第九話・妹は同級生
前世の私の苗字を呼んだ妹に、私は大きく頷いた。
知り合いなのは間違いない。あとはどれだけ親しくしていたかに対応は左右される。ただこの子か、愛理でない事は判る。
「同じクラスだった神田えみりです……今はパメラ・パージェンシーです」
聴き覚えのある名前が出てきた。何時も図書室で真面目に勉強する小さな背中を覚えている。ダイエットなんかでなく、明らかに栄養が足りてなくて細かった手足、綺麗な髪なのに適当に切られた髪はおそらく自分で切っていたのだろう。
それなのに可愛く顔面スキルが高かったため、一部の阿保にイジメられそうになっていたのを、親友と共に止めに入ったのを覚えている。
「えっと大野木晶です。今日の朝、アレキサンドル・パージェンシーとして目覚めました」
まずは挨拶を返す。
愛理のお気に入りだったなら、性格の問題はないだろう。まあ、腐っている可能性は高いのだが。
「お母様からアレキサンドルお兄さまは魂魄希薄者で、もうすぐ目覚められりゅってききました」
3歳児が難しい言葉で返そうとしたせいか盛大に噛んだ。目元に涙を浮かべる姿は、本物の天使だ。そういえば親友が彼女は最高の妹属性持ちだと言っていた。
それだけでなく、弟と結婚させ、『お姉ちゃま』と呼んで貰うのだと宣言してたな。
おしっ、親友よりがにお兄さまと呼んでもらったぞ!
「アレキサンドルは長いからアレクでいいよ」
「あれく兄さま?」
こてんと首を傾げる姿の愛らしさに『これは愛理ならイチコロで堕ちるな』と納得した。
「僕もアレク兄さまって呼んでいい?」
対抗意識かサフィールまで呼び方を変えようとする。
「もちろん、いいよ」
呼び名が伸びるけどいいのかなと思うけど、可愛いから許可した。やはり可愛いは正義だ。
「パメラは前世のことどれだけ覚えてる?」
私の問いに彼女は悲しみの表情で「ほとんど全部。死ぬ瞬間まで」と答えた。
「バスが突っ込んで来て、及川さんを大野木君が助けて、なのに、バスが横転して、目の前で及川さんとお兄さんが……でもわたしだけ、瀕死で助かって、神さまが……実の父親に殺されるか、このまま死ぬかを聞いてきたの」
訥々と述べるパメラの身体をぎゅっと抱きしめる。
私は最初の部分で即死だっただけマシだった。彼女のように全てを見なかったから。
「ごめん、いやなこと言わせて」
私がパメラの背中を撫でると、彼女は小さく首を振った。
「違うの。ずっと覚えてる事だから。それに前を思い出すたびに今、愛されてるって思うの」
その言葉に応えるようにサフィールがパメラの頭を撫でる。
「あの、一つよろしいでしょうか?」
団子状態になっている私達に、カーチェが声を掛けてきた。彼女を見上げるとその眉間には僅かだが皺が寄っている。
私は言葉の先を促すために、頷いた。
「『実の父親に殺される』とはどういう状況だったのでしょうか?」
ピタリと私とサフィールの手が止まった。
パメラは大きな目を不思議そうに瞬かせ、「そのままの意味よ?」と宣った。
「わたしを使って『おじいちゃんとおばあちゃん』たちからお金を貰ってたのに遊びに使ってたのがバレたの。おじいちゃん達もおばあちゃん達もわたしを二人から離すっていってた。
お父さんとお母さんは、私がまだ生きてるから、こんなことになるんだって、だから呼吸機を止めるって。
だったら、もう生きてなくてもいいかなって」
その表情は最初から諦めを含んでいた。
『神田えみり』の祖父母達は彼女が危篤になって初めて自分達が孫のために渡したはずのお金の使い道の真実を知ったのだろう。
バレなかったのは、彼女が頑張り屋で成績が常に上位にいたからだろうか。
「大丈夫。今度はお父様も、お母様も、兄様も、僕もパメラを大切にするからね」
私が何か言う前に、弟が頭を撫でるのを再開した。
「ああ、兄さま達がパメラを幸せにするから」
私も背中を撫でるのを再開する。
パメラはキョトンとしてから花が綻ぶような笑顔で
「アレク兄さまもサフィール兄さまも大好き!」
と抱きついてきた。
「あらあら、お兄様たちだけ?」
揶揄うような声に視線をあげると、母上が慈しみ溢れる笑顔でこちらに近づいてきた。
「お母さまも大好きです」
「わたくしもあなた達を愛してるわ」
パメラの言葉に応える母上は慈愛に満ちているように見えるが、その後ろの光景が……母上、何故、先程連れて行ったはずのジョルジオが、皮の首輪をして四つ足で歩いているのか、説明ください。
母は一仕事を終え、子供達と合流しました。