穏やかな日常2
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
前回の続きです。
森林の木々を進んでいくと、昨日の雨がまだ乾ききっていないせいか、ところどころ足場がぬかるんでいたり、水たまりがあった。
「水たまりには気を付けて歩くんだぞ?」
「分かってますよ!」
醒技は少し大きな水たまりを歩いて越えると、明日風はその水溜まりを踏みバランスを崩し、身体が斜めに傾く――
とっさにポーチに入っている卵の事を思い出し、身を翻しそれを庇った。
急な出来事に思わず目を閉じた明日風が目をゆっくり開けると、自分の身体は地に倒れることなく醒技の両手に支えられていた。
「気を付けて歩けって言ってたのにな?」
「卵!卵が!」
醒技が明日風の身体を起こすと、明日風は半べそになりながらポーチの紐を緩め、卵を取り出し、無事を確認する。卵はどこも傷ついておらず、ヒビも入っていなかった。明日風はホッと胸をなでおろす。そんな明日風を見た醒技は右手を差し出した。
「手、つないで行こうか?先に農家の田島さんのところに行くからな?」
「うん……」
しばらく歩いて行くも、先ほどの事を気にしているのか、明日風には元気がなく、黙ったままうつ向いている。
「さっきの事、気にしているのか?」
「だってコケちゃんにとって希望だって……それで……それで……」
自分の気持ちが上手く表現できず、また半べそをかきそうになる。
「泣くな、視界が滲んで前が見えなくなる。そうするとまた転ぶことになる」
「泣いちゃいけないのは戦いの最中だけだって言ってたじゃないですか……!」
「……前に進まなくちゃならない時と、自分自身と向き合わなきゃいけない時もだ」
「お前がコケちゃんの希望を危うく壊すところだったんだ、そのことに対してちゃんと向き合わなきゃダメだ。」
言い返す言葉がなくなった明日風は右手で涙をぬぐんで小さく頷く。
「お前が悪くなかったわけじゃないが、それでも1つ教えておくぞ」
「どれだけ気を付けていたってな、そうなると分かっていたとしてもだ、それでも防げなかったり、どうしようもなかったりすることもあるんだ」
「じゃあどうしようもないんですか……?」
「大抵の場合はおそらくその時点じゃどうしようもないことだと思う」
「これから……ですか……?」
「あぁ、今まで起こった出来事がこれからの事を諦めていい理由にはならないからな」
話しながら歩いている内に港町が見えてきた。木製のアーチ状のゲートには白い文字でシンアイと書かれている。
「……シンアイが見えてきた、そろそろ農場につくところだ。どうすればいいかは自分で考えなさい。」
道路の先には町が見えるが、その町を横切って先に農場に向かう。小さな川が隣接しており川から田圃に水が流れて水田が出来ている。稲が風に吹かれて揺れており、奥には野菜を育てている畑がある。手前には馬小屋、鶏小屋に、鴨小屋がある。
そこに1人の白髪で坊主頭、右手で鍬を持ち、それを肩にかけ、緑の作業服、黒い長ズボンに黒い長靴を履いたおじいさんがこちらに手を振っている。
「醒技さん!明日風ちゃん!」
醒技が握っていた手を放し、その手で明日風の左肩をポンポンと2回叩く。明日風は覚悟を決めて近づいていき、その後ろからゆっくりと醒技が歩いている。
「田島さん!」
「どうしたんじゃ?そんな思い詰めたような顔をして……」
「ごめんなさい!」
明日風はポーチから卵を取り出して、田島に渡すと頭を下げる。田島は卵をしっかりと確認するが、どこもヒビが入ってるわけでもなく、傷がついている訳でもないので戸惑っている。
「別になんもなっとらんぞ?」
