遅々として進まぬ時間は馬車の中
寮まで行くつもりが、全然進まなかったので読まなくても大丈夫です。
おはようございます。トリィです。
先日晴れて合格しましたは『王立アルメリダ学園』ですが、本日はその入寮日となっています。
王都に着いて今日までは、これまた調査団にお世話になってまして、とある団員さまのお部屋に寄生していました。
ほんと、こんなに良くして頂いて、頭が上がりませんよ。
とまあ、入寮にするにあたって、1月ほど過ごしたこの部屋ともおさらばです。それほど大荷物を持ってきた訳では無いですが、見慣れた空間から物がごっそりなくなるのは、少し寂しい感じがしますね。
「よし。それで全部?……忘れ物はないかい?」
そう声をかけてくれたのは、この部屋の主で調査団の団員、ペルーティアさんです。
女性にしては背が高く体つきも筋肉質で、どちらかと言えばイケメン寄りなお方です。事実、女性に言い寄られたこともあるようです。
背も私より頭2つくらい高くて、洗練された動作の一つ一つが美しく、上品です。
日に焼けた肌に、結わえた少し薄めな金の髪を背に流せば、白馬に乗せて王子様ですね。
元々は冒険者だったらしく、調査団内での役割は力仕事兼用心棒らしいです。調査団に入るにあたって、品のある振る舞いを特訓したらしいです。
上品さが要る調査団って何ですか。
剣の腕前が素晴らしいとのことですが、残念ながら私は見たことがありません。
王都への道すがら野獣の襲撃が何度かあったみたいですが、危ないから、と馬車に押し込まれていたので外の様子が見れなかったのです。
元男として剣には憧れがありますから、生で見てみたかったんですよね。
異世界と言えば、剣と魔法のファンタジーですから。
「荷物は、はい、これで全部です」
「そうか、なら大丈夫かな。何か忘れ物が出てきたら届けておくよ」
「何から何まで、ありがとうございます。お部屋まで貸して頂いて…」
「いいよいいよ。1人で住むには少しばかり広いしね。もし、追い出されるようなら、またここに来ても良いからね?」
「追い出されるなんて、縁起の悪いこと言わないでくださいよ」
「あはは、冗談だよ。…さ、そろそろ行こうか」
「…そうですね、はい」
さて、まだ朝早いですが、遅くに行って入寮時に混雑するのもあれなんで、先に荷物を搬入しましょうという魂胆です。
実は通学するだけならここからでも充分通学できるのですが、学園の規定に従って、特待生は強制的に寮に入れられるのです。
特待生は謂わば才能ある金の卵。王国の機関の管理下で保護および教育するためにも入寮は必須なのです。
しばらく過ごしたこの部屋、後ろ髪引かれる思いもありますが、今生で割り切ることが得意になった私にはほんの些細なことです。
扉の外で振り返り、一礼します。
──お世話になりました。行ってきます。
◇◇◇
ほい、トリィです。
ただいま馬車に揺られています。この馬車、学園側から手配されたもので、荷物も一緒に運んでくれています。
これ、特待生特典らしく、普通の平民にはあり得ないサービスのようです。
防犯目的もあり、王国ならびに学園の紋章が馬車側面に描いてあるのですが、これが注目をよび、ちょっと、いやかなり恥ずかしいです。
前世から注目を浴びることに慣れていないのです。何かやらかしたということよりも、皆が見てるってことに対して羞恥を覚えてしまって。
意識しなければ大丈夫なんですが。
この位置は窓から視線が入ってきますね。ちょっと逃げましょう。
荷物もあるので窮屈な馬車の中を少し移動します。
窓から離れて──
「ん?どうしたトリィ?」
「わひゃぁ!?あ、ごごめんなさい!」
付き添いで隣に座るペルーティアさんの肩に当たってしまいました。普段はこんなことで変な声あげないのですが、新生活、新しい環境への緊張からか、羞恥もあってちょっと今日は情緒がおかしいです。
「ふふ、緊張してるのかい?普段のトリィはなかなか大胆なのに」
ぐ、緊張見抜かれてますね…。それに、私普段大胆でしょうか?
