第ニ話・簡単な情報収集
転生の理由と経緯は思い出せた。
しかし、何故乙女ゲーの悪役令嬢転生なのかが解せない。初っ端暴力宣言したことへの嫌がらせか、親友・愛理と同じ世界に行くよう手配してくれた結果なのか、はたまた順番手配による偶然なのか。
(ブラック企業な神様の様子からして、三番目の理由が正解な気がする)
私は大きく伸びをしてからベッドから降りた。
5歳児の体のためよじ降りる形になったのは御愛嬌。ベッドの脇に置いてあったスリッパを履くと、部屋の扉を開けようとした。
(ノブまで、手が、届かんっ!)
当たり前だがドアノブは大人が使用することを前提に付けられている。実際、『私』が覚醒するまでのアレキサンドルが移動する際や、弟が見舞いに来る際などにはメイドに扉を開けさせていた。
(これじゃ書斎や書庫に勝手に行く事は不可能だな)
出来ない事に拘っていても時間が無駄になるだけだ。
私はぐるりと視線を巡らせた。先程おりたベッドの向こうに小さめのライティングデスクのセット。その横に棚が設置されている。
トコトコとずいぶん小さくなった歩幅に四苦八苦しながら近づくと、やはり本棚だ。
まずは一番下の一番左端から本を取り出した。
『魔術の知識・入門編』
‥‥字は読めるようだ。
内容は魔法を使うための注意点、自分の中の魔力を理解し伸ばす方法、初期魔法の種類と呪文、呪文が恥ずかしいと感じる人のための無詠唱魔法の取得方法など多岐にわたっている。
注意点で一番大切なことは幼少期は魔力枯渇はなるべく起こさないようにすることだろう。魔力が枯渇するとある程度回復するまで体力と生命力が削られる事になる。大人だと問題ないが、体が小さいうちは免疫力がさがり、身体の成長が阻害される。つまり病弱で身体が小さい大人になるということだ。それ以外には室内で魔法の練習は控えろとか、攻撃魔法の練習をする場合は周りの人に迷惑をかけないように、など道徳的なルールが大半を占めている。
逆に魔力を理解するのは推奨されている。自分の魔力を理解できれば枯渇を起こす手前で鍛錬も止められるということだろう。やり方は座禅の瞑想に似ている。
呪文は……まあ、何というか厨二病おつ、とだけ言っておく。愛理だったら喜んで唱えそうだが、私には無理だ。
ゆえに最後の無詠唱魔法が必須となる。これ開発したやつ必死だったろうな。やる事は呪文の時無意識で行う魔法放出のイメージを意識してコントロールすること。最初の内は呪文ありの場合の5割ぐらいの威力しか出せないそうだが、最終的には9割以上の力を発揮することが出来るそうだ。
(自分の魔力感知は寝る前にでもやるか)
読み終えた本を戻し、右隣の本を取り出す。
『グレンフィア王国建国記』
絵本仕立てではあるがこの国の成り立ちをえがいている。
物語の中には現在、国の中枢を担っている公爵家・侯爵家の初代当主が登場する。彼らは主人公である建国王を支え、守り、邪気によって狂った魔物を排除しながら、安寧の地を探し続ける。最終的には巨大な邪気溜まりになっていた場所を浄化することに成功させ、そこに集落を作ったことが国の始まりとなる。
ありきたりな英雄譚だったが、文章の出来が良くふんだんに使われた挿絵の効果もあり一気に読めてしまった。
(次は……)
読んでいた本を戻し、次の本を取ろうとした所で、入り口から言い争う声が聞こえた。
片方は私の記憶にある侍女のマーシャ。20歳になったかなってないかぐらいなのに丁寧に意識の薄い私の世話をしてくれている。
文句を言っているのは男女の二人組みだろうか。小馬鹿にした口調で意識のない私の部屋に誰が入ろうが問題ないとぬかしている。
いや、意識が薄い人間だから問題があると思うのだが。
結局、二人に押し切られる形で無遠慮に扉は開いた。
「当主嫡男の部屋に入るのに、ノックも確認もなしとは当家の使用人のレベルは低いようだな」
押し入ってきた男に対し、辛辣な言葉をぶつける。
入って来た男女とマーシャ、そして男女に連れられた少年の目がこれ以上ないほどに見開かれた。
「兄様……」
少年が私を呼ぶ声が、シンとした室内に響いた。