別れに抱かれ雛は産まれん
投稿がだいぶ遅くなったので読まなくても大丈夫です。
やって参りました、トリィです。
受付お姉さん改めカンナさんが、ペルーティアさんと実は知り合いだったということで、今お二人、というかカンナさんが一方的にお喋りマシンガンとなっています。
…あの、私を置いてかないでください。
「──でねでね!マザーの鶴の一声って言うの?それでね?ハゲのおっさんとデブのおばさん、完全論破されちゃってねー!いやー、あれは傑作、スカッとしたねー。ペティにも見ててほしかったよー。ほんとね顔が真っ青になるの!最初はパンパンになったトマトみたいな顔してたのに、萎びたウリみたいになったの!まだ、裏庭で作ってた野菜の方が立派だったよー」
「あはは、そうか、それは面白そうだな」
「そうだよー。面白いよー。マザーは幾つになってもキレッキレッだね!…で、それでね──」
「ん、カンナ。そろそろ仕事しないと怒られるんじゃないか?」
さすがにペルーティアさんが軌道修正をしてくれました。
「え?ああ!そうだった!えっと、ごめんね、トリィちゃん!すぐ案内するよ。ロビーに回ってきてね」
「ああ、分かりました。……ようやくですか…」
今気付いたと言わんばかりに、私の方にそう言ったカンナさんは、またバタバタと足音を立てて、奥の方に消えてしまいました。
仕事忘れてお喋りって流石に擁護できないですね。
前世では一応私もお仕事してましたからね。学生気分云々で上司に怒られますよ、これは。
経験則に基づいてますから、間違いないです。
「悪いね、トリィ。カンナは昔からお喋りだから…」
「あはは、大丈夫ですよ。久しぶりなら積もる話もあるでしょうし。というか、お知り合いなんですね?」
「ああ、私とカンナは同じ孤児院にいたんだ。唯一の同い年だったからね、随分と仲良くしてたんだけど。12になる頃に別れてしまったんだ」
「へぇ、そうなんですか」
「見てもらった通りちょっと抜けてるから、心配してたけど、ちゃんと職に就けたようで良かったよ」
…ちょっと抜けてる?
ペルーティアさんの思い出が美化されすぎですね。カンナさんに安心できる要素が今のところ無いですよ。失礼ですけど。
んん、ついつい辛辣になってしまいました。
社会人の先輩は私ですから、寛大な心でもって見守らなければ。
さて、玄関入ってロビーです。ペルーティアさんに先に運んでもらっていた荷物を持って、カンナさんの後を付いていきます。
ロビーには、窓際に使い込まれたようなソファと、膝の高さのテーブルが2セットだけ置いてあり、それ以外の備品は壁に時計が掛かっているだけの簡素なもので、所々剥げた壁紙が年季を感じさせます。
寮は3階建てで、1階はロビーの他、事務室、救護室、そして食堂。更には浴場さえ備えてあり、充実の設備が整っています。
この国では、一般人にとってお風呂に日常的に入れるのは、かなりの贅沢で、私の実家にもお風呂なんてありませんでした。
前世の習慣もあってお風呂に毎日入りたかった私は、頑張って実家の裏に五右衛門風呂モドキを作ってみたんですが、水の調達の目処が立たずお蔵入り。今や農具入れとなっています。
2~3階が寮生が住まう居住空間となっていて、二人部屋が各階10ずつ、廊下を挟むように5ずつ並んでます。そして各階の一番奥に三人部屋が2つずつ配置されています。
各階は、これまた年季の入った階段がギシギシ言わせて繋げており、今はその階段を登っているところです。
荷物の配分は私が2割、ペルーティアさんが6割、カンナさんにも2割持ってもらっています。
私の配分が少ない?
これは適材適所っていうやつですよ。
「トリィちゃん大丈夫?あたしが持ってあげようか?」
「トリィ、無理しなくても私が持つぞ?」
「…あのっ、二人とも私のこと、っふ、を舐めすぎですよ!このぐっ、らいなんともありませんからっ!」
くっ、たかがこれしきの荷物で音を上げるなんて、男だった私のプライドが許しません。
許しません、が。
何で?何で3階の奥の部屋なんですか?部屋番号101って言ったら、普通1階というか2階の手前じゃないんですか!?
