AさんとBさん、かみ合わない日常について
AさんとBさん
「博物館に、いきませんか」
「行かない」
「天安門広場の石畳、一枚百元ほどするそうです」
「……」
「一緒に踏みませんか」
「踏まない。手荷物検査が面倒だ」
「確かに、踏みませんか、というのはよい誘い方ではないですね」
「面倒なのは手荷物検査が」
「あんなの、並べばいいだけですよ。恐怖主义対策です。どれほどの効果があるかわかりませんがね」
そういう問題ではない。
言おうとして、やめた。
この男はおかしい。
いつもにこにこ笑っている。
周りから見ると我々は友人なのかもしれない。
生まれてこの方友人など出来たこともなかったのに、
どうしてこの男は己の隣にいるのだろう。
いつから、どうしてこうなった。
思い出せないのは、それだけ男が自然に隣にいたからだろう。
人間は、面倒だ。
付き合うとなれば、更に面倒だ。
義務だけを果たせば、一人でいい。
人に好かれようとは思っていないので、
勿論人を好きになったこともない。
だから。
この男はおかしい。
だが、誠実だ。
少なくとも己はそう思っている。
他に友人がいないので比べようもないが。
「近くの通りの食堂が美味しいんですけど」
「……、……」
「大排面と、餃子に、山菜粥」
「……、……、……」
「しかし量が多くて。私一人では食べきれないのですが、私はどちらも食べたい」
「……」
「あなたがよければ、一緒に食べたいのですが」
喉が鳴る。頬が引きつる。
この野郎空腹時を的確に察知してきやがって。
おのれは、食い意地が張っている。貧しい山村に育った。
食べるものがいつもない状態で、いつも腹を空かせていた。
都市部に出てからあちこちに食べ物の匂いがあることにはじめは興奮し、高揚し、そして気持ち悪くなった。
最終的にはやはり、興奮が残る。
食べるものがあるのはいいことだ。
にこにこ。
にこにこ。
男は屈託なく笑っている。
「毛沢東博物館は、行かない」
「混みますものね。それにあそこはもう閉まっています。天安門広場でたこをあげましょう」
「あげない」
「じゃ、屋台の串焼き」
「……食べに行くんだろう……そんなにたくさん」
「食べ切れませんかね」
「……ふ、二人なら、たぶん」
「決まりですね! じゃあ、行きましょう、今、故宮では興味深い展示が……」
男に手を引かれて家を出る。
大学以外では、久々の外出だ。
どうしてこうなった。
わからない。
友人とはこういうものなのだろうか。
己と男は、友人なのだろうか。
だから気付かなかった。
人を知らなさすぎる故に。
男がこんなふうに話しかけるのが己一人だとか。
己といるときしか男は殆ど笑わないとか。
人嫌いを自覚する己がこの男にだけ嫌悪感を抱いていないその事実にすら。