様子を、森から戻ってきたアステリオスとロロンが不思議そうに見える。コブラはその場から逃げるための口実で、魚を取る気などさらさらないのが、彼の川をばしゃばしゃと踏みしめていく姿で感じ取れる。
「どうしたの? コブラは?」
「なんか、機嫌損ねちゃったみたい」
キヨがケラケラと笑いながら答えるので、アステリオスはキヨが何をしたのか察して溜息を吐く。ヤマトにとって新鮮でも、アステリオスからすれば何度も見た光景であった。
「あの、キヨ。そろそろ身体も乾いたでしょう。服を着てください」
ロロンが心配そうにキヨの服を持ってきてキヨに差し出す。キヨは自身の姿を見つめ直し、自身が布一枚であることすら忘れていた様子であった。
「ありがと。ロロン」
キヨは布の中から手を伸ばし、自分の服を布の中に入れ込んで、そのまま着替えた。
「おっ! アステリオス。飯か?」
「これから調理だからしばらくかかるよ。コブラ、お腹いっぱい食べたいなら、もっと魚取ることだね」
そう言いながらアステリオスは火の用意をした。横でロロンが鉢の中で木の実を砕いている。これをとろみが出るまで砕いたものを焼き魚に付けると美味しいのである。
「あぁ。醤油がもう少しでなくなってしまう。作り方がわかっても材料がなけりゃあなあ」
アステリオスが壺の中で残り少しになっている黒い液体に落ち込んでいる。
「まだミソはあるじゃないですか」
「そうなんだけれどねぇ。どこかにあの豆ないかなぁ」
「あれはレオ帝国の土地故の者であろう。旅人である私たちには栽培も難しいだろう」
「そうだよねぇ」
「まあまあアステリオス。きっとヴァル皇国にも美味しいものはありますよ」
ロロンは落ち込んでいるアステリオスをなだめるように言いながら、すり鉢でゴリゴリと細かく砕いていく。
「そうだね! 冥府の国って言うくらいだし、珍しい食べ物あるかな?」
「ヘラクロスの冒険だったら冥府の食べ物食ったら帰れなくなるとか書いてなかったか?」
「そうだったっけ? えぇーそれは困るなぁ」
コブラとアステリオスがのどかに話している。
その様子をクスクスと笑うキヨは思い出したようにヤマトに問いかける。
「ヤマト、そのヴァル皇国って後どれくらいなの?」
「ちょっと待っててくれ」
ヤマトはちょうど手入れを終えた刀を鞘に収めた後、自身の鞄から地図を取り出す。
「そうだな。恐らく今がこの辺りだから、そうだな。ゆっくり行けば、三日後。急げば二日後には着くだろう」
「い、急ぐのや、やめない?」
「キヨ。いい加減諦めろ」
「うぅ」
「本当にお化けとか嫌いなんだな」
コブラがアステリオスが米を纏めた物にミソを塗って焼いているのを眺めながら、キヨをケラケラと笑う。
「し、仕方ないでしょう。怖い物は怖いわよ」
「そんなんでよくあの暗い集落に入れたな」
「そ、それは慣れた」
「大丈夫だキヨ。ヘラクロスの冒険も所詮は物語だ。本当に冥府の国があるわけではないかもしれませんよ」
「ドラゴンは実際にいましたけれどね」
ロロンが少し悪戯っぽく答えると、キヨは顔面蒼白になって布で身体を全て包み込んで丸まった。
「あぁーあ。ロロンがトドメさーした」
コブラがケラケラと笑う。これにはヤマトとアステリオスも思わず笑みがこぼれる。
その様子にロロンは慌てふためく。
「あっ、えっと。キヨ、ごめんなさい。冗談ですよー。冗談」
ロロンが必死に弁明してもキヨはまるで蛹のように布に丸まり、だんまりを決めていた。
キヨがうだうだと我儘を言うせいで進行が遅れた五人がヴァル皇国に辿りつくこととなる四日後。
ヴァル皇国。
「コラッ! リコリス! また勉強をサボって!」
一人の少女が町を駆ける。肌を大きく隠すようなダボっとしたローブに身を包んでいる。少女を叱る男もまたローブに身を包んでいる。
この国の人間は全員ローブに身を包み、帽子をかぶっている。
しかし、少女だけが動きやすさを意識して、帽子をかぶらず、ローブも膝の辺りまで短く切っている。
「バカ親父! クソ真面目になんか炎系星術なんか習ってらんねぇーっての!」
少女は怒鳴る男にべーっと舌を出して小馬鹿にしながら逃げてゆく。
「あっ! リコ姉さんだ!」
小さな子どもが少女を見つけて指をさして喜んでいる。リコリスはその少女にウィンクをした後、目の前にある噴水の台に飛び乗り、追ってくる父親の方へ振り返り、杖を父のほうへ向ける。
「バカ! リコリス。杖を他者に向けるのは違法――」
「害がなければオッケイ! オッケイ! さあイッツショータイム!」
リコリスが目立つように無駄なポーズを構え、杖が光り輝く。町の皆が怯え慌てふためいている。子どもだけがきゃっきゃとはしゃいでいる。
杖から放たれたのは大きなドラゴン――の幻影であった。
炎を吐くが、その炎は決して熱もなく、そのことを理解してリコリスを信じきっている子どもたちははしゃぐ。
「ってなわけで皆々様アデュー!」
リコリスは喜ぶ子どもたちに答えながら、怒り狂っているおとなたちからケラケラと笑いながら逃げてゆく。
「コラー! この落第星術師がー!」
怒鳴る父の姿など振り返らず、リコリスは駆けてゆく。
高鳴る鼓動に思わず独り言が漏れる。
「星巡りの使者が来るって聞いたから! もしかしたら! 行けるかもしれない! 冥界に!」
少女は人混みに入ってから、城に向かって走る。
その理由はつい先ほど噂で聞いた。この国に星巡りの使者と呼ばれる者たちがやってきたと言うのである。少女が父との星術師としての修行をサボるのはいつものことではあるのだが、今日ばかりはただのサボりではないのである。
己が十年以上望んでいた夢に、近づける可能性があるのだ。駆けてゆく足も自然と早くなる。
星巡り第六の国・ヴァル皇国。最も星術の研究に勤しむこの国は、国民の多くが星術を使い、星術が消えないように日々研究や研鑽を重ねている。
そしてこの国にはもう一つ特性がある。
この国の地下には、死者が眠るという冥界が存在している。
「待っていて! あなたに絶対に会うんだから!」
そしてその冥界には『死神』が存在していると言う――。