その人、身に誓って5
醒技が家に着くと、辺りはすっかり暗くなっており、各家のドアの横にある小さな灯りだけが真っ暗な森を照らす。
「もう歩けるか?」
「はい!大丈夫です!」
醒技は明日風をゆっくりと降ろした。
「今日は自分で湯を沸かしてくれ、ご飯の準備があるからな」
「結果はどうなったんですか!?」
試練の結果が待ち遠しい明日風はウズウズしながら醒技を見る。
「結果発表はご飯の前だ、少し待ってくれ」
そう言いながら醒技は真っ二つに割れた木の盾だった物を取り出し、明日風に手渡す。
「その盾は天寿を全うし、崇高なる死を迎えたんだ。安らかにな」
醒技は少し大袈裟に力説する。
「また何かの冗談ですか?」
明日風には伝わらなかった。
「お疲れ様の意味を込めて薪と一緒にくべてやってくれ」
「ちなみにさっきもそう言ってたんですか?」
明日風はどこか呆れているように答える。
「……まぁ、同じことだ」
「ふぅん……まぁいいや!行ってきます!」
明日風は醒技にまたねと手を挙げ、煙突のある家に向かうと、扉に入る前に先に家の裏側に回った。
裏側に回ると、窯が設置されており、その横には大量の薪が置かれている。
中のお風呂と繋がっており、これでお風呂の水を温めてはじめて温かいお風呂に入ることが出来る。
明日風は窯の中にいくつか薪を入れると、真っ二つに割れた木の盾も一緒に入れる。
「お疲れ様……守ってくれてありがとう……」
そして、明日風は両手を大きく挙げて、深呼吸をする。
「えいっ……!!」
明日風は大きな掛け声と共に両手を窯に向けると、小さな火が薪に当たって窯の中に炎が宿る・
「うあぁぁ…………」
魔法を放った明日風は両手を大きく下げ、脱力する。
「今日は早めに寝よ……」
明日風は立ち上がると、表に回っていよいよと扉を開ける。
扉を開けた明日風はバスタオルや替えのシャンプー、リンスなどが置かれている棚にある着替えを置くための籠の前に立つと、お風呂に入る準備を始めた。
風呂に入る準備が出来た明日風は戸を開け、鼻歌を歌いながら真っ白な長い髪をシャワーで洗い流す。
「汚れと~疲れを洗い流すと~嬉しいな~」
身体の汚れを落とした明日風は湯船に浸かる。
「上手くいったと思うんだけどな~」
湯船に浸かった明日風は水を両手で掬っては投げ、掬っては投げを繰り返す。
剣術は醒技が教えてくれるから上手くいくけど、魔法は自分でなんとかしなければならない。
「魔法はイメージ……魔法はイメージ……」
明日風は掬った水をそのまま落とすと、顔の横に両手を持っていく。
「シュッ!としてドカーン!!」
明日風はそのまま両手を水面に叩きつけると、水は飛沫をあげる。
「ゴーッ!ゴーッ!」
水中に入った両手を水面から半分手を出し、水を押すと、水面はゆらゆらと揺れている。
明日風は首を縦に小刻みに振りながら、満足そうに風呂を出た。
風呂上がりの明日風は首にタオルを巻きながら食卓に向かう。
扉を開けると、食の風味が部屋全体に広がり、明日風は吸い寄せられるように席に着く。
「今日は『鯛の炊き込みご飯』に『鯛の味噌汁』だ」
醒技は台所でコップに水を注いで、テーブルに運んで席に着く。
「試練の結果はどうなったんですか!!」
「あぁ……そうだな……」
明日風は結果を心待ちにしていると、醒技は水を1杯飲んだ。
「……これからは銃の習練も頑張るようにな」
「ということは……!」
醒技はテーブルにコップを置く。
「合格だ」
「やったぁぁ!!」
明日風がそのまま勢いでごちそうにありつこうとするも醒技は手を伸ばしてそれを止める。
「いただきますだ」
「いただきます!!」
試練を終えた後のごちそうが明日風の身体を染み渡る。
そして、明日風は箸を進めながら、試練の話を持ち掛ける。
「素手でも戦えるなんて知りませんでしたよ!」
「今日の為にずっと黙ってたんだよ」
「どうしてですか?」
「全く知らない戦法にどう対応するか見たかったんだ」
「なるほど……」
醒技と明日風は箸を進める。
「お前が知らないことなんて一杯あるって事だ」
「そんなことないですよ!」
「知らない事も知らないみたいだな」
「ご飯は黙って食べることを知っていますよぉ~だ!」
しばらくして、2人は食事を済ませると、醒技は立ち上がる。
「さて、そろそろプレゼントの時間だ」
それを聞いた明日風はすぐさま扉を開けて醒技を待っている。
「行きましょう!!行きましょう!!」
外に出ると、2人は醒技の部屋に向かう。
「そういえば、銃は分かるんですがどうしてプレゼントもダメだったんですか?」
「少し危険な物なんだ」
「えぇ!?」
明日風は驚くと、慌てて聞き返した。
「そんなの貰って大丈夫なんですか!?」
「まぁ、直接見て判断するといい」
2人は醒技の部屋に着く。
部屋の中央に2人分くらいが座れそうなソファにテーブル、部屋の奥には机があり月明かりが照らしている。
部屋の右側には本棚が置かれているが本が隙間を開けて右に倒れており、部屋のあちこちに本が散らばっている。
そして、部屋の左側には古ぼけた木材が壁に飾ってあり、その木材には白い文字で『第二遊撃分隊』と書かれている。
「あぁ~!!また部屋が散らかってるぅ!!前お片付けしたばっかりなのにぃ~!!」
「色々と調べなきゃいけない事があってな。まぁ、世界は広いって事だ」
