人違いで召還された男
「ようこそお越し下さいました」
「……ここは?」
僕は昨日の夜、いつも通り自分のベッドで眠ったはずが、眼が覚めたら見知らぬ場所にいた。
ベッドも布団も無い、硬い床の上で身を起こし、改めて周囲を確認する。
青空の下、石の床に石の柱が四方に見える。遺跡か神殿跡を思わせる場所に、僕ともう一人。
「ここは、―――の祭事場です」
まだ幼い女の子の声。言葉は通じてるっぽいのに、一部が聞き取れない。
その姿はやっぱり小さく、全身をすっぽり覆う、見た事の無い服を着ている。
「君は?」
「申し遅れました。私は―――と申します」
また聞き取れない部分があった。いわゆる固有名詞が引っ掛かっているようだ。
「どうして僕は、今ここに?」
「それは事前にお伝えしたかと……あれ? まさか!」
少女が正面に両手を出すと、そこに突然光る球体が現れた。
何も無い所から突然出て来たけど、あれ何だろう? 魔法のようなものかな?
「え~と……あ、やっぱり! 違う人を召還してしまいました!」
巻き込まれ事故だった。
「……じゃあ帰して欲しいな」
「申し訳ありません、それが出来ないんです……」
どうやらこちらに引き寄せる術はあるが、あちらに送る方法は無いらしい。
「……つまり僕は、もう帰れないのかな?」
「もちろん、私が必ずその方法を探し出します。ですからそれまでの間、どうかお待ち下さい」
「それしか無いみたいだね……」
こうして僕の、どことも知らぬ地での生活が始まった。
召還ミスに相当責任を感じているのか、こちらでの僕の生活は、彼女が全面的に面倒を見てくれる事になった。
「ふつつか者ですが、これからよろしくお願いします」
「こちらこそよろしく」
「ところで、お名前は何と仰るのですか?」
「それは、聞いても無駄だと思う」
「どう言う事でしょう?」
「なぜかこうやって普通に会話できてるけど、どうやら固有名詞だけは翻訳されないみたいなんだ。だから、君の名前やここの地名は聞き取れなかった」
「……そうでしたか」
「気を付けてさえいれば不都合は無いけど、そんな理由で名前は伝えられないんだ」
「分かりました」
その後これからについて話し合い、その結果彼女の家の一室を住居として借りる事になり、名前に関しては保留となった。
その日の夜は急変した環境に疲れ、自室に入るとすぐに眠った。
そして翌日……
「足りない物がありましたら、何なりとお申し付け下さい」
「スマホ、パソコン、マンガ、ラノベ……」
「え? 今何と?」
「いや、何でもない。それより、僕の帰り方の調査を頼んだよ」
「もちろんです。それでは行って参ります。あと、貯蔵庫の中の物はご自由にお召し上がり下さい」
そう言って彼女は仕事に、そして僕が帰る方法を探しに出て行った。
ここに来て驚いたのは、そこそこ広いこの家に、彼女は一人で住んでいる事。さらに、ああ見えて彼女はすでに成人しており、僕の世界で言う役場のような所で働いていた事だ。
対する僕は、当然ながら異世界でやる仕事なんて無い。
さりとてじっとしているのも暇なので、僕は散歩に出る事にした。
ぱっと見た感じ、文化的にはちょっと昔の欧米のイメージ。いわゆるファンタジーもののアニメやゲームで見るような町並みが広がっている。
人も皆穏やかで、至って平和な雰囲気。
「南の畑に魔獣が現れた。誰か警備隊に伝えてくれ」
いかにも大変そうな伝令にさえ、緊張感は感じられない。日常茶飯事で慣れてるのか、もしくはここの人達の気質故か。
何となく危険な気がしなかったのと、元々暇だったのもあり、僕はその畑を見に行く事にした。
「……え?」
畑に到着してすぐに、僕は数十分前の自分の判断を後悔した。
あれは、間違いなくダメなやつだ。
虎程の大きさがある四足歩行の生き物が、畑に生った野菜を一心不乱に貪っている。
今は周囲に見向きもしないが、いつこっちを向くか分からない。
「よし、帰ろう」
あんなのに襲われたらひとたまりもない。僕は即座に踵を返し、自室で少し遅めの昼食を採って、気持ちを落ち着かせる事にした。