とりあえずお友達から始めましょう
とりあえずヒロインを爆発させておいたので、読まなくても大丈夫です。
わっしょい、どうもトリィです。
どうやら、いつの間にか寝ちゃってたみたいで、アイリスさんに挨拶してからの記憶がありません。
でも、何故でしょうか?その事を思いだそうとすると、体が震えてしまって、まるで怖いことでもあったような…。
で、そのアイリスさんは今、私の頭を撫でているようです。
ペルーティアさんや両親と違って、髪の毛1本1本まで全て触るよう、丹念に丹念に撫でられている感じです。
気持ちいいんですが、どこか身の危険を感じるような…。初対面なので緊張しちゃってるんでしょうか。
「あ、起きたんだね。トリィ」
心地よい声。まるで天女様が如く微笑むアイリスさんですが、その瞳の奥にギラギラした何かが見えた気がして、目線を逸らします。
「お、おはようございま、す?……あの、私いつの間に寝ちゃってましたか?」
「……挨拶した後、私が荷物片付けてたらいつの間にか寝てたよ。可愛い寝顔だったから、ほっこりしちゃった」
「あ、あはは。初対面で恥ずかしい格好見せちゃいました…」
「全然恥ずかしくないよ!まるで、天使かと思っちゃったし、食べちゃおうかと思ったもん」
「え」
食べられるんですか、私?それに天使だなんて、その言葉はそっくりお返しします。私なんかはアイリスさんと比べればゴブリンです。
それにアイリスさんは冗談がお上手そうですね。演技力もなかなか。私を見る目がまさしく捕食者のソレです。
…食べられちゃうんですか?
「あ、トリィ。カンナさんが、夕の鐘が鳴ったら1階に集合だって。新入生ガイダンスらしいよ?」
「あ、ありがとうございます。アイリスさn「アイリス」…」
おや?
「アイリスって、呼び捨てにして。ね、トリィ?」
私の腰に腕を回して引き寄せるアイリスさん。息がかかるくらい顔を近付けて、私にそうお願いしてきます。
うぅ、こんな至近距離で美少女に迫られては、前世男だった私にはクリティカルヒットも良いとこです。私は今、トマトのように真っ赤になっていることでしょう。
「…ア、アイリス……さん」
はひぃ、許してください…。これはもう、癖なんです。なのでどうか、その笑顔を止めてください。目が笑ってなくて、恐怖を感じます。
「……」
「あ、あの」
サワッ
「!いひゃああぁ!」
アイリスさんが空いた手を後頭部に回して、うなじを撫でてきました。
そ、そこ弱いので、止めてください!
「…ほら、トリィ?」
「ひゃわっ!…ア、アイリス…!」
「んふふ。なぁに?トリィ」
「ひゃひぃ!や、止めてください!そこ、敏感でぇ!」
ああ!失言です!自ら弱点を告白するなんて…。
完全にアイリスさん…、アイリスからのプレッシャーが強まってます。その宝石みたいな目がより爛々と煌めいて、私はもはや蛇に睨まれた蛙です。
「トリィは、ここ、弱いんだね」
「はひ、ふぅんぅぅ!そ、そうです!なので、止めてぇ…」
んああ!鳥肌が、背筋のゾクゾクが止まりません!?
しなやかなアイリスの指が触れる度に、我慢できず変な声が出てしまいます。
腰に回されていた手も、いつの間にか私の背中に直に触れていて、上から下に、背骨に沿うようツーッと這った指に、さらに変な声が出てしまって…。
「トリィ、止めて欲しいなら、トリィも敬語止めてよ。私たち同い年なんだし、ね?」
「あ、や、やめましゅ!…ひはぁ!やめ、やめりゅ!ひゃめるからぁ…」
もう、体に力が入らなくなってきました。
何とか姿勢を保つために、アイリスにしがみついたんですが、そのせいでお互いの頭が横に並んで、アイリスの息が耳に直接かかってきて、もう、わたしのあたまのなかばくはつしそう。
「んふ、嬉しいよトリィ。私たち、これでもう友達だね。…これからよろしくね?」
「と、ともだち、い!ひゃん!わ、わたし、たちっ!ともだ、っちぃ!」
あう、もうあたままっしろになってる。
…わたし、と、アイリス、ともだち。ちゃんとよろしくいえたかな…?
「うん、よろしくね。トリィ」
みみ、こえちかくて、あったかい。
ハムッ
!?
「!にゃああああぁぁ!?」
?なにこれ?わかんない、わかんない。
たすけて、アイリ、ス───
「…あれ?やり過ぎちゃったかな。…ごめんね、トリィ」
「…きゅう……」
ふわふわ、ふわふわ。
◇◇◇
……ハッ!?
