第一話 ブラック企業な神様
目を覚ますと見知らぬ天井が見えた。
いや、『私』の記憶にないだけで、この瞳を持つ人物には当たり前の風景のようだ。
『私』の記憶を探る。大野木晶。最期の記憶が確かなら享年17歳。親友とともに事故にあい死亡したと思われる。
今度は私の記憶を探る。アレキサンドル・パージェンシー。パージェンシー公爵家の第一子。
ん?パージェンシー……って、愛理がやっていたゲームに出てくる公爵令嬢の名字だよな。たしかアレキサンドラ・パージェンシー、名前の最後の一文字が違うが、関係ないとは言い切れない。これが巷で噂の乙女ゲーの悪役令嬢転生というものだろうか。
しかし……
「ついているものは、ついているな」
パンツの中を確かめると、年相応に小さくなったものがついていた。これ、元の年齢になったら晶と同サイズに戻るよな。顔は美女だったがそれなりに立派だったことが、仲間内で自慢だったんだが。
大事なことだが、それよりも状況を理解しなければならない。
目を閉じて両方の記憶を探る。ふと、むかつく顔が思い浮かんだ。
【やあやあ、こんにちは。神だよ】
赤い視界の後、一瞬意識が途切れる。
次に意識が戻ると果てしない白い空間におり、金色のさらさらヘアと水色の瞳を持つ年若い男がこちらを見下ろしていた。
「投げて・蹴って・打って・撃ってもいいか?」
【開口一番で神に対する暴力予告、ありがとう】
登場の仕方にむかついたので聞いてみると、自称・神は冷や汗をかきながら礼を言ってきた。
【まあ、とりあえず、お約束の口上を。
大野木晶くん。あなたは交通事故により死亡しました。これは神が定めた寿命ではありませんので、地球世界での転生処理までに100年ほどの時間がかかります。
現在、無意味に魂を待機させておくのはもったいない理論のもと、転生をつかさどる神グループは突発死人を集めて、いろんな別世界への転生ツアーを実施ています。
これは、希望者のみが対象なのですが、地球世界への転生処理までの間、別の世界で人生楽しんでみませんか?】
……いったいなんの、押し売りだ?
それに、色々突っ込まなきゃいけない内容があるような。
「神の定めた寿命じゃない『突発死人』って……」
こういうのって神がやらかして死亡するとかじゃないのか?
でも、そうするとあの場でほかに死んだ人間は全部突発死人なんだろうか。
【文明の発達による弊害でねえ、交通事故とか、飛行機事故とか、そういうので死ぬ人達ってその機械に乗ってなければ、巻き込まれなければもっと長生きできるようになっていたの。
で、寿命の年数が狂ってくるから、転生の処理も普通よりも時間がかかるんだよね】
予測はおおよそ当たっているらしい。と、なるとこれはマジものの救済処置か。
「戦争とかは?」
【戦争が起こった時点でその国の人間の寿命を書き換えるから、あんまり突発死人は出ないかな】
「海難事故は?」
【人間ってかなり昔から船に乗ってるから、それを踏まえて寿命換算してるんでこちらもオールオッケイ】
つまり、車による事故・飛行機による事故のみ適用ってわけか。
【ちなみに転生を選択しない場合は、僕たちのしもべとなって働いてもらうことになるかな】
なんか、今、不穏な言葉を聞いた気がする。表情をこわばらせて『自称』神を見るとにっこりと微笑み返してくれた。
「そっちを選ぶやついるのか?」
震える声で聴くと、彼は楽しそうに
【聖職者や自称聖職者が選ぶね。だけど『自称』さんは途中で泣きながら転生させてくれってお願いしてくる】
と、告げてきた。
本当の聖職者はどうやらブラックだろうが、試練と思って喜びながら奉仕するんだろう。
しかし、半端な覚悟で答えた奴は耐えられない。
「その場合……」
【あはは、自ら望んで希望した人間、逃がすわけないじゃないか】
目の光彩が消えた神など見たくなかった。
もしかして、この選択って神が自分のしもべを作成するためのブラフじゃないだろうか。
「転生選択する」
結論付けた私に神はタッチパネルの画面のようなものを提示してきた。
【生まれ変わる世界は選択できないけど、とりあえず、行く世界の概要はお知らせするよ。きちんと見ておいてね】
タッチパネルを操作して内容を確認する。
行く世界は魔法・剣術の世界で、文明程度は中世ぐらい。生まれ変わる国は王制をとっている国で、転生者に寛容……何度も転生者を受け入れてる国か。
それから、どうやら貴族階級に生まれ変われせてくれるらしい。名前までは表示していないが。
【あと、記憶が戻るタイミングだけど生まれてすぐ・5歳の誕生日・6歳から10歳までの強制外部刺激・11歳から15歳までの突発性外部刺激が選択できるけど】
つまり今から生まれるわけか。
生まれてからすぐ記憶があるっていうのは、授乳に、おしめの羞恥プレイを体験だよな。
後ろ二つの外部刺激って、転生物でよくある頭をぶつけるとか、高熱がでるとかかな。
これって実質、一択じゃないか?
「5歳で」
【無難な選択だね。この間の中年のおじさんなんか、『合法赤ちゃんプレイだ』って言って生まれてからすぐを選択してったのに】
変態と一緒にしないでくれ。なんか膝から頽れそうになった。
【じゃ、処理完了。今から転生させるけど、何かききたいことは?】
神は邪気のなさそうに見える笑顔で、訪ねてくる。
最後の質問か、それなら。
「俺と一緒に現場にいた及川愛理はどうなった?」
守れたのだろうか、それとも。
神は顔を曇らせ、小さくつぶやいた。
【向こうで、会えるよ。きっと】
その答えとともに足元に穴が開く。落下する。
それよりも、さっきの答え。
私は彼女を守れなかったのか。
もし、向こうであったら謝ろう。
守り切れず、ごめんと……。
神様は必至に働いています