「水たまりに足を取られて……転びそうになって……割りそうになって……ごめんなさい!!」
そこまで聞いて事を理解した田島は、微笑んで首を横に振る。
「そんな事気にせんでええ、まだ動物たちに餌を与えられていないからそれを頼むよ」
「はい!!」
明日風の顔に笑顔がもどり、馬小屋に走って行く。そして小屋の傍にある人参とリンゴを持って1頭の馬に与える。
「お馬さんどうぞ~!」
明日風は人参を馬の前に差し出す。馬は尻尾を振って口を開け、人参を半分程食べると大きく嘶く。
ちょうどその頃に醒技は田島の横まで辿り着いていた。
「あの娘も随分大きくなったなぁ~今いくつなんじゃ?」
「今日で16だ」
「あの娘の優しさはあんたに似たのかのぉ?」
「優しくなった覚えがないな」
「冗談言いなさんな」
少しその場が沈黙し風が強くなる。明日風は鶏小屋で色々な野菜を細かく刻んだものを小屋の中にある長方形の木箱の中に入れ、その近くにある正方形の木箱にはホースで水を入れる。
「……あんたもういくつになった?」
「……32だ」
「……今でも覚えとるよ、あんたがこの町にやって来た日の事……衰弱しきった体で赤子を抱えて……ちょうどあんたが今のあの娘の年にこの町にやってきたんじゃな……」
「あぁ……何か言いたいことがあるんじゃないか?」
「ワシから見ればお前さんも大きくなったなと思うんじゃ」
明日風は鴨小屋の前にある小松菜とほうれん草を細かくちぎって長方形の木箱に入れ、またホースで正方形の木箱の中に水を入れた、鴨はグァグァ鳴きながら近寄ってきて飲んだり、食べたりしている。
「改めて言うのもなんじゃが……ワシはあんたに感謝しとる。この町にいる人々もおそらくな。今この町が活気にあふれてるのも、ワシの娘が今生きとるのも、あんたのおかげじゃ」
「……そういや、じいさんの娘は今どこにいるか知ってるのか?」
「26になった時に農業のノウハウを教えたいって『ライアス』に行った……ワシは心配じゃがあの子がやりたいことを見つけてやったことじゃ、近々一度顔を出すって手紙も来てる」
「雷のところか、去年急にいなくなったからビックリしたんたぞ、じいさんもじいさんで黙ってるから余計にな」
「別れるのが寂しいってんでワシにだけ言ってみんなには内緒にって行ったんじゃ」
その頃、ちょうど一通り餌をやり終わった明日風が醒技達の方に走って戻ってきた。
「餌やり終わりました!」
「おぉ、ありがとうな」
「何の話をしてたんですか?」
「なに、ちょっと昔の話をしてたんじゃ」
「えっ!?昔の!!」
醒技は面倒なことになったというような面をし、顔を右斜め下に向ける。明日風は真っ直ぐ正面を見て、目を輝かせていた。
「田島さん!醒技はどんな人だったんですか!?」
その雰囲気でなんとなく察した田島はそれとなく話した。
「この小さな港町の英雄……かのぉ」
「えぇ!?どうして、どうして?」
この隙に根掘り葉掘り聞こうとしてる明日風を醒技は止める。
「来年話すって言ったじゃないか?」
「絶対またとぼけるもん!!」
すると田島はハッハッハと高笑いをする。
「ワシも詳しくは知らんよ、ワシが死ぬまでには聞かせてくれるじゃろう」
「じゃあ来年は田島さんも一緒に!ね!」
「あぁ、楽しみにしてるよ」
「明日風、そろそろシンアイに行くぞ」
醒技は町に足を向け進みだすと、その背中を明日風は追いかけていく。田島は2人の後ろ姿が見えなくなるまで手を振って見送ると、ポツリと呟いた。
「大きくなりはしたが……変わらんのぉ……それが彼の『強み』なのかもしれんが……なんだかのぉ……」
新年早々、胃の調子が悪くなったので投稿頻度に影響がでるかもしれません。みなさまもお身体にはお気を付けください。