そう言いながら醒技は机の引き出しを引くと、古ぼけた木材を机に置く。
「これだ」
明日風はそれをマジマジと見つめる。
「これのどこが危ないんですか?」
そのまま体を動かし、色々な角度で見るもこれが危ない物には見えない。
「開けてみてくれ」
醒技は椅子に座ると、明日風は木箱をゆっくりと開けると――
――全身に衝撃が走った。
さきほどまで何も感じなかったその箱が、厳密には箱に入っている4枚の御札が強烈な魔力を放っている。
「い、今のって……」
「魔力だな」
「頭がこんがらがってきました……」
明日風は混乱する頭を整理して順を追って醒技に疑問をぶつける。
「これは何の魔法なんですか?」
「一言で言うと『結界』だ。魔術の1種でその御札には結界の魔法がこめられている。少しの魔力を1つの札に込めるだけで4枚の札が術者の周りを取り囲み強力な結界を作る。ただし、1度きりだ。いざという時に役立ててくれ」
醒技の答えに納得すると、躊躇しながらも次の質問をする。
「醒技に魔力は無いんですよね?」
「あぁ、そうだな。どんなに才能がないやつでも指先に蝋燭程度の火は灯せるし、水の1滴は出せる。だが、俺にはそれが出来ない。魔力がないからな」
明日風が悩みながら頷く。
「でも、ここまで大きな魔力だと、たとえ、家の外からでも気づくはずです!でも、私はこの箱を開けるまで気づかなかったです!」
「それは木箱の中に魔力を隠す魔法がかかっているから気づかなかったんだろう」
それを聞きながら明日風はお札を手の平に乗せて眺める。
「これのどこが危険なんですか?結界なんですよね?」
明日風にそう問われると醒技は問い返す。
「ものすごい魔力だっただろう?」
「はい……こんな魔力は今までに感じたことないです……」
「結界の魔法だからいい、でもそれが何かしら攻撃的なものだったら?」
「どうなるんですか?」
「種類にもよるがおそらく1つの町が跡形も無く消えるだろうな」
醒技の返答に明日風は言葉を失う。
「で、でも!これは結界なんですよね!?」
「あぁ、だからどのみちそれをどう使っても町が消えることは無い……だが、それほど強力な物だという事は理解していてくれ」
その言葉に明日風は安堵の溜息を吐く。
「あっ、最後にあんまり大した事じゃないんですけど、1ついいですか?」
「あぁ」
「この魔力は誰の何ですか?」
椅子に座っていた醒技は机の上で両手を組む。
「どうしてそう思ったんだ?」
「だって、魔力を隠す魔法がかかってるのにそれが結界だって分かってる感じだったし、それなら銃の時と一緒で作った人の事を知ってるんじゃないかな~って……」
「なるほど……なるほどな……」
醒技は頷きながら、鼻息を吐いた。
「俺の姉だ」
明日風はそれを聞くと今までの魔法の事以上に驚いた。
「お姉さん!?醒技にお姉さんが!?」
「あぁ」
明日風は興味深々で机に両手を着く。
「私、会ってみたいです!」
明日風がそう言うと、醒技は椅子に持たれかかって答えた。
「今は会えないんだ」
醒技は冷静に答える。
「どこにいるんですか!!」
「詳しくは知らないが、おおよその見当はつく」
醒技はテーブルの方に指をさす。
「そこに世界地図があるだろう?」
「はい!」
明日風はテーブル一杯に世界地図を広げる。
「で!どこにいるんですか!?」
「上の方だ」
「もうちょっと具体的に分からないですか!」
明日風は地図の上の方を見ながら熱心に目を左に右に動かしていると、醒技が話し始めた。
「あのな、明日風。実はな“会いに来るな”って言われてるんだ」
それを聞いた明日風の目の動きが止まった。
「それが何でかは知ってるんですか?」
「やるべき事でもあったんだろうな。まぁ、寂しくなったら顔を出しにくるだろう。元気にやってるって事だ」
「そういうものなんですかね?」
「そういうものさ」
一通り話し終えた醒技は立ち上がる。
「他には何もないな?」
「はい!大丈夫です!」
明日風は札を箱に仕舞って醒技と共に外に出た。
「醒技はどうするんですか?」
「もう少し体を動かしてくる」
「そうですか……」
明日風はあくびをしながら眠そうに答える。
「おやすみなさい……」
「あぁ、おやすみ」
明日風は自分の部屋に入ると、醒技は花畑に向かって歩き出した。
部屋に入った明日風は靴を脱ぎ、引き出しに木箱を仕舞うと、パジャマに着替える。
そして、ベットに入ると余程疲れていたのかすぐに眠りについた。
一方、醒技は夜の花畑に辿り着くと、木にもたれかかり座り込み、上の方に目線を上げ、満点の星空に浮かぶ満月を見る。
「あの日もこんな満月だったよな」
醒技はまるで誰かに話しかけているように話しを続ける。
「今日で明日風も16歳なんだ……。あの日の俺と同い年とは思えないよな」
醒技は俯きながら感傷に浸ると、再び上を向く。
「いざという時はあの娘を……守ってやってくれ」
醒技が一息吐いて、ゆっくりと立ち上がると――刹那、後ろを向いて刀を構えた
草木も眠る静かな時にその場にいる醒技だけがその異変に気付いた。
「町の方角だが……」
醒技は左手で左目を覆い隠すと、精神を集中させ、町の方を視る。
「町に被害は無いな……」
しかし、醒技の眼には見えている。
木々よりも高く、天に漂う魔力の残滓が……。
「なぁ……もしもの時は本当に頼むぞ……」
醒技は一抹の不安を覚えながら空を見上げて呟いた。