閑話2の1・わたしの王子さま(神田えみり視点)
かなり長くなったので2つに分けて連続投稿します。
わたしは愛されない子供だった。
わたしは愛されたい子供だった。
小さな頃、わたしはいつも暴力に怯えていた。服は着古した母親のお古を着させられていた。薄く、ところどころに穴の空いたTシャツと半ズボン。下着の替えもなく、薄汚れた子供だった。
食事はパンを1個づつ、『飢え死にされると金が入らなくなる』と言う理由で与えられていた。
月に二、三度『おじいちゃんとおばあちゃん』に会いに行く時だけ新しい下着が貰えることがあった。その前に水をかけられ洗われるのは苦痛だったが、終わった後のサッパリとした感覚は好きだった。
『おじいちゃんとおばあちゃん』は2組いた。
母親が連れていく家は畳がある家で、父親が連れていく家はふかふかなカーペットが敷かれていた。2組ともわたしには甘く、新しくかわいい服や美味しいお菓子、お腹いっぱいの温かいご飯を貰えた。
話はその場にいないもう片方の親と『おじいちゃんとおばあちゃん』の悪口、『わたし』のためのお金もそちらに取り上げられてしまったために『わたし』に不自由な思いをさせているという嘘。
わたしはそれに涙を浮かばせながら頷く。家を出る前にきつく言われているし、下手に言葉を発すると隠れた所に置かれた親の手が抓ってくるからだ。
親はこの嘘のもと毎月それぞれのおじいちゃんとおばあちゃん』から20万づつ貰っているらしい。
貰った服はすぐにネットオークションで売り払われた。私は『おじいちゃんとおばあちゃん』が買ってくれた服を着たことがなかった。
やがて学校に入るとわたしの成績がいいと貰えるお金が増えることとなったため、暴力は減ったが長時間の勉強を強制された。親たちはわたしにお金を使う気がなかったため、塾も参考書も買って貰えなかった。
学校のテストの結果は、いつも3位。圧倒的な二人がいるため、そこがわたしの定位置だった。
その上、親たちは揃って勉強の成績ができなかったため、わたしの勉強は専ら学校の図書室か地元の図書館になった。
そうなると、何故か同級生が勉強の邪魔をしてくるようになった。最初のうちは『勉強なんかしなくて、遊びましょう』という誘い。それを何度か断ると『これ見よがしに勉強してる、いい子ちゃん』と罵れ、次第に物理攻撃が入ってきた。
ノートが破られ、教科書が汚される。どうしようと茫然としていると、離れた所にいる集団がくすくす笑っていた。
泣きたい。でも泣いた所で酷くなるだけ。
ぐっとこぶしを握り締め、破られたノートを繋ぎ合わそうと手を伸ばそうとした所で、腕を掴まれた。
掴んだのはいつも2位を取っている及川さん。物語のヒロインになれるぐらいかわいい顔立ちに、強い心を持ったわたしの憧れの人。
「しんゆー。この犯罪における罪状と罰則は?」
甘い口調なのに辛辣な言葉を並べて、彼女は先程笑っていたクラスメイトたちの後方に問いかける。
「刑法261条。器物損壊罪。3年以下の懲役、または30万以下の罰金。
親友、指紋取るならキット貸そうか?」
「だいじょぶ」
彼女の問いに答えたのは我が学年トップの成績を納める大野木くん。不機嫌な表情でさっきまで笑っていたクラスメイトに冷たい視線を送っている。
「な、なによ。私達がやったって言うの?」
「証拠見せなさいよ」
グループの中心人物が騒いでいるのを無視して及川さんが慣れた手付きで指紋を採取してる。
「おバカさんは指紋拭き取ってないよ。綺麗にぺたぺた触ってる」
その言葉に騒いでいたグループの外壁が、数人剥がれた。
「証拠出てきたから検証のため、全員の指紋をもらえるかな。自分の無実を証明するんだから、拒否なんかしないよね」
笑顔の大野木君の言葉に、その場にいた中心の3人以外の人物が『仕方ないなあ』と従う。
「ば、馬っ鹿らしい!やってらんない」
いつもわたしを目の敵にしていたグループのリーダー格が熱り立つ。
だが彼らはそんな彼女に臆する様子も無い。
「伝言でーす」
カラカラ笑って及川さんが大野木君を指名する。
「まずはクラス委員長である高杉から
『君たちがやってるの、職員室から丸見えだから。担任含めて、会議するから、ご愁傷様』
高杉の親友、三郷から
『君を振ったのは、神田さんのせいじゃなく、君のその腐りきった性根が嫌だったから。神田さんには迷惑かけたね、ごめんなさい』」
所々でモノマネを挟みながら彼は流れるように伝言を告げる。
グループのメンバーが中心の3人を残して、彼女達から遠ざかる。
「職員室にゆー達の企みを報告しにきた森君他から
『廊下の隅で悪巧みするのはいいけど周りに人が居ないか確認して。あんたらにしたら俺たちはモブかもしれないけど、流石に盗みを他人に押し付ける内容は教師に報告に行くから』
担任の古本氏より
『うちの高校、進学校だから。成績の悪い犯罪予備組より、学校の評価上げてくれる品行方正な成績上位者を優遇するよ』
だそーです」
残りの伝言を及川さんが楽しそうに継ぐ。モノマネは大野木くんより下手だけど、言葉には効果があった。
この日より、わたしへの嫌がらせはなくなった。
そして助けてくれた及川さんは、わたしの心の中の王子さまになった。
『私』と『親友』の会話
愛理「ねーしんゆー、時間あるかい?」
晶「今日は大丈夫だぞ」
愛理「じゃ、悪人懲らしめに行こうか」
晶「はあ?」
愛理「窓見てみ、頭と素行の悪い馬鹿がきゃわいい小動物虐めてるん」
晶「….…行くか」
高杉「我がクラスの美女コンビ。行くなら伝言頼むわ」
愛理「りょーかい」
とりあえず、高杉は伝言を託したあと、晶に沈められた。