プロローグ2
結界で囲われた島がある。そこに住む者たちからラルテリシアと呼ばれるその島は地上と魔界を繋ぐ場所といわれている。結界の形は東西にのびる楕円刑でその最東端には光の柱と呼ばれる地上への道があり、最西端には闇の柱と呼ばれる魔界への道がある。
かつてはその二つの世界からの来訪者も訪れたが、神々が柱を超えるために必要な魔法の知識を地上と魔界の歴史から無くしてしまったため現在では外の世界からこの地を訪れる方法はない。従って光の柱からの来訪者はいないが闇の柱からは妖魔などがちょくちょくこの島に連れてこられている。
この島には二つの王国が栄えている。東側全域を統治している国テラウスは階級制度の強い国であったが、最近即位した名君と名高いアラン王によってその制度が改革され住民たちからの評価は高い。
一方西側全域を統治している国のダルムは魔界からきた妖魔などが暮らしておりやはり昔から続いている階級制度が根強く残っている。この国が闇の柱から妖魔が訪れている原因である。
島の北には魔の竜窟と呼ばれる山脈があるがそこにははるか昔から生きているとされる古竜が住んでいると言われ二国ともに近づいてはいない。
二国は長い間戦争を繰り広げており、最近まで戦いが頻繁に起こっていた。しかし島の中心地点にある古代の遺跡付近で突如としておきた災害によって両国共に甚大な被害が出たので今は休戦となっている。
テラウスの王都であるフリードでも数百年ぶりにおこった地震に住民たちは少し混乱していた。その地震の被害を受けなかったジセート神殿の神官たちもけが人を魔法で癒したりしながら復興を手伝っていた。
そんなジセート神殿には多くの巡礼者やけが人が今日もたくさん訪れていた。この世界に存在する三神の中でも正義と慈愛を愛する神とされるジセートはこの国で多くの信仰を集めている。特に王都だけあってテラウスで一番の規模で建てられているこの神殿には国中から信者が集まるのだ。
本来であればこの神殿でも司祭位であるラティーヌも神殿に訪れた巡礼者に説法を説いたり、けが人に癒しの魔法をかけたりしなくてはならないのだが今日は一般の巡礼者は立ち入れない客室でかつての仲間を待っていた。説法をしていないときであっても彼女は真っ白な神官着を身にまとい、首からジセートのシンボルをかたどった聖印のついたネックレスをさげている。いまだ二十代後半であるにも関わらず司祭位についている彼女は巡礼者なら誰もが知っているその聡明さを全身で体現しているかのようだ。
そんな彼女のもとに巡礼者たちからしてみれば奇妙とさえ思える一団が現れたのは彼女が待ち始めてから半刻ほど経った頃だった。
「君が私たちを集めるなんて珍しいこともあるものだね。何か面白い事でも起きたのかい?」
「お久しぶりですね。リジェイル」
リジェイルと呼ばれた男の口調には少しだけからかうような響きがあったがラティーヌは気にせず挨拶を返した。
リジェイルはラティーヌと似たようなローブを着ていて右手には緑の宝石が先にはめこんである杖を持っている。ラティーヌはそれが精神魔法使いが発動体として使う杖であることを知っていた。リジェイルはこの王国でも五本の指に入るくらいの実力の持ち主で今では魔術師ギルドで導師をしているはずだとも。
「私はそんなに久しぶりではないけど、確かにこの五人が集まるのは珍しいわね。後、リジェイルは少し黙りなさい」
からかいが受け流されてなおも口を開こうとしたリジェイルに厳しい視線を向けながらラティーヌと同年代くらいの女性が話す。
その女性も当然ラティーヌとかつて共にいたなかまである。ソフトレザーを着ていてとても動きやすそうな格好をしているその女性の名はミレルといい、やはり強力な精霊魔法使いである。今となっては精霊魔法を修行している教え子が数人いるらしい。ラティーヌとミレルは小さい頃からの付き合いでありお互い忙しくなってからもちょくちょく会っていた。
「相変わらずだなあミレルは。リジェイルだって俺と同じでここ一年は戦争から離れられなかったんだ。そんな冷たく当たらなくてもいいんじゃねえのか」
たしなめるように言った男の名はオーギンという。がたいがいい見た目どおりの戦士であり剣の腕前もかなり高い。今は麻の服に軽い皮鎧を着こみ腰から長い剣を下げている。
「そうかもしれませんがラティーヌが私たちを呼び出した理由も気になります。再開を喜び合うのは後にしましょう」
そう穏やかに提案した男はスティードという。彼もミレルと同じくソフトレザーに身を包んでいたが全く隙がうかがえない。それもそのはずである。彼はテラウスでも一二を争う密偵なのだ。
かつてはこの五人でテラウス中で起こる様々な問題や、ダルムからやってきて住民たちを襲う妖魔の退治などをしたものである。もっとも五人の実力が評価されて戦争などで活躍できる役職に引き抜かれてからはバラバラになってしまったが。
