旅立ち、初日
魔法なんて力が使えるようになると気が大きくなり、外に出るのがが怖くなくなった。加えて、魔獣や魔王に立ち向かう事への不安も、日に日に薄らいでいった。
「そろそろ魔王の元に向かおうと思うんだ」
「そうですか」
「それで、まずは情報を整理しておきたいんだけど」
「分かりました」
それから僕と彼女で、地図を確認しながら、魔王がいるとされる場所への道のりを確認する。
その道中で二ヶ所ほど、主が居を構えているとされる所を通過するようで、僕は実戦を経験する意味で立ち寄る算段を立てた。
「出発は明日にしよう。準備を手伝ってくれるかな?」
「はい」
翌日
「お忘れ物はありませんか?」
言われて、一応所持品を確認する。保存が効く携帯用食糧が約三日分。無駄遣いしなければ数日は凌げるらしい路銀。よし、ちゃんと用意してもらった物は持っている。
「大丈夫。後の事は頼んだよ」
「はい、お任せ下さい」
「それじゃあ、行って来る」
「行ってらっしゃいませ」
快晴の朝、こうして僕は魔王討伐の旅を開始した。
ちなみに彼女にはここに残ってもらい、引き続き僕が元の世界に戻る方法を探してもらう事にした。
予定では、最初のチェックポイントとなる村には今日中に辿り着くはずだ。
「あっ」
その道中、あの時と似たタイプの魔獣と遭遇した。どこかに向かう最中らしく、まだこちらには気づいていない。
「よし」
意識を集中させる。ここで使うのは、周囲への影響が少なく高い威力が出やすい雷の魔法。
「……はぁ!」
いわゆる呪文詠唱は必要ないが、どうしても最後の起動時に声が出てしまう。
魔法はちゃんと発動し、かなりの音と共に小規模の雷が魔獣に向かって落ちた。
「――――!!」
魔獣は仰け反りしばらく蹲っていたが、ヨロヨロと立ち上がると、向かっていた方とは逆方向、すなわち僕が向かう方向に走り去って行った。
「ん?」
魔獣の行動に違和感を覚えたが、ここで考えていても仕方が無いので、先に進む事にした。
それから数度魔獣が現れその都度攻撃したが、やはりこちらに向かって来る事なく、全て逃げていった。今まで考えもしなかったが、魔獣の生態には何かあるのかも知れない。
目的の村に辿り着いたのは、空が赤くなり始めた頃だった。今日はここで一泊しつつ、この近くにいる主についての情報を集めるつもりだ。
適当に予想を付けて大きな建物に入ってみると、予想通りそこは食堂兼宿泊施設だった。
「いらっしゃい。旅の人かい?」
「はい」
利用客はあまりおらず、給仕をしているらしい女性が応対してくれた。
僕は大人しく案内を受け、適当に食事を注文した。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
料理はスパイスの効き具合が特徴的で、割と好みの味付けだった。
「味はどうだい?」
「美味しいです」
「そうかい、それは良かったよ」
給仕の人も暇なのか、僕に話し掛けて来た。
「あの、お聞きしたい事があるのですが」
それなら好都合だ。まずはこの人に聞いてみる事にしよう。
「おや、何だい?」
「この村の付近に、魔獣の主がいると言う噂を聞いたのですが」
「ああ、いるねぇ。ここからちょっと森に入った所に」
すぐそばにそんな物騒な存在がいるにも関わらず、この人の表情に恐怖や不安は感じられない。
「こんな近くにいて、危なくはないのですか?」
「それは無いみたいだよ。むしろ人の多い街なんかの方が被害は大きいって話さ」
つまり魔獣は、本能に従って手当たり次第に荒らしている訳ではなく、主の支配によって統率の取れた動きをしている事になる。
「それに魔獣は、人に直接被害を与える事はまず無いしね」
やはりそうだったのか。でもならば、魔王は主や魔獣を使って何がしたいのだろう。
「なるほど、ありがとうございました。ところで、ここの宿を利用するには、どうすれば良いでしょうか?」
「毎度あり。私が受付をやってるよ」
この人は宿の女将だった。食堂の給仕は兼任しているだけだそうだ。
チェックインを済ませ、借りた部屋で一息つく。
「本当に良く分からない相手だな。主に会えば、少しは明らかになるだろうか……」
これから相対する者への深まる謎を抱えつつ、僕は宿で一夜を過ごした。