どうやらまた眠っていたようで、トリィです。
今日は記憶が飛び飛びで、特にアイリスに会ってから何があったか覚えていません。挨拶して、呼び捨てにしてって言われて、後、何かあったような…?
…まあ、覚えてないっていうことは、重要なことじゃないのでしょう。おそらく。
「あ、トリィ。さっきはやり過ぎちゃった。ごめんね?」
「え、何のことですか?わ、私に何かしたんですか?」
苦笑していたアイリスの顔が、私の言葉を聞いて不機嫌そうになりました。
「…敬語…」
所謂ジト目でこっちに視線を向けるアイリス。美少女のジト目っていうと可愛らしいシーンだと思うんですが、どうにもその瞳に光が宿ってない気がして、なんというか、怖い?
思えば私、アイリスに恐怖の感情しか抱いてない気がします。
「あの、敬語が何か?」
「……んーん、覚えてないなら気にしないでね」
こ、この台詞、絶対私に何かしましたね!
いったい何をされてしまったのでしょうか…。気になるけど、思い出すな、と脳が警告してる気がします。
というか、敬語?よくわかりません。
この異世界の言語に敬語の概念があったんでしょうか?
「あ、あの。私の言葉ってもしかして変ですか?田舎で過ごしてたので…」
そう聞くと、アイリスが考える素振りを見せて、そのあとニヤついたように見えました。
やっぱり変なんですか?
「んふ、確かに少し訛ってるかも。でも、可愛いから問題ないよ」
「可愛いかはともかく、訛ってるんですか…」
こちらの世界の言語は、なんというかイントネーションが凄く大事な要素で、同じ単語でも優しく喋れば優しく、粗野に喋れば粗野な言葉に聞こえるそうで、そりゃそうだろと言われるかもしれませんが、改めて取り上げるほど大事な要素なんです。
上手く説明できませんが、そんな感じです。
そんな事を考えていたら──
ゴーン─ゴーン─
「あ、夕の鐘」
前世で言うところの午後5時頃に鳴る鐘が、夕の鐘と呼ばれています。他に、8時頃相当の朝の鐘、12時頃相当の昼の鐘があって、王国民の生活の基準になっています。
ちなみに、何時とか何分とかの概念はありません。太陽と影で決めるそうです。
「そういえば、ガイダンスがあるんだった」
「っ、そうでした!早く行かないと」
「そんな急がなくても…」
「駄目ですよ!10分前行動5分前集合です!」
「10分…?」
初日から遅刻は最悪です!時間にルーズだと思われれば、信用なんか得られません!新人にはとにかく誠実さが必要です!
慌ててベッドから下りて、立ち上がろうとすると、ふっと足から力が抜けてへたりこんでしまいました。
「あ、あれ?」
「っ!トリィ!どうしたの?」
「アイリス…、足に力が入りません…。…何で?」
…午後の記憶の飛びといい、この足といい、もしかして、私は病気にでもかかっていたのでしょうか。
この世界、医療はそこまで発達していませんから、病気も気付きにくいのです。
また、私は何も知らないうちに、全部置いていってしまうのでしょうか?
「…ぁ、ぃやで、す…」
「!トリィ!ごめんなさい、そんな顔させるつもりじゃなかったの」
「…アイリス、私、病気なんですか…?」
「病気…?……あ!ああ、それは違うよトリィ。たぶん腰が抜けてるだけだと思う」
「……へ?」
どういうこと?
「うう、あのね──」
アイリスは、私の抜けた記憶を説明してくれました。
……って、な、何してくれてるんですか!この人!
「う、うぅ、アイリスなんて、キライです…」
「そんな…!ご、ごめんトリィ!ほら、おぶってって上げるから、ね?」
顔に絶望を張り付けたアイリス。
そんな顔したって、自業自得ですからね!
「お詫びするから、許してよトリィ」
「ぐすっ、……な、ならスイーツを奢ってください…。『ミル』のパフェ…」
『ミル』は王都にあるスイーツ専門店で、前世の物にも劣らない、非常に美味なパフェがウリなお店です。ただその分お値段が張りますが…。
ペルーティアさんに一度連れていって貰って、一目惚れ、一口惚れでした…。
「……分かったよトリィ。悪かったのは私だしね」
「はい、反省してください。そして、パフェをください」
「……」
このとき、パフェに気をとられていた私は、気付くことができなかったのです。
アイリスがまるで反省した表情ではなかったことを…。
ありがとうございました。