無限を貫く光
「おはよう」
「おはようございます」
翌朝、支度をして下に降りると、昨日と同じく女将が食堂で働いていた。
「そう言えば昨日主について聞いてきたけど、あんたも主に挑むのかい?」
「ええ、そのつもりですが」
「そうかい、精々頑張りな。今まで結構な数の力自慢や魔法自慢が行ったけど、みんな諦めて帰って来たよ」
おや? 帰って来なかったではなく帰って来たんだ。しかもみんな。
「では、お世話になりました。行って来ます」
事前の説明によれば、チェックアウトはこれで良いらしい。元いた世界では、宿泊施設を単独で利用する機会など無かったので、また一つ新しい体験ができた。
それは、本当に村のすぐそばにあった。
村を出て一時間も歩かないうちに、森の中で異彩を放つ建造物を発見した。
「……よし、行こう」
一応罠を警戒したが、やはりと言うべきか何も無い。
それどころか、建物内の構造も単純そのもので、まっすぐ進んだ先にそれはいた。
「マタ人間カ。懲リナイナ」
「まあ、人間なんてそんなものだから」
姿形は形容し難い二足歩行生物で、玉座のような椅子にふんぞり返っていた。
「お前達は、魔獣を使って一体何がしたいんだ?」
「知ラナイ。スベテハ、魔王様ノ意思ダ」
ああ、これは何も教えられず、ただ使役されるだけの存在か。
「人間を直接襲わせず、攻撃を受けたらすぐ逃げるのも、魔王の指示か?」
「ソウダ。我々ハ、人間ヲ攻撃スル事ヲ目的トシナイ」
じゃあその目的は? と聞きたい所だが、おそらくそこは知らされていないのだろう。
「分かった。それじゃあ、始めようか」
「来イ!」
その直後、主の周りに透明な膜のような物が現れた。
「貴様モ、コノアラユル攻撃ヲ防グ障壁ハ突破デキマイ」
「……」
コントのフリか何かだろうか。現時点で二つほど弱点が見えているのだが。
とりあえず、バリアの性能チェックを兼ねて、適当にいろんな属性の攻撃魔法を撃ってみた。もちろん、あの二つの属性は避けて。
「無駄ダ」
確かに、効いてる様子は無い。
「お前は反撃してこないのか?」
「必要ナイ。我々ハ、生キテサエイレバ、任務ヲ遂行デキル」
主も例に漏れずか。
身の安全を確認できた所で、今度はできるだけ意識を集中し、最大威力となる炎を叩きつけた。
爆煙が通り過ぎた後、そこには変わらず主が座っていた。ただし、例のバリアは見えない。
「ホウ、マサカ障壁ヲ破壊シテクルトハ」
「何だ、無敵って訳でもないのか。なら……」
「ダガ、残念ダッタナ」
次の瞬間、主は再びあのバリアを展開した。しかも幾重にも同時に。
「我ハ障壁ヲ無限二精製スル事ガデキルノダ! サア、絶望シ立チ去ルガ良イ」
なるほど、これは大変だ。僕が扱うのが精霊術でなければ、成す術が無かったかも知れない。
でも、そろそろ終わりにしよう。
「なら、これが通らなければ大人しく帰る。その障壁とやらをありったけ張っておく事だ」
「負ケ惜シミヲ」
僕はまず目を閉じ、念のため後ろを向く。
その上で、光を相手が蒸発するレベルまで集束させ、主がいる位置に向かって真っ直ぐ放った。
「ナ!……」
短い一言を最後に、主の声は聞こえなくなった。
目を開けて振り向くと、黒く煤けた玉座だけがあった。
「やっぱりか……」
透明である以上光は素通しのはずだし、会話ができてたから音も通ったであろう事も容易に想像できた。
おそらく今まで挑んだ者の中に、精霊術使いがいなかったのだろう。
「よし! この調子で次に行くか」
初のボス戦を調子良く突破し、意気揚々と外に出ようとする僕。
その視界の片隅に、ここに存在しないはずの姿が見えた。
「……どうしてここに?」
僕をこの世界に召還した彼女(以後便宜上"占い師さん"と呼ぶ事にする)が、両手で顔を覆った姿で蹲っていた。
「あ……あの……」
どうやらあの光をモロに見たらしい。そりゃ目がピンチにもなるだろう。
「そのまま目を閉じてて良いから、話を聞かせてくれないかな?」
「は、はい」
「何があったの? もしかして、帰る方法が見つかった?」
「いえ、そう言う訳では……」
おや? どうしたのだろう。
「それが……私にもよく分からないんです。あなたを追いかけなきゃいけない、何故かそんな気がして」
つまりは心配されてるのか、まあそれは仕方がない。
「そっか。でも、今のを見てたなら分かってくれたと思う。僕は大丈夫だから、君はすぐに戻って、君にしかできない役目を果たして欲しい」
「……」
「本当に大丈夫! 少なくとも、僕の身に危険が及ぶ事はないから」
「……分かりました」
「うん。それじゃあ、お互い今できる事を頑張ろう」
「はい」
こうして占い師さんは町に帰り、僕は次の目的地に向けて歩き出した。