男の子も一人並んで男の娘
最後の方に別視点があったりするんで、読まなくても大丈夫です。
背負われて、こんちはトリィです。
誰かさんのせいで動けなくなってしまったので、その誰かさんにおんぶしてもらってるんですが、妙な鼻息の荒さと、私の両足を抱える手つきの怪しさに、安心しきれません。
ただ、合わさる背中とお腹、温まる体と、歩行に伴う規則的な揺れに、 今日十二分に眠ったはずの私ですが、意識がほわほわしてきてしまって…。
まぁ、謎の疲労もありましたし。全く、パフェが楽しみです。
そして、階段を下りたロビーには、カンナさん他10人の新入生と思わしき集団が固まっていました。
「カンナさん、すいません。遅れました」
「二人とも遅かったねー。?トリィちゃんどしたの?」
「あはは…。いろいろありまして…」
「私が愛したせいです」
「な、何を言っているんですか!」
くっ!アイリスは私をどうしたいんですか?誤解されたらどうするんですか!
皆さん、ポカンとしてますよ。
「あー、そう言えば…。災難だったね?トリィちゃん」
「!まさか、カンナさん、見てたんですか…?」
そう言えばあの場に居たような…。つまり、私の恥態が見られていたんですね…。
もういいですよ、絶対弱者の私には抵抗権なんか無いんです…。
「どうしたの?トリィ?」
全部あなたのせいですよ!アイリス!
「あはは、じゃ全員揃ったし、始めるよ!」
落ち込む私を尻目に、カンナさんがガイダンスを開始しました。
内容としては寮の暮らし方についてで、意外と上手な説明をするカンナさんによると、朝食と夕食がとりあえず大事なようです。
そのときに、寮生の点呼をとるようなので、必ず居なければなりません。夜は基本外出禁止のようです。
寮の施設については、浴場の使用は夕飯の頃辺りとアバウト。トレーニングルームの使用はいつでもOKなようで、かなり自由に利用できるようです。
「──だから、ご飯さえちゃんと食べてくれたら、皆の良識の範囲内で自由に暮らしてもらって大丈夫だよ!」
という風に締めくくったカンナさんは、謎のドヤ顔で周りを見回します。いちいち言動が子供っぽいですね、この人。
「んー、質問があったら後で個別に聞いてきてね。それじゃあ、次!皆に紹介する人がいます!どうぞ!」
唐突に次のコーナーに移っていました。
そして、カンナさんの声に促され現れたのは、淡い黄色の髪を持った、薄い顔の優しげな男の子でした。とにかく印象の弱い人です。輪郭がぼやけて、空気に溶けてるんじゃないでしょうか。
「初めまして皆さん。僕は今期の寮長を務める、タルマー・ヒゼです。ご入学おめでとうごさいます」
なんというか、声も特に印象の無い人ですね。素麺のようにスルスルと通り抜けていく、そんな感じです。
しかし、ヒゼですか。
ヒゼ、と言えば王都内で最大の市場を持つ、ヒゼ商会が特に知られています。
商会創始者のガルティア・ヒゼは平民からの成り上がりで、商売の鬼と呼ばれていたとかなんとか。
大陸西南側の交易を牛耳っているようで、王都内に香辛料が流通しているのは、ヒゼ商会のおかげなのです。
タルマーさんも、そんな商売一族の血をひいているのでしょうか。そう思えば、薄い存在感というのも武器になるんでしょうか?
「──皆さんの新生活がより良いものになるよう、僕たちもサポートさせていただきます。皆さん、よろしくお願いします」
タルマーさんは随分と丁寧な人でした。ただ、挨拶が終わるとより存在感が希薄になってしまって、ともすれば、正面にいても見失ってしまう気がします。
時代と世界が違えば、忍者にもなれるんじゃないですかね。
さて、入れ替わって前に出てきたカンナさんから解散が告げられると、新入生達は部屋に戻る集団と、親睦を深めようと動き出す集団に別れることになりました。
そんな中、部屋に戻ろうとした私とアイリスを呼び止めたのは、二人の男の子。
一人は、ボサボサの髪の毛を揺らす、ゴリラみたいに筋肉ムキムキな爽やか系の顔をした男の子で、もう一人は、私とどっこいな身長の、可愛い系の顔で女装が似合いそうな男の子でした。
というか、ゴリラの方は見たことがありますね。
ゲームにおいて、男の主人公のイラストがこんなでした。だいぶ筋肉盛り盛りな気がしますが。
「やあ、君ら二人は特待生でしょう?僕はニア。特待生だよ、よろしくね!」
先に声をかけてきたのは、可愛い方の子でした。なんと、声も可愛らしいとは!
