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放蕩貴族と銀の天使  作者: トウリン
SS

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男たちの密やかな契約

「では、貴様の力を見せてもらおうか」

 そう告げて、木剣を携えたガブリエルがブライアンの前に立つ。彼は構えを取ることなく、ただ右手に剣を持ち、無造作に立っているだけだ。


 そんな彼に、ブライアンは両手で握り締めた木剣を向けた。


 こうやって彼に挑むのは、もう五度目になる。いや、一度目はアンジェリカも参戦したから数に入れてはいけないのかもしれない。まあ、彼女の助けがあっても、コテンパンにやられたが。

 それからガブリエルが都に戻るたびに挑戦し、二度目は単身対峙し――秒殺された。三度目はそれよりも長く打ち合えて、四度目は、更にそれが伸びた。


 そして今回、五度目の挑戦。

 ブライアンはガブリエルの眼を窺い、つま先に目を走らせ、彼の動きを読む。

 ガブリエルは、やはり、隙が無い。

 正直、まだまだ勝てる気がしない。

 だがしかし。

 男には、叶わぬと知っていてもやらねばならないことがある。


 物騒なこの状況の言い出しっぺはブライアンで、そもそもの始まりは、北の地への旅を始めた頃、正確には、ロンディウムを出てから四日目の晩のことであった。



   *



 パチパチと、焚火が静かに爆ぜている。


 ブライアンたち一行は、街道の脇の空き地に火を起こし、暗い夜をしのいでいた。

 宿を使わない旅路は、時計には頼ることなく、陽が沈めばそこが休息の場になる。夕食を終えると早々にアンジェリカは眠りに落ちたが、冬の日の入りは早いから、宵っ張りのブライアンにとっては、この時間ではまだ昼も同然だ。


 焚火の傍で、アンジェリカは身じろぎ一つしないで丸まっていた。毛布の陰から愛らしい寝顔が半分ほど覗いていて、ブライアンの視線はついついそちらに走ってしまう。火を挟んで相向かいにガブリエルが座ってさえいなければ、ガン見するのだが。


 ブライアンは渋々ながら彼女から目を放し、正面のガブリエルに向ける。

 そうして、心の中で己を鼓舞して、昨日から考えていたことを切り出した。


「えっと、ガブリエル? 折り入って、頼みがあるのだけど、いいかな?」

 彼のその台詞で、ナイフの手入れをしていたガブリエルの手が止まる。

「頼み?」

 ガブリエルは顔を上げ、焚火越しにブライアンを見た。あからさまに嫌そうなその顔に、ニッコリと笑みを返す。

「そう。実は、旅の間、僕を鍛えて欲しいんだ」

「断る」


 即答。

 この反応は、予想の範囲内だ。


「そこを何とか」

「断る」


「頼む」

「断る」


「お願い」

「くどい」


 そこで、アンジェリカが小さな声を漏らした。

 男二人は、反射的に口を押える。そして揃って息を詰め、彼女を見守った。

 ――どうやら、目覚めさせてしまってはいないらしい。


 しばしの沈黙。


 次に口を切ったのは、ガブリエルの方だった。

「……何故、強くなりたい?」

 ひそひそと囁く彼に、ブライアンも負けず劣らず抑えた声で、答える。

「もちろん、アンジェリカの為さ」

「貴様がどれほど鍛えようが、この子の足元にも及ばんぞ」

「かもね」

 それは確かに真実なので、ブライアンはヒョイと肩をすくめて頷いた。そうしてから、続ける。


「でも、はっきり言って、僕に足りないモノで努力して何とかなりそうなのって、後はそれくらいじゃないか」

「……は?」

「僕は財力はあるし容姿も人並み以上だし、まあ、性格は好みがあるとは思うけれど、少なくとも気性は荒い方じゃないし、海よりも深く空よりも高いアンジェリカへの愛もあるし。そこまでは、彼女の相手として不足はないだろ?」

