本来の目的
「そうですか、魔獣を……」
畑で魔獣と遭遇した僕は、彼女の家に逃げ帰った後、外に出る事はなかった。
そして今、帰って来た彼女と夕食を囲みながら、今日の出来事を報告していた。
「あれを見て思ったんだけど」
今日の経験から僕は、ある予想が脳裏に浮かんでいた。
「もしかして、元々僕じゃない誰かを呼び出そうとした理由って」
「はい。お察しの通り、あの魔獣達、そしてその後ろにいる魔王を対処していただく為でした」
魔王なんているのか。一体この娘はどんな人を呼ぼうとしてたのだろう。
「その魔王は、警備の人達とかじゃ何とかできないの?」
「はい……」
そこからちょっと長くなった話をまとめると、だいたい次のようになる。
そもそも魔王は数年前に突如現れ、世界中の人々に宣戦布告した後、魔獣とそれを統括する通称"主"を送り込んで来た。
そしてこの世界の人類では、魔王はおろか主すら倒せないのが現実だった。
そこでこの国は、長らく忘れられていた古の儀式で異界より勇者を呼び出し、現状を打破する方法を選択した。
「そこで私がその儀式を請け負ったのですが、このような結果になってしまいまして」
「なるほど。そちらの事情はだいたい分かったけど、呼んだ異界の人がそんな勇者になれる程の強さを持ってるとは限らないのでは?」
「古い資料によれば、正しく呼び出された者は例外無く勇者たる力を備えている、とあります」
「正しく呼び出された、ね……」
「はい。元々別の方に夢と言う形で事前に交渉を行い、こちらにお越しいただく手筈になっていました」
「で、どうするの? 改めてその儀式をやるの?」
「それはできません、あの儀式は準備にとても時間がかかるんです。今から始めたとしても、次に執り行えるのは、早くても一年は先になります」
一応確認した所、こちらの世界の一年はちょうど三百日なのだそうだ。分かりやすくてちょっと羨ましい。
「そっか……」
こちらが被害者とは言え、そんな事情を知ると少し同情してしまう。
「僕に力があればその人の代わりにやってあげたいけど、残念ながら僕は無力だ。今日だって、魔獣一匹相手に逃げ帰るのが精々だった」
それに帰れるまでずっとヒモなニート生活と言うのも退屈だ、なんて思いから、そんな言葉が思わず口に出た。
「それは分かりませんよ。あなたにだって、まだ表出していない才能があるかも知れません。何なら見てみましょうか? 私、占術は得意なんです」
「占いでそんな事ができるの?」
「はい。占術とは具体的には"見えない真実を閲覧する"魔法です。不確定な未来とかだと結果が安定しませんが、すでに決まっている事象なら、わりと正確に導き出す事ができますよ」
そう言って彼女は、初日に出したあの光の球を再び手元に出現させた。
やっぱりあれは魔法だったのか。
しばらくの間沈黙が続き、そして……
「なるほど。どうやらあなたには、精霊術の素質があるようです。しかもかなりはっきり見えるので、強い能力があるはずですよ」
「精霊術、つまり自然現象を操作する魔法、って解釈で良いのかな?」
「はい、その通りです」
「僕にそんな力が……」
そもそも僕がいた世界に魔法なんて無かったので、当然今は何一つ使えない。
「どこかに使い方を教えてもらえる場所は無いかな?」
「基礎的な部分なら私がお教えできますが、実戦で役立つ技術となると、やはり然るべき機関で学ばれるのがよろしいかと」
「いや、まずは君から教わりたい」
正直な話、しばらくの間はできるだけ外に出たくない。
「そうですか。それでは明日までに、精霊術についての資料を用意しておきますので、頑張りましょう」
「うん、よろしく」
結論から言うと、意外な程あっさり習得はできた。
その翌日から魔法を行使するための理論と感覚を教えてもらうと、その日のうちに魔法で蝋燭に火を灯せるようになった。
しかし、順調なのは初日だけだった。
使える魔法の種類は比較的容易に増やせたが、精度や威力の向上に手間取り、実戦で活用できるレベルまで仕上げるのに、実に十日を費やした。
彼女にすれば、それでも驚異的な成長速度なのだそうだが。