第6話:夢から覚めた夢
『夢言の使用を確認。続いて武技の使用について――。エラー、武技使用のための条件がクリアされていません。チュートリアルを中断します。』
リリルの毒が治ったことによる安堵と、自身のステータスの変動に戸惑っているともう一度謎の声が頭に響く。
「おいおい、勝手にチュートリアル始めたのに中断しやがった……なんだったんだよ」
チュートリアルといいながら全くチュートリアルになってないぞ、返事をしろ、と傍目から見ると一人でおかしな言動をしていると、横から聞こえたリリルの小さな寝言で現実に戻される。
「分からないことだらけだけど、とりあえずはリリルの事が先決だ。どこか休めそうな場所は――」
先ほどのようにいつ魔物に襲われるか分からない。
どこか安全な場所はないかと周囲を確認すると、小さい洞窟のような入り口が見えた。
「こんな見つかりやすい所にいるよりはマシかな」
側にある魔物の死体にビビりながらも、いまだ眠り続けているリリルを横抱きに抱える。
先ほどの戦闘の疲れか、毒による衰弱かHPが少ないからなのか、抱きかかえてもリリルは目を覚まそうとしない。
抱き抱える際に触れた銀髪の柔らかさや、小さく発せられた声に思わず興奮し邪な考えが頭をよぎりそうになるが、そんな考えを振り払うように頭を勢いよく振る。
「はぁ、毒はなんとかなったけどいつ起きるんだ? HPの少なさから下手に起こさない方がいいのかもしれないし……とりあえずはあの中で休めればいいんだけど」
もともと力がそれほど強くなく、ステータスでも筋力が低い自分ではあったが、初めて抱きかかえた女の子の感触とその軽さに驚きながら先ほどの洞窟に向かう。
歩きながらリリルの顔を見ると、起きていた時の凛とした表情がなくなり、あどけない寝顔で眠っている。
「この子はいったい何者なんだ?」
色々とこの世界について知っており、猫耳としっぽまでついているにもかかわらず、自分も地球人だと言う。
いきなり魔物に襲われるし、夢言とかいうものがある世界――。
本当に何がどうなっているのだろうか。
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洞窟の中はそれほど深くなく、壁の中に少しできたくぼみのような形をしていた。
暑くもなく、冷たくもない、そして外にいるよりは身を隠すことができる。
リリルを慎重に洞窟に寝かせると、自分は洞窟の外に出てもう一度周囲を確認した。
空を見るとまだ明るいがその色は赤く、一日の終わりを告げ、先程から吹いていた風が今は肌寒く感じる。
「いくら今はそれほど寒くなくても日が暮れたらどうなるか分からないな……焚火とかした方がいいのかも」
周囲に何か燃やせるものはないかと見渡してみると、焚き木に使えそうな木がいくつか落ちていたのでそれを集め洞窟に戻った。
少しの間だったが、起きているかと思ったがまだリリルは眠り続けていた。
先ほどと変わらず、あどけない寝顔で寝息をたてる姿が可愛く見えるが、日が落ちると共に少し寒くなってきたのか身を丸くしている。
「猫みたいだな、いや、実際に猫耳と尻尾あるから猫なのかもしれないけど……」
ただでさえ側で美少女が眠っているというのは、年頃の男子にとってそわそわさせるものだったが、それが猫耳しっぽありとなれば、なおさら猫好きの啓吾にとって穏やかなことではなかった。
毒消してあげたし、耳としっぽくらいなら触ってもいいかな? などという邪な考えが再度襲ってくるが、どうにか振り切り拾ってきた木を並べ焚火の準備をする。
「さて、準備はできたけど火は……やっぱりもう一度か?」
先ほどのように夢言で火をつけようとするが、リリルの言葉の言葉を思い出す。
『運が悪いわね……こんな夢言に反応されるなんて』
「もしかして夢言を使ったらまた魔物に襲われるとかないよな?」
一瞬躊躇うが、よくよく考えれば先ほど毒消しの夢言を使ったにもかかわらず、今も魔物に襲われていない事実に気が付く。
「とりあえず、冷やす方が身体に悪そうだ。やってみるか」
先ほどのように祈りを込めながら――
「《木よ》《燃えよ》」
『ボッ!』
「うおっと、分かってはいたけど本当に火が出るんだな。いったいどういう原理なんだか」
燃えすぎたらどうしようかと思っていたが、予想とは違い丁度いい具合に火がつき木がパチパチと燃え始める。
火がついた後、念のため耳を澄まして魔物の声が聞こえないか慎重に外を探ったが、聞こえるのは火の音とリリルの寝息だけなことに安堵し、もう一つの懸念であったステータスを確認する。
『人族 名前 ?
状態:異常なし
HP:63290/68300
筋力:2
防御:5
敏捷:5
スキル:《鑑定》《自己犠牲》』
「今度は全然減ってないな、さっきが63300だったし10しか減ってないぞ? さっきはいきなり5000も減ったしなんだったんだ?」
火をつける夢言を使った際に、毒を治した時と同じように何かが奪われた感覚があったが、先ほどのような急激なものではなく、ステータスでもHPは全然減っていない。
おそらく夢言を使えばHPが減るという仕組みだと考えられるが、それにしても減り方があまりにも違うことに違和感を覚えた。
「毒を治す夢言だけ消費が激しいのか? よく分からない仕様だな」
色々なことに疑問を感じながらも、洞窟に背をもたれながら目を閉じ息を吐く。
短時間で色々なことが起きたため疲れていたのかもしれない、それにもともと自分は布団の中で寝ようとしていたんだったと思い出すと、急激な眠気が襲ってきた。
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『ジリリリリリリリッ!』
耳元で聞きなれた音が響く。
眠い目をこすりながら、いつのものように音の出所である目覚まし時計のスイッチを押す。
ボーっとしながら布団から起きると、徐々に頭が覚醒してくる。
「……やっぱり夢だったのか?」
部屋にある姿見を見ると、黒髪黒目であるいつもの自分の顔を映していた。