第四話・母親は無敵
私が示したサフィール誕生の真実にその場に沈黙が訪れた。
あれ、おかしいな。マーシャの視線が批難を孕んでいる気がする。
一方、愚物1号は顎が外れんばかりに驚愕の表情を浮かべてるし、2号は顔を真っ赤に染めている。
仕方ない、空気を変えるために追加情報を加えるか。
「ちなみにサフィールが生まれたあと、母上は『次は女の子が欲しいわ』と言って私とサフィールが寝ている部屋の椅子に……」
ふいに部屋の中の空気がズンっと重くなり、私は言葉を止めた。全身から汗が出る。
ギギギと音が出そうな首を逸らし、視線を入り口に向ける。
「ねぇ、アレキサンドルちゃん、何を発表してるのかしらぁ?」
「ひいっ!!」
立っていたのは顔面に満面の笑みを貼りつけたアレキサンドルとなった私の母・オパールだった。
「わたくしと旦那様との『麗しき愛の劇場』を廃棄予定の汚れた愚物や純真無垢なサフィールに聞かせるなんて、だめでしょ?」
貴方が父上と長椅子で及んだことは駄目な事じゃないんですか、とは言えなかった。
麗しい笑顔から発せられる逃げられないほどの圧にコクコクと壊れた人形のように頷く事しか出来ない。
「うふふ」
怖い、めっさ怖い。
母上はしゃなりしゃなりと優雅に近づいて来ると、サフィールにすがりついたままの2号の手を持っていた扇ではたき落した。
「いつまで汚い手をわたくしの可愛い吾子に触れさせているのかしら、万死に値するわ」
手をはたき落とされた女は何か喚こうとしたが、そうする前に母上の後ろから出てきた侍女頭を筆頭とした侍女集団によって抑えつけられた。
母上はその様子を冷たい視線で押さえつけられている女を見てから、手にしていた扇を侍女頭のカーチェに「廃棄を」と言って渡す。
彼女もそれを先読みしていて受け取ると同時に新しい扇を手渡した。
母上は私とサフィールの前でしゃがみこむとその腕で私たちを抱きしめた。
「わたくしが宣言します。貴方達はわたくしの腹から生まれた子供であることを」
公爵夫人としての威厳に満ちた声にくすぐったさを感じる。彼女は一度強く抱きしめたあと、あらためて私の顔を覗き込む。
「魂の目覚めは無事行われたようですね。今までの記憶はどうなっていますか?」
こちらを探ろうとする眼差しに、意識の薄い状態でも母親としてずっとアレキサンドルを見守っていた彼女の姿を思い出す。
前世の家族も新しい家族も愛に満ち溢れている。私は家族運に恵まれている。
「目覚めた時に合体したみたいです。母上や父上、サフィールやパメラも前世の家族と同様に守るべきものだと思えます」
まっすぐ見返して答える私に母上は「ふふふ」と笑った。
「あなたはまだ小さいのですから、今はわたくしと旦那様に任せておきなさい」
小さなキスとウインクをくれる彼女に私も微笑み返す。
「では大きくなったら、私が父上と共に母上と弟妹を守ります」
「ぼくも大きくなったら母上と兄様たちを守ります」
私の宣言にサフィールも追随する。
……愛理、お前の推しは天使だぞ。
母上はこの上なく満足した顔で頷いた後、ゆっくりと立ち上がった。
視線を移すといつのまにか現れていた警備兵たちにより騒動の原因の二人は綺麗に縛り上げれていた。縛り方が前世でも漫画やエロ本でしか見たことのない型になっていたのはご愛嬌なのだろう。
縛られている二人の横では穏やかな表情の当家の執事・ブライアンが恭しく頭をさげていた。
「さて、家族の関係を乱そうとし、愚にも当家を陥れようとした道化を演じてくださった廃棄前の愚物には十分にお仕置きをしなくてはいけませんわねぇ」
扇を開いて口元を隠す母上に、執事は盆の上に乗せた封書を差し出す。
「奥様、旦那様より『外部は一掃するから屋敷内の害虫は君に好きなように』との伝言です」
手紙の中身は正式な全権委託の書類だったようで、確認を終えた彼女は封筒の中に手紙を戻し、鷹揚に首肯した。
「では旦那様に『承りました。帰ったらサフィールが誤解しないぐらい熱い夜を過ごしましょう』と返しておいて」
「かしこまりました」
ブライアンに指示を出した母上は、今度は視線をマーシャに向ける。
「二人を書庫へ。付き添いはアダムスとリグル。カーチェ、あなたもサポートに入りなさい」
名前を挙げられた全員とマーシャはお辞儀で答えると、私とサフィールを書庫へ連れ出したのであった。