第七話・少し遅めのブランチ
本による知識収集とステータスの確認を終えたところで時間は昼近くになっていた。
「朝ご飯を食べた記憶が無いな」
私のつぶやきにマーシャがピシッと固まった。その顔面から滝のような汗が流れ落ちている。
「マーシャ?」
昼食の準備に向かおうとしていたカーチェが能面のような笑顔で問いかけてくる。
「あの、朝食を運んだところで騒動があったので、恐らく廊下に」
しどろもどろな口調でマーシャが答えた内容にカーチェが対応しようと扉に急いで向かう。
「アレキサンドル様、すぐに食事の手配をしてまいります。
マーシャ、お仕置きはその後です」
彼女か用意を開始するため部屋を飛び出そうとしたタイミングで、ドアが静かにノックされる。
「ブライアンです、よろしいでしょうか?」
「はい」
短く返事を返すと、緩やかにドアが開かれた。
途端に漂ってくる芳しい匂いが鼻腔をくすぐる。
「お目覚め直ぐと考え消化に良いものをお持ちいたしました」
本を軽く片付けて置かれたのは小さな土鍋だった。蓋が開けられるとそこには卵のおじや。出汁と醤油、トッピングで散らされた分葱か食欲をそそる。
思い切り日本食なのをツッコむべきなのだろうが、それよりも食欲が優った。
「いただきます」
私は手を合わせてから木製のスプーンで食べる。
食べやすい温度、いい塩梅の味付けに思わず小躍りしそうだ。
「おいひい」
それからはあっという間だった。子供の身体に合わせて作られた食事は瞬く間に腹に消えた。最後の一口まで存分に味わいスプーンを空っぽの土鍋の中においた。
「ごちそうさまでした」
再度、手を合わせると、執事は土鍋を片付け、机を整えてから食後のジュースを入れてくれる。
紅茶やコーヒーではないのは、幼児の身体にカフェインが良くないからだろう。
「アレキサンドル様、家族のみの場合はいいですが、普段は主神へのお祈りにしてください」
カーチェに言われて、ようやっと自分が日本式の掛け声で、ご飯を食べていたことに気づいた。
「食事のマナーはだいたい西洋料理に準じます。分からないようでしたらマナーの教師を手配いたします」
一応、ドレスコードのある店には生前通っていたから一通りはこなす自信はある。
でもこの機会にきちんと叩き込まれるのもいいかもしれない。それに自分が知っているマナーとの違いを知ることもできる。
「マナー教師の方頼むよ」
私の決定事項に「かしこまりました」とブライアンは一礼し、ワゴンを押して部屋を出て行った。
「午後……サフィールの食事が終わったら庭か、どこかで、身体の動きを確認したいんだけど」
数値や称号、スキルの内容からして自分がチートであることは確定事項だ。それならば折角引き継いだ武道にどれだけ対応できるのか確かめたい。
「では裏の訓練施設にしましょう」
カーチェの答えに護衛のひとりが伝令に向かう。
私たちは侍従に椅子を引いてもらい立ち上がった。
並んで歩き始めるとサフィールが手を繋ぎたいのかおずおずと右手を出してきては引っ込めるを2回ほど繰り返したので、私は強引にその手を掴んだ。
「私はつい先ほど目覚めたばかりだから食堂の位置がわからない。教えてくれるか?」
びっくりまなこの弟にお願いすると、彼はコクコクコクコクと首肯してくれた。ああ、やっぱり弟かわいい。
「あの、兄様は前世で武術の経験がおありなんですか?」
適度な速度で私の手を引きながら尋ねてくる弟に、私は深く頷いた。
「じゃあ、僕にも武術教えて下さい!」
純粋な視線で笑顔を向けてくる弟の頭を、私は空いている方の手で撫でる。
「起きたばかりだから身体を慣らしつつになるが、それでもよければ教えてるよ」
ぱあぁぁぁっと太陽のように笑う。そんな弟の姿に、私だけではなく、周りで守ってくれている大人達も優しく目を細めていた。
【内緒の大人の胸の内】
《マーシャ》
尊い、尊いです!!
うちの坊っちゃまぁズ、最高です!
一生お守りします
《カーチェ》
うちの馬鹿娘、暴走してるわね。
鼻血吹かなければいいけど。
それにしてもアレキサンドル様はどの武道を収めているのでしょうか。
お手合わせしたいものです。
《護衛ズ》
かわいい光景なんだけど、目が覚めてからのアレキサンドル様って動きに無駄がなくなってるんだよな。
相当な手練れだとしたら、サフィール様より先に俺たちが指導を受けたい