「だろ? と問われて、私が頷くとでも?」

 ギッと睨み付けてきたガブリエルの視線を、ブライアンは片手を振って流した。

「ああ、いや、君にそれは期待してないから、一般論としてね」

「……」


「とにかく、結婚市場で超売れっ子の僕でも、アンジェリカにとっては、そうじゃない。何故なら、今の僕では、彼女の日常を支えられないからだ」

 アンジェリカの日常、すなわちそれは腕っ節を必要とする。強くなければ彼女を守るどころか守られる立場になりかねない。

 それは断じて受け入れられない状況だ。

 だから、腕を磨く。

 少なくともアンジェリカの足手まといにならない程度に、できれば、彼女を守れるほどに。


 ブライアンは炎の向こうで炯々と光るガブリエルの眼を見つめた。

 そして、もう一度、告げる。

「僕は、強くなりたい。その為には、なんだってする。死なない程度もしくは旅の足手まといにならない程度で、どうしごいてくれてもいいから……頼む」

 ひと息に言い切り、ブライアンは、ガブリエルに据えた視線をほんの一瞬たりとも逸らさずに待った。


 短いとはいえない時が過ぎ、やがてガブリエルがぼそりと言う。

「どんなやり方でも、いいのだな?」

 ブライアンはパッと背筋を伸ばした。

「ああ! どんなやり方でも、ついていくよ」

 力いっぱい頷く彼を、ガブリエルが目をすがめて見返す。

「……わかった」

「ありがとう!」

 焚火越しにガブリエルの両手を取って振り回さんばかりのブライアンに、彼は冷やかな眼差しを向ける。

「その代わり、音を上げたらその時点で金輪際アンジェリカとの付き合いを認めないからな」

「ああ」

 ニッコリ笑ってまた頷くと、ガブリエルは返事の代わりに心底嫌そうなため息をよこした。が、ブライアンは全く気にならない。取り敢えず、一歩進めたようなものだ。


 調子に乗ってはいけないな、とは思いつつ、ブライアンはもう一つ話を切り出す。

「あとさ、ガブリエル」

「……なんだ」

「まあ、すぐすぐじゃなくていいんだけど、いつか、僕のことを認めて欲しいんだ」

「貴様のことを? あの子の相手としてか?」

 その台詞に、鼻で嗤う音が続く。

 ブライアンは揶揄には取り合わず、言葉を継いだ。


「僕がアンジェリカのことを想うことには、君の了解は必要ないよ。彼女が僕のことを受け入れてくれた時には、遠慮もためらいもしないしね」

「貴様――」

 ガブリエルの奥歯がギシギシと鳴った。今にも剣を取って斬りかかってきそうな彼の機先を制してブライアンは言う。

「今はまだ、僕のことをどれだけ嫌っていてもいいよ。僕だってアンジェリカが妹だったら、近づく男を蹴散らすだろうし。だけど、もしも僕の望みが叶ったときは、君はアンジェリカが一番大事に想っている人だから、君にも僕のことを認めて欲しいんだ――彼女の為に」


 ガブリエルの視線は、もう、物理的に突き刺さらんばかりだ。だが、ブライアンはそれを真っ向から受け止める。火が爆ぜる音、アンジェリカの密やかな寝息、そんなものに耳を澄ませながら、ガブリエルの反応を待った。


 そして。


「わかった」

「ガブリ――」

「貴様の剣の切っ先が私に掠りでもするようなことがあれば、貴様のその申し出を検討してやらんこともない」

「ガブリ――」

「だが、あくまでも、万が一、アンジェリカが貴様を好くようなことがあれば、だ! ――クソ」

 どうやら、ガブリエルはブライアンの感謝の言葉を受け取る気はなさそうだ。

 まあ、いいか、とブライアンは冷めてしまった茶をすする。ガブリエルにとっては、天地がひっくり返らんばかりの妥協を己に課したに違いないだろうから。


 ――そんな遣り取りを経て、ガブリエルによる毎夜の地獄の特訓が始まったのだ。



   *



 そして五度目の挑戦を終え。


「まだまだだな」

 大地に伏すブライアンに、心の底から愉快そうなガブリエルの声が降りかかる。

 ブライアンは返事もできないほどに息を切らしていたが、逆に言えば、息を切らすことができるほど、長くやり合えたということでもある。


 それも、進歩だ。

 そうやって前に進んでいる限り、常に望みはある。


(次こそ、必ず)


 ブライアンは拳を握り締め、心の中に思い描いたアンジェリカの笑顔に誓った。



この場面を書こう書こうと思いつつ、2ヶ月が過ぎていました。

また、忘れた頃に付け足すと思います。次はまたブライアンとアンジェリカの絡みで。

……ホントに『忘れた頃に』、で、スミマセン。

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