「…それもあるんですけど、その、視線が気になっ、て…」
うわぁ!何か恥ずかしいです!すごいシャイな子供みたいです私!
絶対顔が赤いです、今。変な汗もかいてきました。
「……な、ならここに座るかい?」
そう言ってペルーティアさんが示したそこは、なんと、ペルーティアさんのお膝の上でした。
14歳なら流石にチャイルドシートは要りませんよ? 急に何を言い出すんですか、この人は。
おかしいですね。ペルーティアさんも普通ならこんな冗談は言いません。
「えと、座る位置を交換するのはだめですか?」
ペルーティアさんの膝の上、元男としてとても興味がありますが、前世含めて37年も生きましたから、もう私はおんぶにだっこの子供じゃありません。
ここは、名残惜しいですが私のプライドにかけて!
「…自分で言うのも何だが、私はこの辺りじゃ顔が知られててな。逆に私が外から見られれば、それはそれで人が寄ると思うんだ」
なんと、薄々気付いてましたが、ペルーティアさん有名人なんですね。
でも私が見られるわけじゃないので。
「私もそこまで目立ちたくないしな…。それとも、私の膝はイヤか?」
「んなっ!そういうつもりじゃないです!」
な、何ですか?この人。急にグイグイ来ますよ?
普段イケメン然としてるのに、こういうとき限ってに女性の可愛さを使ってきますね! ギャップ萌えは評価高いですよ。
「わ、分かりました。……その、失礼します」
「ああ、遠慮するな」
結局、据え膳食わねば何とやらです。ペルーティアさんにそんな頼まれ方されたら断れないじゃないですか。
だから、変に問答を続けないで、さっさと言うとおりに座りましょう。
決してやましい気持ちはありませんよ。ええ。
ペルーティアさんの揃えられた膝の真ん中辺りを狙って腰を降ろします。こうすれば、必要以上に体が触れることなく、膝の上に座るというミッションをこなせます。
後は目的地まで背筋を延ばして、背中とペルーティアさんのお腹が当たらないようにすれば──
「ひゃわあ!?ペ、ペルーティアさん!?」
「遠慮するなと言ったろ?」
腰に回された手が私の体を引き寄せ、私の背中とペルーティアさんのお腹が接触します。脇の下から回された左腕によって上体も押さえられて、そのせいで、後頭部に柔らかい感触が!
何ですかこれ!?どういう状況ですか!?
背中からくる腹筋の固い感触と、後頭部に襲いかかる謎の柔らかさのギャップに、頭の中が沸騰してしまいそうです。
あれ?こっちの方が恥ずかしくないですか?
「ふふ、流石に恥ずかしかったかな?……にしても、トリィ軽いな。ちゃんと飯も食べてたのに…」
「ひわぁ!耳元で喋らないでくださいぃ!」
「あはは。すまんな?」
うあぁ、何かペルーティアさんが喋ると、背中に振動がきて、耳元に息遣いが聞こえて……これはまずいですよ!
「も、もう!ペルーティアさん!急に何ですか、おかしいですよ?」
そうなんです、普段のペルーティアさんなら、膝の上に私を乗せようなんて言うはずありません。
そこんとこどうなんですか!?
「いや、その恥ずかしい話なんだが。学園に行って私から離れるとなると、何かこう、嫉妬では無いんだが…トリィを他所に出すのは惜しいというか……」
「え、ええ?」
つまり、娘を嫁には出さんぞ的なことですか?
「ま、まあ、この先こんな事する機会早々無いんだ、だから、少し私の頼みを聞いてくれないか?」
「…そんなこと言われたら、断れないじゃないですか…」
「ああ、ありがとうトリィ」
「しょうがないですね。目的地まで抱き枕になってあげます」
ペルーティアさんだから、特別なんですよ?
街中を走る馬車はそれほど速度を出しません。学園までもうしばらくありますから、ゆっくりしていきましょう。
ペルーティアさんの右手が私の髪を撫でます。
ペルーティアさんの体温が私の体を包みます。
馬車の揺れが、まるで赤子をあやすように揺れ、少しずつ意識がぼうっとしてきます。
──たまには二度寝しても怒られませんよね?
「おやすみ、トリィ」
──おやすみなさい。
ありがとうございました。