謎の炎
リジェイルたちは魔法の反応がした場所へ船を向かわせていた。結論が出てからは五人とも無言で思い思いに過ごしていた。舵さえとっていれば船は自動で進むので暇なのだ。今となってはその舵さえ固定したまま放置している。しいていうならスティードのみが陸が近づくのを見張っているくらいだ。オーギンは武器の手入れをしているし、ラティーヌも瞑想に入っているおそらく神に祈りをささげているのだろう。ミレルだけが興味深そうに辺りを見渡していた。
「なにか珍しいものでもあるのかい?」
リジェイルがそんなミレルの様子をめずらしく思い彼女の近くへ行き尋ねた。
「ええ、外の世界ってこんなにも海の波が激しいのね。水の精霊たちがまるで強風のときの風の精霊のように踊っているの。ラルテリシアの海では激しい波なんてたたないからとても新鮮だわ」
たしかにラルテリシアでは自然に強い波がたつことがないが、精霊が見えるミレルとリジェイルたちでは感じ方が全然違うのだ。
「なるほど。確か自然現象は精霊たちが引き起こしているらしいからね。気候が違うこちらの風景は君には新鮮に見えるだろう」
リジェイルが感心したように言う。そういえば目的のことを意識しすぎて自分本来の好奇心が全然働かないと気づいて苦笑する。
「そういえばあなたも外の世界に関心があるんじゃないの?あなたのことだから目的の事なんかそっちのけで見物行きたいなんて言い出すんじゃないかって思っていたのに」
そんなリジェイルの内心を知ってか知らずかミレルが言う。
「私自身も驚きだよ。まあ初めて外の世界に来てるってことで人並みに緊張してるのかもしれないね」
再び苦笑しながらリジェイルが答える。リジェイル自身が感じている不安のことについては誰にも言っていない。不安などとりこし苦労であればそれに越したことはない。あえてみんなに話して不安をうつす必要もないだろう。
「こちらの世界の精霊でも問題なく操れそうなのかい?」
ごちゃごちゃした考えを払うようにリジェイルは会話を続ける。
「操るなんて言わないで。精霊には心はないけど意志はあるの精霊使い精霊語にはたしかに強制力はあるけどあくまで私たちは精霊に助力を願うだけよ」
ちょっと不機嫌になりながら言葉を返されてしまうが精霊魔法に詳しくないリジェイルとしてはそんなこと言われても理解できるわけないのである。
「悪かったよ。でも君が召喚する強精霊の力は頼もしいからね。ちょっと気になっただけさ、こちらでも使えるのか」
精霊には属性ごとに精霊の長とも呼べる強い力を持ったものがいる。強力な精霊使いはミレルの言葉を借りるならその強精霊を呼び出し、助力を願うことができるのだ。強精霊の力は人間などよりもはるかに強いのでリジェイルはいざという時に使えるかどうか確認しておきたかったのだ。
「精霊は私たちとは全く別の世界……精霊界とあなたたちが呼んでいる世界にいるのよ。私がどこにいようと私が呼びかける精霊は精霊界にしかいないのだから関係なく呼び出せるわ」
ミレルはまるで子供にものを教えるかのように話す。
「わかったわかった。とにかく問題はないんだね」
そのことを少し癪にさわったようにリジェイルが流す。
「あなたが聞いてきたんじゃない……」
少し傷ついたように口を開いたミレルの様子が変わった。ミレルの目には精霊たちが慌てたように自分たちとは逆方向に向かうのが感じ取れた。
「いったいどうしたんだい?」
そんなミレルの様子をみたリジェイルが不安に駆られて声をかける。しかしミレルが答える前にスティードの声が上がった。
「みなさんちょっとこちらに来てください!」
彼にしては少し焦り気味の声であった。陸が見えたのかそう問おうとしたリジェイルは言葉を失った。彼らの目の前にはごうごうと燃え上がる山が見えていた。
「いったいなんだあれは?」
オーギンが驚きの声を上げるのも無理はない。燃えている山は紫色の炎に包まれているのだ。
「落ち着いてください。陸が見えているのでリジェイルお願いします」
ラティーヌが冷静にリジェイルに魔法を促す。それを受けリジェイルは幻覚と人避けの魔法を展開する。魔法を知らないものが相手ならこれで十分だろう。それよりも気になることがあった。
「ミレル、さっきはどうして様子が急に変わったんだい?」
ミレルはただただ驚いている三人と違って今や恐怖の表情を浮かべている。リジェイルたちは答えを聞くのにミレルが落ち着くのを待つ必要があった。待っている間に空高くまで上がっていた紫の炎はさっきまでの勢いが嘘のように弱くなっていきそして消えてしまった。
「……さっきの炎からとても強い精霊力を感じたわ。でも私の知っているどの精霊にも当てはまらなかった……」
ようやく少し落ち着いたミレルがそれでも震えながら答える。
「どういうことだい?あれは火の強精霊エフリートが起こした炎じゃないのかい?」
リジェイルが問いかける。そもそも精霊使いに知らない精霊がいるというのもおかしな話であるのだがミレルほど実力をもった精霊使いなどそうそういないはずなのである。
「違うわ……。私は紫の炎を使える精霊なんて聞いたことがない……。でも確かに精霊の力を感じ取ることが出来たの」
ミレルが知らない精霊のことを他の四人が知っているはずもなく再び重い空気に包まれた。五人とも歴戦の猛者である。そうであるが故に事態の異常さに気づいていた。重い空気のまま時は流れ五人は船を泊めておける場所を見つけ停船する。
「ごちゃごちゃ考えるのは好きじゃねえ。さっさと目的の場所へ向かうぞリジェイル案内しろ」
そんな空気を壊さんとばかりにオーギンが声を張り上げる。
「だが……」リジェイルが反論しかけると、
「あの炎について考えたって答えが出るわけじゃねえし、ラティーヌは引き返さないって言うんだろ?だったら前進あるのみだぜ」
オーギンは覚悟を決めたようだ。
「リジェイル、私からもお願いします。私も引き返す気はありません」
ラティーヌからも決意の表情がうかがえた。
「……わかったよ」
スティードもミレルも異論がないようなのでリジェイルは魔法の反応があった場所へ座標をあわせて瞬間移動を唱えた。移動した先には不思議な光景が待っていた。木々が枯れている。なぜか灰になっていない。
「どうなってやがんだ?」
オーギンのいぶかしむ声。その時ガサッと何かの音がした。全員の注意がその音のした方へと向けられる。そこにいたのはまだ幼い少年だった。