そんな風に自身の思考に浸っていたラティーヌは我に返って四人を読んだ理由を話し始めた。
「先日私のもとにジセートからのお告げがあったのです。その内容が『光の柱の向こうで魔に落とされてしまう罪なき者を救いなさい』というものでした」
ラティーヌは一旦言葉を区切りそして覚悟を決めたように再び話し出す。
「私がお告げを受けたのはこれが初めてです。それにこのお告げは私にだけあったそうです。だから私は光の柱を越えて外の世界に渡り、そのお告げが指し示す者を救おうと思います」
「あなたはもう決意したのですね」
常に冷静なスティードがラティーヌの様子をみて断定するようにいった。他の三人は言葉を失っているようだった。
ラティーヌはその言葉を肯定しさらに続けた。
「ですが外の世界は未知の場所であり私一人で行ってもお告げに出てくる者を救えるかわかりません」
ラティーヌは少し心苦しそうな表情で続けた。
「なので皆さんに助力をお願いしたくて今日お呼びしました」
少しの間沈黙が起こった。なぜなら光の柱の向こうは誰も行ったことのない場所である。その気になれば魔法使いは光の柱を超えることが出来る。しかしなにが待ってるかわからない地であることから誰も足を踏み入れたことがないのだ。
しばらくするとリジェイルが口を開いた。
「私は付いて行こうと思う」
ミレルは悲痛な顔になりながら口を開く。
「なんでラティーヌもリジェイルも苦労を背負おうとするの?あなたたちが危険な目にあう必要なんてないじゃない」
今にも泣きそうな声であった。そんなミレルに珍しくまじめな声でリジェイルは言う。
「理由はいくつかあるんだけどね。まず、ラティーヌは一度決めたことは曲げない性格だからね」
そしていつもの調子に戻り、
「あと、私自身外の世界に興味があるからね」
と軽く言ってのけた。そんなリジェイルにラティーヌは「ありがとうございます」と言う。
「ですが、外の世界に行くのに君の立場で許されるのですか?」
冷静なスティードから質問が上がる。
「最高司祭様の許可はいただきました。アラン王にも掛け合っていただいて、許可が下りました。」
「私たちの事は?」とリジェイルが問うと、
「本人の希望しだいだそうです」
と回答があった。スティードは行動が早いことを意外に感じながら、
「じゃあ、私に断る理由はありませんね」
と何事もないかのように答えた。
「全く、正気じゃねーぜ」
オーギンが身を震わせながら言うと。
「無理にとは言いません。元々これは私の成すべきことなので」
申し訳なさそうにラティーヌが言った。
「んなもん関係ねえよ。仲間が安全かどうかもわからない場所に行くってんなら俺も一緒に行ってやるよ」
オーギンは迷いを振り払うかのように言い出すとミレルの方を向き、
「お前はどうするんだ?」
と訊いた。ミレルは少し葛藤しているようだったがやがてみんなの方をみて、
「わかったわよ。どうせみんな行くって言うんでしょ。だから私も行くわよ」
とやけくそになりながら言った。そして決意を固めた表情で、
「でも絶対戻ってくるわよ。こっちの世界に」
と言った。
かくしてラティーヌたちは光の柱を超えて外の世界に行くことになり、準備のためにいったん別れることとなった。
リジェイルが瞬間移動の魔法で帰ろうとするとスティードに呼び止められた。
「リジェイル、ちょっと待ってくれないですか?話したいことがあるのですが」
すでに他のみんなは解散した後だった。ラティーヌも宿舎に戻っている。
「話したい事ってなんだい?」
薄々わかってはいたがリジェイルはわからないふりをした。
「あなたはジセートのお告げが示す事実に気づいているでしょう。魔法の事ですよ」
とスティードは切り出す。
「この世界にしかないはずの知識であり、光の柱を越えた人はいない。それはこの国で光の柱周辺を管理しているから間違いありません。なのにもかかわらずお告げには魔法を使わないと不可能でありそうな言葉があります。『魔に落とされる』とはどういう意味だと思いますか?」
さすがにスティードは鋭かった。リジェイル自身もその言葉について疑問を持ち、真実を確かめたいと思っていたのだ。
「その言葉については私も疑問に感じたね。でも情報が少なすぎてなんとも言えないんだ」
嘘をついても見破られてしまう確率が高いのでリジェイルは正直に答えた。
「やはり、自分自身で確かめない事には始まらないからね。でも警戒は常にしておいた方がいいだろうね」
「わかりました。魔法にも警戒するようにしましょう」
そのスティードの言葉をリジェイルは頼もしく思った。だがスティードと別れた後もリジェイルは胸の奥で不安を感じずにはいられなかった。