第二十四話・三下役者たちへの芝居4
年末年始で更新が不定期になります。
ラレックさんの言葉通り、あまり時間を置かずに馬車の音がした。
現れたのは4頭立ての豪奢な馬車で、その扉の部分にはパージェンシー家の紋章が描かれている。
往来で止まっている辻馬車と王都を守る警備騎士隊の姿に馭者は不審そうな顔をしたが、その中から私とラレックさん、マーシャの顔を見つけ馬車を停車させた。
「どうした?」
馬車の窓が開き、父上が顔を出す。馭者は雇い主である公爵に私の存在を示す。
「アレキサンドラ!!」
父上の呼びかけに手を振って応える。私の横ではマーシャとアイリスが並んで頭を下げ、エリシアさんが後見人の態で私の後ろに立っていた。
馬車の扉が開き、父上が駆け出してきて私を抱き上げる。
「久しいな、領地からここまでは遠かったろう、先生にご迷惑は掛けてないな」
その問いかけとともに、彼はぎゅうっと私の体を抱きしめる。
「かわいい、眼福」
おい、おっさん。不穏当な言葉を耳元で囁くな。
「お久しぶりですわ、お父様!どれだけ遠い道も、みんなに会えると思えば遠くありませんわ」
とりあえず、再開の言葉を感動しているように発してから、
「父上、エリシアさんのことですが」
と同じく耳元でつぶやく。
「カーチェより報告を受けている。世の中狭いものだ」
今度は先程の甘ったるい声でなく、公爵としての毅然とした口調で答えてくる。いつもこれならカッコイイと思うんだけどな。
「旦那様、独り占めはズルいですわ。わたくしにも愛しい『娘』を抱っこさせてくださいまし」
母上が父上の腕を掴んで、ねだる。
「お父様、わたし達も姉様にご挨拶したいです」
「お父様だけズルいです」
天使達も到着して、父上のズボンを引っ張っている。
「おう、悪かった。悪かった」
父上は鷹揚な態度でこれに答え、私を彼らの前に降ろした。
「「姉さま、可愛い」」
「サフィールも、パメラも、可愛い」
天使の褒め言葉に、私も笑顔で返す。
二人は天使の笑顔のままぎゅーっと抱きついてくる。
「アレク兄様、任務お疲れ様でした」
「嫌なことされませんでしたか?」
それぞれ小さな声で労ってくれる。
「三下役者相手だからね、こちらの思い通りによく踊ってくれたよ」
私の回答に二人は楽しそうに笑ってくれた。
「わたくしの可愛いアレキサンドラ、お顔をよく見せて」
「はい、母様」
二人を抱きしめたまま、顔をあげると母上は悠然と微笑み、纏めて抱きしめてきた。
「あと、もう少しです。気を引き締めましょう」
「はい、母上」
確かに三下役者相手だろうと最後まで気をつけなければならない。
「ところでアレキサンドラ、君たちは何でこんなところで止まっていたんだい?」
父上が周りをぐるりと見渡してからこちらに訊いてくる。
その言葉に、老騎士が前に出てきて一礼のあと、説明を開始する。
「ご令嬢は誘拐犯と思われる人物と乗り合わせてしまったようです。まあ、誘拐自体が誤解であることが先程判明したのですが」
と、前置きしてから続けられた説明に、父上と母上は渋い顔をした。
ちなみに下着散布事件はないことにされている。
「いくら主神様がついているとしてもやはりこちらからの護衛を送ってからこちらに来るべきだと……心配した通りに巻き込まれてるではないか」
父上の表面上の叱責に、私は小さく、しかし他の人にも聞こえるように「ごめんなさい」と謝る。
「でもお兄様に早くお会いしたかったの」
と涙目で見上げれば、父上は「むむむ」と唸ってから仕方ないなあと叱るのを止める。
「パージェンシー公、少しお聴きしてもよろしいですかな?」
「ベルフェンド卿。何かありましたかな?」
父上と老騎士さんは知り合いのようだ。そういえば、お祖母様の顔を知っていたのだから、知己であるのは当たり前か。
「何故、ご令嬢だけ一人で領地に?そしてどうしてこの少人数で移動されていたのですかな?」
老騎士さんの問い掛けに父上は困った表情で私の横の主神を指差した。
「どちらの答えも、アレキサンドラが称号『主神のお気に入り』を持ち、ボードにて意思疎通ができる事が原因ですよ。
下手に帝国の主神教神殿に知られれば誘拐されかねない。なのにこの子は主神様の知識を駆使して、大人顔負けの行動力を示す。
アレキサンドラが、先生と共に王都に着いたのを知ったのはつい先程です」
ふぅ、と溜息をつく父上に老騎士は慰めるようにぼんぽんと肩を叩いた。