閑話4の3・わたしの逃亡の結末(アリエラ視点)
わたしは鞄の中で息を殺している。鞄の中、静かにしていればかわいー熊のぬいぐるみに見えるはずだ。
偽装魔法の精巧さは神官さんのお墨付き。重さも重力魔法で軽くしてある。鞄の中から聞く神官さんの演技は緊張の中で不自然さが、動揺のせいで虚勢を張っているように映るというミラクルを起こしている。
通用門を出てしばらく経った場所で荷物はゆっくり降ろされた。
そして
「もうすぐ馬車が来ます」
鞄の口が開き、声がかけられる。
「ナイスタイミングだ。もうすぐ部屋に置いた人形の擬装が解ける。したら、絶対、騒ぎになるし、追ってくる。どれだけの時間と距離が稼げるかが勝負だ」
わたしは熊のぬいぐるみのまま鞄から這い出る。重力魔法をかけたまま神官さんに抱っこされれば、大きな『ぬいぐるみを手放せないイタイ神官』の出来上がり、と。
「ところで、神官さんはどこに逃げようとしてる?そこはパージェンシー公爵の屋敷より近い?」
わたしの問い掛けに彼女は首を傾げながらも答えてくれる。
「行き先は私の所属する転生神殿の本拠地であるダブリナル神殿です。ここからだと少し遠いですが、孤児である私にはそこ以外頼る場所がありません。
パージェンシー公爵さまのお屋敷は少し方向がズレますが、目的地の三分の一ぐらいの距離です」
わたしは考える。
パージェンシー公爵の『子供』が『しんゆー』であるとして行動するのは無謀な賭け。だけど、前世から自分を助けてくれた『勘ちゃん』が、これは正しい選択であると豪語している。
ならば、自分はそれに従おう。
「じゃあ、パージェンシー公爵邸に向かおう。それが正しい選択」
わたしの出した答えに彼女は目を丸くしたが、自信に満ちた眼差しで返すと「わかりました」と納得してくれた。
……彼女の心の平穏の為にも『勘ちゃん』の事は解決するまで黙っておこう。
馬車は定刻通りに来た。
定期の辻馬車ではなく、タクシーのように行き先指定ができるものだった。
「神官様、お乗りください」
馭者は神官さんの知り合いのようで、わたしの格好に突っ込むこともなく、馬車の扉を開け促す。
「マケビットさん、行き先をパージェンシー公爵邸に変更してください」
急いで乗り込み、いきさきの変更を告げる。彼は「任してください」と返すと馬車の扉を閉める。
程なくして動き出した馬車の中で、わたしは熊の着ぐるみを脱いだ。
改めて見ると、1日で作成したとは思えないほどの出来栄えだ。裁縫が得意とは聞いていたが、舌をまくほど。
「どれぐらいで追手がかかると思いますか?」
馬車の中で不安そうにしている神官さん。
「短くて今から30分程、長くても恐らく1時間もかからずに出てくるねー。
辿り着ければ御の字。合流出来れば最強。気づいてくれなけりゃ敗北だ」
現実はいつだって厳しい。だから知識を深め、反復して、勘を鍛える。
と、ふいに馬車が止まった。外で馭者さんが誰か女の人と話をしている。
誰かが乗り込んでくるようだ。
神官さんが最悪を考えて、顔面蒼白になっている。
馬車の扉が開くと乗ってきたのはお仕着せを着たメイド姉妹だった。
「よかったですな。実家からの迎えの先触れだそうですよ」
馭者はそういうと、再度、ドアを閉めた。
神官さんは怯えながらも、わたしを抱きしめている。
「転生神殿の神官・エリス様とアリエラ・ブリメイラ様ですね。私、パージェンシー家侍女・マーシャ・オブライエンともうします。こちらにいるのは、当家の嫡男・アレキサンドル様です」
勝ったの、かな?
わたしは呆然としている神官さんの腕から逃げ出すとその人物の前に立った。
メイドの『少女」は強張った表情でわたしを抱きしめる。
「無事で良かった、親友」
「可愛い格好してるじゃないか、しんゆー」
あはは、わたしは勝負に大勝したらしい。
私たちの態度に彼女達が味方だと理解した神官さんは安堵でへなへなと腰を抜かした。
「さあ、時間がありません。追手を誤魔化すためのブラフをつくりますよ」
メイド(本物)さんはそういうと空間魔法で色々なものを出してきた。
なるほど、これはこれは。
わたしはニッコリ笑うと、
「じゃ、それ着るから、さっさとストリップしてくれ、しんゆー」
と彼が着ているお仕着せを示すと、しんゆーは嫌そうな顔をしながらそれを脱ぎ始めた。