くっ、前世の常識があの時(荷物持ち)の選択を間違えさせたんですか?近いと思って荷物多目に持ったのに…。
これから、これを毎日なんて、そんな…そんな……!
「はは、トリィ、勉強だけじゃなくて、ちゃんと運動もした方が良かったね?」
「大丈夫だよー。寮生ならいつでも学園の施設が使えるし、この寮にも幾つかトレーニング用具あるから!」
「おっ、お構い無く…」
前世では、抜群とは行かないまでも運動するのが好きで、結構動いてたんです。体もそこそこ鍛えてて。
ただ、今のこの体はどうも勝手が悪くて…。
というか、筋肉つけるにはやっぱりたくさん食べなければいけませんから、その日暮らしで精一杯な平民には難しい話なのです。
まあ、そんなこんなで。
「よーし、とおちゃーく!ここが、トリィちゃんの新しいお家だよ!」
「はぁ、ここっ、ですかぁ」
101が刻まれた板が張り付いた扉の前で深く息をつき、呼吸を整えます。
ここが新しい家ですか。そう思うとちょっとドキドキしてきましたね。…疲れからくる心拍数の上昇ではありません。
階段をちょっと登っただけでヒーコラ言うほどのスタミナではないです。
「えーと、ここは三人部屋なの。今日はいないけど特待生の上級生の子と、たぶんこの後来る新入生の子と、トリィちゃん!の、三人で暮らしてもらうよ!」
「そ、そうなんです、か?」
まだ私の息が少し上がってるのを見て、ペルーティアさんが苦笑した気がします。
「うん!学校側の決まりでね?特待生は固まっていて欲しいんだって!」
「なるほど…、相部屋、ちょっと緊張します…」
「大丈夫だよ!新入生の子はちょっと分からないけど、上級生の子はすっごいいい子だから!あたしが太鼓腹を押すよ!」
「カンナ。腹じゃなくて判だよ」
「あれ?」
なんだかんだ同年代の子と過ごすなんて初めてで、どう接すればいいのでしょうか。
それに、何でしょう。私の第六感がなにやら嫌な予感を告げています。
まあ、なるようになれ、でいきましょう。
ともあれ、私の冒険はここからです!!
◇◇◇
打ち切りじゃないですよ?トリィです。
荷物を運び終えて、またロビーに戻ってきました。
あとは、夜に新寮生対象のガイダンスを受けて終了です。
なので、ここでペルーティアさんとは──
「じゃあ、トリィ元気でね?」
──お別れです。
「は、い。ありがとう、ございました」
あれ?おかしいですね。今生の別れでは無いんですが。
何か胸が苦しくなって、目も熱くなってきました。
「ペルー、ティアさん…」
あれ?あれれ?
無意識に隣のペルーティアさんの服の裾を握っていました。
それに気付いたけど、離れなくて、離せなくて。
カンナさんも見てるのに、こんな──
「…ねぇ、トリィ。」
振り向いたペルーティアさんが、目線を合わせ優しく囁きます。
「私はトリィのこと、まだまだ子供だと思ってるんだ。…トリィは賢くて、落ち着いててとても大人びているけれど。」
今思えば、いつだって私を知っている人が側に居ました。
前世でも、自立した後も近くに友達が居たりして、誰も彼もが知らない人な環境なんて、実は、これが初めてで…。
「ねぇ、トリィ。不安は押し殺すものじゃない。寂しさも恥じるものじゃない」
優しいペルーティアさんの声が、頬に添えられた手のひらの暖かさが。
「…だから、我慢しなくていいんだ、トリィ。君はまだ子供なんだから」
私の、心の周りのナニかが溶けていきます。
それは、きっと、私が勝手に作った氷の塊。アイデンティティを前世の記憶に依存させて、割り切ったと嘘を塗って、私は既に一生を経た"特別"なんだと飾った。そんな、子供の工作みたいなナニか。
「い、やです。…いか、ないでく、ださい…」
ペルーティアさんに溶かされた私は、結局のところまだまだ子供で、些細なことに怯えて、寂しさに震えて…。
どうしようもなく、子供のままだった。
ペルーティアさんの服を濡らすのは、私を覆っていた氷か、前世を失った悲しみか、寂しさに食われた子供か。
14年この世で生きて、はじめて私は産声をあげました。
ありがとうございました。