男の子だと思ったんですが、気のせいだったんでしょうか。
「えと、一応言っておくけど、僕、男だよ」
だそうです。つまり、前世で言うところの男の娘ですね。
「で、こっちのデカいのはアレク。特待生だよ。馬鹿だから、気を付けてね」
なるほど、ゴリラの名前はアレクですか。
男主人公のデフォルトネームも確かアレクだったので、このゴリラは主人公及び攻略対象で間違いないようです。
というか馬鹿なんですね。
「おい、馬鹿はないだろう、ニア。馬鹿だと思われるだろう?」
ああ、馬鹿なんですね。
「アレクは相変わらず馬鹿だね。…初めましてニア。私はアイリス。よろしくね。で、こっちの天使と見紛う可愛さを放つのは、私のトリィだよ」
「ちょ!どんな紹介ですか!?もう!……ぅう、トリィです。よろしくお願いします」
アイリスは私のことを何だと思ってるんでしょうか、本物の天使様がいたら、断罪されてしまいそうです。
あ、ちなみに、私はまだアイリスの背中にいます。
「ふふ、よろしくね。……というか、アレクとアイリスは知り合いだったの?」
ニアちゃんが小首を傾げて可愛らしく尋ねました。
「知り合いなんですか?アイリス」
「…まあ、不本意ながら、だね」
「おいおい、不本意とはなんだ、アイリス。俺もお前も同じ志を持つ同士だろう」
「止めてよ、私の名前を呼んで良いのはトリィだけだから」
わお、そうだったんですか?
ええと、美少女にこう言われるのは嬉しいんですが、それがアイリスだと素直に喜べないんですが。
そう思うと、何だかスゴい損した気分になってきました。
「?どういうことだ?アイリス」
なるほど、馬鹿なんですね。
「……はぁ、アレクには何言っても無駄か…」
心底嫌そうな顔をするアイリス。欠点無しに見えるアイリスですが、この会話を見る限り、アレクさんを召喚すればもしかしたら、アイリスの猛攻を阻むことができるかもしれません。
思わぬ光明です。
「ふふ、二人は仲良いんだね」
「そうだ」「いいえ」
ニアちゃんが可愛らしく微笑みながらそう言うと、示し合わせたかのように、アイリスとアレクさんが応えました。
私、知ってます。これ実際仲良い時の流れですよね?
「息ピッタリですね。仲良しじゃないですか?」
「!そんな、トリィまで…」
「おう、そうだぞ。分かってるなぁトリィ」
「アレク、あなたはトリィって呼んじゃ駄目だから。私の天使が汚れる」
「あ?何を言ってるんだ、アイリス?名前を呼んだだけで、何も汚れないぞ?」
アレクさんは、良く言えば素直ってことなんですね。
「……ああ、もう!」
おお、アイリスがイラついてます。やはりアレクさんはアイリスに効果抜群なようですね。アイリスに襲われたら、アレクさんを呼びましょう。
「ふぅ、ニア。少し私のトリィを預けるよ。……耳障りな音を潰してくるから」
「!う、うん。わかったよ」
「でも、もしトリィに何かしたら、あなたも潰すから」
あれ?冷房かかりました?
「ひっ、だ、大丈夫。任せて!」
そう言って、アイリスは自分の背中から私を下ろすと、ニアちゃんに手渡しました。……って、私は人形かぬいぐるみですか。
しかし、潰すという発言とニアちゃんの真っ青な顔に、不穏なものを感じましたが、私の第六感が大丈夫と告げているので、きっと大丈夫でしょう。
こういう時は、深く考えてはいけないのです。
「それじゃ、着いてきなよ。アレク」
「おお?何だ、手合わせか?」
「うん、そうだよ?……手加減無しのね」
何やら不穏なワードを残し、外へ出ていく二人を見送って、ニアちゃんと顔を合わせる。
近くで見ると、長い睫毛に気付いて、より女の子っぽい感じです。私なんかよりニアちゃんの方が、天使だと思いますけど。
「……行っちゃったね」
「いったい、なんだったんでしょうか?」
背後から抱き止めるニアちゃんの温かさを感じながら、二人で暫く呆然としていました。
◇◇◇
アイリスが、ぼろ雑巾みたいになったアレクを引き摺ってきたのは、トリィちゃんが眠ってしまってから暫く経ってからだった。
トリィちゃんは何だか疲れていたみたいで、少しお話してるうちに舟をこぎだして、いつの間にか寝ちゃってた。
少し前、アイリスが天使だと言っていたけど、トリィちゃんの寝顔はまさしくその通りかソレ以上で、ちょっとドキドキしてしまったのは内緒。
「終わったぽいね」
「うん、待たせたね、ニア。…トリィは寝ちゃった?」
残念そうな顔のアイリス。そんなアイリスも凄い美少女だけど、トリィちゃんの可愛さの方が僕的には勝っていると思う。
「うーん、途中まで起きてたんだけどね。…あ!手は出してないよ?」
「うん、ありがと。見れば、分かるよ」
微笑んだアイリスちゃんはまるで女神さまのようだったけど、その瞳の奥に底知れない何かを感じてしまった。
「じゃ、連れて帰るから」
そう言って、アイリスちゃんがトリィちゃんを抱き上げると、徐にトリィちゃんの耳に顔を寄せ──
ハムッ
「ひゃひゅぅぅぅぅっ!っ、っ、な、何事ですか!?」
「!」
な、何今の!?トリィちゃんの、声?
い、いけない。こんなの聞かされたら、トリィちゃんのこと変に考えちゃうよ!
満足気な顔のアイリスと、未だに?マークを散らすトリィちゃんが去るのを見ながら、僕はこの胸に沸き立つ、邪な気持ちを必死に抑えていた。
ありがとうごさいました。