プロローグ1
「私たちに付いてきてくれるね?君はもうこちらの世界では暮らしていけないんだ」
リジェイルは悲しい瞳を向けて朝宗陽義に告げた。
—————————————1か月前—————————————
「すげえ」
陽義は目の前で起こっていることに目を疑っていた。
「嘘じゃなかったでしょ?」
陽義の親友の睦人が彼にしては珍しく自慢げに言う。
「信じろっていうのが無理なのは分かるけど陽義はちょっと否定しすぎだったんじゃないかなあ」
睦人はふくれっつらになる。
「いやいや、信じられるわけないだろ」
基本的に友達思いの陽義が睦人の言葉を信じられなかったのは訳がある。今日睦人は陽義を人目につかない林の奥に連れていき、突拍子もなくこう言ったのである。
「僕、ついに魔法が使えるようになったんだ。」
その言葉を聞いた陽義は驚くというより呆れの感情が先に来た。
(魔法なんてオカルトじみていて、テレビの中の話だって8歳の俺でも知ってるのに)
などと思考を巡らせ、親友が中二病というものになってしまったのかと考えた陽義は、
「魔法なんてこの世にはないぞ。いったい何のアニメにはまったんだ・・・」
から始まる説得の言葉をクドクド話していたのだ。
しかし今、陽義の目の前には光の粒が浮いていたり睦人の手の動きに合わせて風が吹いたりしている。これはたしかに魔法のようである。
「信じてくれた?」
やはりちょっと得意げな睦人が微笑みながら言う。
「信じるしかないけど、本当にすごい!有名人になれるんじゃない?」
陽義はとても興奮してはしゃいで言う。しかし睦人はその言葉を聞くと少し不服そうにしながら、
「お父さんが誰にも喋っちゃダメだって、秘密にしろっていうんだよ。だから有名人にはなれないかな」
陽義は「もったいない」といいかけてから、すぐに言葉の意味に気づいた。
「そのことを俺に話しても大丈夫なのか?」
だれにも話してはいけないと言われているのにもかかわらず。睦人は話すどころか実際に魔法を見せてしまっている。
「いいじゃん。僕と陽義だけの秘密ってことで。」
普段は弱気でまじめな睦人が悪戯っぽい笑みを浮かべる。
(最近俺も反抗期になったと親から言われるけど睦人もそうなのだろうか)
などと陽義は考えながら、
「わかったよ。俺たちだけの秘密な。でもいいなあ、俺も魔法使ってみたい。そういえば睦人はどうして魔法が使えるようになったんだ?」
と訊くと、睦人は苦笑しながら答える。
「父さんが魔法使いなんだ。だから魔法は父さんに教わったんだよ。それに魔法はそんな簡単には使えないんだよ。僕も去年くらいから練習してて失敗もたくさんしてるんだ。しかも失敗の仕方によっては大変なことになるって父さんが言ってたよ」
「そうか・・・。まあ、簡単に使えたら誰もが魔法使いになってるよな」
魔法のことを見ただけで全くといっていいほど知らない陽義はそう答えるほかなかった。
睦人と別れた帰り道でも陽義は興奮していた。睦人と陽義が出会ったのは小学生になる前である。人前であまりしゃべらずいつも一人でいた睦人に話しかけたのは陽義である。それから二人は毎日のように遊んでいた。
(いつ魔法の練習してたんだろうな)
なんて疑問が浮かぶほどであった。
家に帰り扉を開けると母親がリビングで洗濯物をたたんでいた。
「おかえりなさい。すごい楽しそうな顔してるけどなにかあったの?」
陽義の気分の高揚は顔に出ていたらしい。
「ただいま。学校で面白いことがあっただけだよ」
あまり追及されたくなかったのでごまかしてすぐ近くのリモコンでテレビをつける。それで会話を切る理由としては十分なのだ。
テレビをつけてから今日魔法が出てくるアニメの放送日だと気づいた陽義は観てみようかとチャンネルを変えた。するとまだ少し時間が早かったみたいでニュース番組がやっていた。
『続いてが最後のニュースです。最近起こっている多くの人が失踪を遂げている事件ですが、日本だけでなく世界各地で発生していることが判明しました・・・・。』
ニュース番組が退屈な陽義はついぼんやりしてしまい、気が付いた時には観ようとしていたアニメは始まっていた。
その日から陽義と睦人は魔法の事について人目に付かない場所で話したり、魔法を使った遊びを考えることが多くなった。陽義は魔法の事について聞きたいことがたくさんあった。睦人はその質問に丁寧に答えてくれた。
その結果、陽義が知ったことは
①魔法には色々な種類がある
②睦人が使える魔法は精霊魔法と呼ばれ、その名の通り精霊の力を利用する魔法
③睦人の父親は色々な種類の魔法が使える
ということだった。正直なところ知ってもあまり意味のない情報なのだが、陽義自身魔法の話は楽しかったし、普段自信なさそうにしている親友が得意げに話してくれるのが嬉しかった。次第に二人とも家に帰る時間が遅くなっていった。
ある日、陽義が学校から帰ると見知らぬ男の人が両親と話していた。リビングに入るとその男性はこちらを振り向き、
「こんにちは、朝宗陽義君。初めまして睦人の父の峰秋依代です。いつも睦人と遊んでくれてありがとう」
と穏やかに言った。
「こ、こちらこそ初めまして」
睦人の父親と聞き魔法の事がばれたのかと内心で冷や汗をかきながら陽義は挨拶を返す。その時玄関のチャイムがなり顔をそむける理由が出来たことに安堵しながら、
「出てくる」
といい玄関へ向かった。覗き穴から誰が来たか確認するとそこには息を切らした睦人がいた。
睦人が家に帰ると玄関に手紙が置いてあった。今日は父親から魔法を直接教わる日だから急いで帰ってきたのだ。不思議に思いながらも内容をみてみた。
『睦人、最近帰りが遅いね。陽義君と遊ぶのはいいが、魔法の修行がおろそかになるのは良くないな。私は陽義君の家に行っている。すぐにおまえも来なさい。』
「父さん…まさか…」
嫌な予感がした。父さんは自分が魔法の事を陽義に話したことに気づいたのではないか。という考えが睦人の頭に浮かんだ。陽義の家に向かう足取りはついつい急ぎぎみになってしまった。着いたころには息が切れていた。
「睦人、どうしてここに?」
扉を開け陽義が問いかける。
「父さん来てない?
」
焦ったように聞いてくる睦人に嫌な予感を覚えながら陽義は、
「来ているけど……やっぱ魔法の事か?」
とリビングに依代がいるのでひそひそ声になりながら話す。
「その通りだよ」
答えたのは睦人ではなかった。陽義はふりかえろうとしたがその前に強い眠気が襲ってきた。陽義はその眠気に抗うことができなかった。
目の前で倒れた親友を見て睦人は混乱した。
「父さん、どうして魔法を使ったの?」
問い詰めるように質問すると、
「やはりおまえは魔法の事について陽義君に話していたんだね。あれほど話すなと言ったのに…」
依代の声は穏やかだったがそれが睦人を不安にさせた。リビングを見てみれば陽義の両親も倒れている。
「いったい、何をしたの?」
「眠ってもらっただけだよ」
返事はすぐに帰ってきたが、
「こんな風に簡単に話してしまうのならば、二度とそんな気を起こさせないようにすればいいのかな?」
と誰に言うでもなくつぶやくと依代は睦人の理解できない言葉を発した。
「どういう意味……」
とつぶやきの意味を問いかけたとき、睦人も激しい眠気に襲われ意識を失った。