新しき場所で
テラウスの住民たちの朝は早い。市場の商人たちは言わずもがな、衛兵や魔法使いに至るまで国の復興の手を休めるわけにはいかないのだ。この国の……というよりラルテリシア全体の町並みは昔のヨーロッパ風いかにもファンタジーの世界といった感じだ。
そんなわけで今日も朝を告げる鳥たちが元気に鳴き声を上げるのだった。
「うるさい……もうちょっと……」
目覚まし鳥の声は朝に強くないリジェイルにとっては拷問でしかない。数年前までならばそんな鳥の鳴き声など無視して寝続けられたのだが下の階から聞こえてくる声がその願望を崩していく。
「リジェイル導師!いつまで寝ているつもりですか!今日は導師が特別に講義を開く日だから早く起きなければいけないと言っていたではありませんか!」
毎朝の鳥の声だけでは起きられないリジェイルを叩き起こしてくれる同居人が現れたのだ。朝起こしてくれるのは本来ならばありがたいことなのだが朝から元気すぎるのも考え物である。
「……陽義……講義休んでいいかい?」
怒鳴る声に近いほど大きな陽義の声に起こされているのにも関わらず眠気が取れないリジェイルが無駄だと知りながらも答える。
「ミレルさんからリジェイル導師がぐずったら叩き起こしてと言われていますのでそうしますよ?それに朝ごはんが冷めてしまうので早く起きてください」
陽義は呆れたように答える。陽義がリジェイルと共に生活を始めたのは四年ほど前だった。陽義は不死王と呼ばれる恐ろしいアンデットで、危険な性質がいくつもあるのでどこにも居場所がないものと思っていたのだが、この国の王であるアラン王が事情を聞いてあっさりとこの国にいていいと言ったときには驚いたものだ。ただこの国の住民たちを怖がらせるといけないのでリジェイルが作った魔法薬で不死王の外見を隠匿して人間として暮らしているのだ。リジェイルと共に暮らすことになったのは魔法薬のこともあるのだが陽義自身を監視するためだろう。
「……叩き起こされるのは勘弁だね。じゃあ起きますか」
そういって伸びをする。毎日のやり取りを終えようやく目を覚ましたリジェイルは朝ごはんを見てすぐに手を伸ばそうとするが、
「ちゃんと手を洗ってください」
陽義による正論で手を引き戻される。同居生活を始めてから朝ごはんを(というより料理全般)作っていたのは毎日様子を見に来てくれていたミレルなのだが、お世話になってばかりの現状に耐えられなくなった陽義が手伝うようになり今では朝昼晩と陽義が行っている。
「全く、たまには休みが欲しいものだね」
「最近、毎日何かしらに呼び出されていますよね。問題でも起こっているのですか?」
リジェイルの愚痴めいた独り言に陽義はツッコミを入れる。リジェイルは国最高クラスの魔法使いとしてアラン王に仕えている。従って仕事の内容は教えてくれないことが多いのだ。
「仕事が忙しい時点で大問題だよ」
毎回こんな風に流されてしまっていた。さすがに国の重要情報は流せないとわかってはいるのだが気になってしまうのだから仕方がない。
「そんなことより今日も夕方はオーギンの元へ行くのかい?」
「ええ、呼び出されてますし負けっぱなしは悔しいので」
ここ四年間の陽義の生活は朝から夕方までは魔法ギルドで精神魔法を学び、夕方からはオーギンが剣や肉弾戦の稽古をつけてくれていた。精神魔法を学ぶことについては陽義が人と共に生活することにおいて絶対に必要な事であった。自身の正体を隠す魔法薬も自分で作れるようにならなければならないし、動物から血だけを抜き取る魔法も使えるようにならなければならなかった。今はリジェイルが代わりにやってくれているがいつまでも頼るわけにもいかない。オーギンの稽古については陽義自身が言い出したことである。もう二度と大切な人を目の前で失わなくてすむように……。
「では先に行っています。サボらないでくださいよ。楽しみにしているんですから」
いくつかの書物をカバンに詰め、小ぶりのワンドを腰につけながら陽義が言う。ワンドは見習い魔法使いの証である。まだまだ初級の魔法しか唱えられないが魔法を学ぶのはとても楽しいのである。
「わかったよ。ああ、それと稽古が遅くなるようならオーギンにここまで送ってもらってくれないかい?」
「了解しました。では行ってきます」
そういうと待ちきれないといった様子で陽義は家を飛び出した。
本作を読んでくださっている方ありがとうございます。こんなガバガバな文章しか書けない作者ではありますが、これからも読んで下さったら嬉しいです。
プロローグに位置付けられていた話が終わりようやく本編に入るわけですが……。この話数は少し短くなってしまい申し訳ございません。少し裏設定を練り直そうと思うので短めの話数が少し続きます。
報告は以上です。